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入学編②

薄暗くやや埃っぽい舞台袖でアンネリーゼは考えた。


(なんでわたし、こんなに落ち込んでいるのかしら?自分が本当の意味で主席合格ではないって知っただけで)


そもそも、である。自分の目的はなんだったか、と自問自答する。


(わたしは、ただ生き残りたい。それだけだったはず。なのに……)


己の父親が謀叛を起こす予定であることを知ってから、それだけを目標に生きてきた。だけど、生き残るってどうすれば?それを考えるのは、幼いアンネリーゼには難しかった。だから、手に届く目標として、大学校への主席合格を掲げた。

確かに主席合格したからといって、別に命が保障されるわけではない。そんなことは、心のどこかでわかっていた。それでも、6年間、弛まず努力してきた。そのうちに、その目標は、大きな目的とすり替わってアンネリーゼの大きな部分を占めていたのだ。

それが叶わなかった、だけであれば。ここまで落ち込まなかっただろう。一度、叶ったと思っていたのに、それが見せかけのハリボテだった。それが余計に応えた。


「あれ……」


アンネリーゼはぎゅっと握りしめ膝に置いていた自分の拳の上に、ポタポタと、落ちてくる水滴に気づく。それが、自分の目から落ちる涙だと気づくのに、少しの時間を必要とした。


「あ、あ、アンネリーゼ様!どどど、どうしたんですか!」

さらに取り乱すカティ。


(ああ、いけないわ。カティに心配させてしまって。ほら、いつもみたいに、ニコッと笑って、なんでもないわって安心させてあげなきゃ……)


だが、そう思えば思うほど、溢れ出す涙を止めることができなかった。


その時であった。

ギィっと音をたて、扉が開き、細い光が控え室に差し込んだ。

「いやあ、リハーサル、出られなくてすみません。今日の段取りを最終確認していて」

「それだって代表が遅刻したから押したんですから!今日はなんで遅れたんですか!」

「ほら、今日はとってもいい陽気で、サクラも見頃だし」

「また外で昼寝してたんですか!全くいつもいつも……」

「……おや、どうしたんだい?」

快活な声で悪びれず言い訳にもならない言い訳を放つやや背の高い青年と、書類を抱えた小柄な少年がドタドタと入ってきて、扉から入る光に照らされたアンネリーゼと目が合い、はたと動作を止めて声をかけてきた。アンネリーゼは慌てて涙を拭い、立ち上がってお辞儀する。


「こんにちは、先輩方。新入生のアンネリーゼ・モルガンと申しますわ。先輩方は、生徒代表のリベット・グレン様と副代表のリーガル・シーバス様ですね」

「これは驚いた。初対面だよね?副代表は?」

「私も初対面です」

「ご高名はかねがねお聞きしておりますわ」

「いやあ、気恥ずかしいね。そういう君はアンネリーゼ君だろう?ああ、失礼。宰相のご令嬢、本来ならば『アンネリーゼ様』とお呼びする必要があるのだろうが、学校ではそういった身分の違いを極力排そうとしていてね」

「いえ、お気になさらず」

そもそも、この2人のグレン家とシーバス家はアンネリーゼのモルガン家よりも本来は格が高い上級貴族である。アンネリーゼとしては自分側が敬語であって当然の感覚だった。


アンネリーゼがこの2人のことを知っているのは、母からもらった重要人物リストに載っていたからである。名前からお家柄、学校におけるポジション、容姿の特徴まで事細かに記されていたのでピンときたわけであった。


「ありがとう。君こそ噂に違わず聡明だね。主席挨拶をするんだろう?楽しみにしているよ」

「……ありがとうございます」


主席、という言葉にやはりひっかかりを感じ、アンネリーゼは少しわだかまる。その表情を汲み取られたのか、リベット代表は「ああ」と何か得心したように頷く。

「若いねえ」

「代表?確かに彼女、飛び級で若いですけど」

「僕も3年前にここで主席挨拶をしたんだ。見ての通り()()()()優秀だからね、僕は」

「30秒で終わって各所から怒られたってあの伝説の?」

「リーガル君、それは今の本筋ではないよ」

なんだそれ気になる。というかなぜそんな人が在校生代表なんだろう、とアンネリーゼは首を傾げるが、リベットは独り言を続ける。


「ところがだ。意気揚々と壇から降りていざ学校生活が始まってみれば、自分より優れた生徒がちらほらいるんだ。外野も色々言ってくる。なんであんな奴が代表なんだってね。そんな時、僕は思ったね」


少し言葉を切って、リベットは続ける。


「よかった。自分が一番じゃなくて、世界が広くてよかったって」


「……どうしてですか?」

「そりゃ自分が一番なんて、つまんなすぎるだろ。目標もなくなるし。何より、自分が一番なんだから、一番頑張らなきゃいけなくなるじゃないか」

そういってニコリと笑う。

「代表、サボりたいだけでしょ」

「リーガル君、半分正解」

「……わたくしには、まだどうしても割り切れなくて」

アンネリーゼがつぶやいたその時、壇上に光が灯り、舞台袖にもその光が差し込む。ガヤガヤとした会場に、楽団の奏でる音楽が流れ、ざわめきを鎮めていく。

光に照らされた壇上に向き直り、リベットは呟く。


「いいね、それもいいだろう。でも今日は、誰かに頼る練習をしてみたらどうだろう?どうやら、だいぶ肩肘張ってここまで来たみたいだからね」

そう言い残し、リベットは眩しい壇上に出ていく。


「アンネリーゼさん、あの人はあんな感じですが、いざという時は頼りになりますよ」

ツカツカと舞台上を歩いて行ったリベットは、中央に用意された拡声器(どうやら、魔道具で音を増幅できるらしい)の前で立ち止まると、会場に体を向けた。それを察して、音楽がやむ。


「お集まりの皆様!」


リベットの声が増幅され、ビリビリ、と会場中に大音量が響き渡る。


「入学式へのご参加、誠に感謝します。そして、新入生諸君!」


ぐるりと見渡して、さらに続ける。


「おめでとう。在校生一同、君たちを歓迎する。実りある日々を、学友と共に!」


アンネリーゼが舞台袖から、次は何を言うのか待っていると。


「以上!続いて、新入生挨拶!アンネリーゼ・モルガン君!」


リベットはそう高らかに言い放ち、在校生挨拶を終えた。その間実に20秒。新記録達成の瞬間であった。


「え?もしかして、もう終わったんですか?わたくしの番ですか?」


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