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入学編④

「重要なのはこの魔術式で、この文言があるから、魔力の流れが左の項から右の項へ流れているわけで……」


カッ、カッと黒板に板書するチョークの音は、しかしながらざわめく抗議室にはかき消されて響かない。


「まあ、エリーナ様のブローチ、とっても素敵ですわ!」

「あら、ありがとう。でも、これは一番のお気に入りではないのよ。今度私の屋敷にいらっしゃい、コレクションをみせて差し上げるわ」


「たとえば、この文言を抜いて魔力の流れを考えてみると……」


アンネリーゼは教授の言うように魔術式から文言を抜いて魔力の流れを計算する。その背後から、男子生徒の会話が聞こえてくる。


「おい、今日は帰りに闘技場に寄らないか」

「いいな!この間スッてしまったから負けを取り返そうと思っていたところだ」


「……えー、それでは今日はここまで。今回の順接魔力変換は試験に必ず出すので必ず押さえておくように。次回は関接魔力変換の項目についてやります」


そう言って資料をまとめて出ていく教授の背中を見送って、アンネリーゼは教本を閉じノートともに鞄に入れる。ざわざわと講義室から人が出ていくのを背中に感じながら、アンネリーゼも一呼吸をおいて立ち上がり、大きくのびをする。


(今日の授業内容は面白かったですわね……)


黒板を眺め、頭の中で色々組み替えながら魔力の流れを想定してみる。家庭教師でオリビアに習っていた時は、魔術というのは丸暗記するものであった。しかし、大学に入ってみると、新たな魔術を生み出すために必要な知識を学ぶことができ、その奥深さにアンネリーゼは感銘を受けたのだった。


そんな思案を巡らせていると、ふと視線を感じる。振り返ると、1人の女の子がアンネリーゼをじっと見つめていた。大学の制服を身につけていることから、おそらく貴族ではなく平民であろうということがわかる。


というのも、大学に入学時、希望すれば制服を支給されるのだが、これは大学に通うための適切な衣類を持っていない平民や下級貴族への救済措置であるのだ。さらにいえば、この大学に通うほとんどの生徒が華美な装飾を身につけているのにも関わらず、彼女はシンプルな木綿のリボンで髪をまとめているだけであることも、平民であろうという推定を後押しした。


アンネリーゼと視線があったことに驚いているその少女(とは言っても、アンネリーゼより年上なのだろうが)に、余裕を持ってにこっと笑って話しかける。


「どうされたのかしら?」

「ひゃっ、ヒッ……!」


できる限り柔和に話しかけたつもりであったが、その少女は怯えたように後ずさると、脱兎のごとく逃げ出した。怯えた様子と耳のように見える大きめなリボンが小動物のようであった。


残されたアンネリーゼは、ガランとした講義室でポツン、と立ち尽くす。


(さて、気を取り直して次の講義に向かいますか)


アンネリーゼは鞄を持って講義室をでる。お屋敷であればカティが荷物を持ってくれるのだが、講義室内には従者の帯同が許されていない。貴族の多くは講義室外に従者を待機させているが、アンネリーゼは送迎以外カティをお屋敷に戻していた。そもそもモルガン家に従者を1人ただただ待ちぼうけをくわせるほどの余裕がないこともあったが、それだけでなく、アンネリーゼも1人で過ごす経験をしてみたかったのだ。


ただ授業が始まって一月程度たった今、少しそれを後悔していた。


単純な話、アンネリーゼは孤立していた。


そもそも、アンネリーゼは周囲より年少でありながら主席の挨拶を行ったことで、悪目立ちした。入学時から良くも悪くも浮いた存在となったアンネリーゼの孤立を決定的にしたのは、その生来の生真面目さであった。


この学校は魔導科と騎士科に別れ、特に魔道科は9割方が貴族出身の生徒で構成される。その貴族の大半は、到底学力レベルが高いとは言えないながら、親が高い立場にあったり、裕福であるために下駄を履かされて合格したものの、大学を箔をつけるためとしか捉えておらず、合格した時点で目的を達したとばかりに遊び呆けている者たちである。


そんな状態であるから、講義を聞いているのはごく一握りの学生で、そのほとんどは平民である。そんな中でアンネリーゼは最前列を陣取り、一心不乱にノートをとっている。これでは貴族社会から浮いて当然である。


入学当初はそれでも、取り入ろうとするような貴族のご子息たちに話かけられることもあった。アンネリーゼとて、無碍にしたわけではない。しかし……。


次の講義室に入った途端、くすくすという笑い声が耳に入る。その出どころを辿ると、段状になっている講義室の上方で固まっている女子集団が性根の悪い笑みを浮かべてアンネリーゼを見下ろしていた。

その集団の中から、1人がツカツカと階段を降りてきて、アンエリーゼを見下ろして止まる。

アンネリーゼは毅然と彼女を見上げて、口の端だけ笑みを浮かべて挨拶する。


「リザリーヌ様、ごきげんよう、何かご用ですか?」


見下ろしているその少女、リザリーヌは、ふんっと鼻で笑う。


「あら?モルガン家の才女様じゃない。貧乏くさすぎて平民かと思ったわ」


そう言うリザリーヌは確かに華美な服装である。とても勉強しにきたとは思えない。とはいえアンネリーゼだって決して安い服を着ているわけではない。煽り返したい気持ちをグッと抑え、歯を食いしばる。


「全く、こんな貧乏くさい家が宰相だなんて。お父様はいつも言っているわよ、モルガン家は泥棒だって。ほんとうは子爵家のくせに、宰相だなんて無相応にも程があるわ。ねえ?みなさまもそうは思わないこと?」


リザリーヌに遅れてやってきた取り巻きたちが大袈裟に頷く。


このリザリーヌと言う少女。カッター侯爵家の三女であり、このロザン帝国を代表する大貴族である。父のヴィンセントが宰相に抜擢されるまでは、カッター家が代々宰相を勤めてきた、由緒正しいお家柄なのだ。

翻って、アンネリーゼのモルガン家は元来子爵家であった。ヴィンセントを宰相にする時、箔をつけるためにロザン王の勅命で伯爵家にとりたてられたが形ばかりであり、財政状況は変わらず火の車であった。

だが、そういう事実があったとて。

実際にアンネリーゼの着衣がリザリーヌより安物であり、ハタから見ればモルガン家がカッター家の既得権益を奪ったように見えるからといって。


貴族社会は舐められたら終わり。

アンネリーゼはへりくだるわけにはいかないのだ。


「あら?子爵家だなんて、ずいぶん古いお話ですわね?モルガン家は伯爵家にとりたてていただいていますわ」

「ふん、そんなメッキのような爵位、直ぐに剥がれ落ちるに決まってますわ。あなたの代まで持つかしらね?」


高慢に鼻をならすリザリーヌ。勿論おくびにも出さないが、アンネリーゼは大正解、と心の中で思う。父の謀反計画次第ではあるが、失敗すればモルガン家はあと2年で失脚するだろう。

しかし、リザリーヌは少し爪が甘い。いくら貶したいからって、そんなツッコミどころを晒してはいけないのだ。


「まあ、偉大なるロザン大帝が下賜して下さった爵位をメッキだなんて……」

大袈裟に驚いた表情をしてみせると、リザリーヌは自分の失言にようやく気付いたようで、慌てて目を泳がせる。


「あっ、いや、そういう意味で言ったのではないですわ!」

「そうですか、安心しました。では授業が始まりますので失礼します」


会話の主導権を握った瞬間、強引に話を切り上げ、アンネリーゼは椅子に座り教卓を向く。リザリーヌは横で何かいいたそうにしていたが、グッと口を結んで苛立ちを隠さず教室の後ろへと引き上げていく。


こういう時は、追撃しないのが肝である。あまりやり込めすぎれば更に敵対視されるのがオチだ。更に言えば、話し続ける事で相手に反撃の糸口を与える可能性もある。言い争いは、優勢になったところで如何に切り上げるかが大事なのだ。


背後でヒソヒソと陰口を叩かれているのを自覚しながら、それでも背筋を伸ばしてアンネリーゼは前を向く。ちょうど教師が入ってきて授業の準備が始まるも、一向に静まらない教室の中で、アンネリーゼは誰にも気づかれないように小さくため息をついた。


________________________



正直、教室で1人浮いているのはまだマシな部類である。一番如実に己が孤立している事を感じるのは、武術の時間である。


アンネリーゼは魔道科に属しているものの、週に一回だけ騎士科の剣術授業に混ざり参加するのが必修授業となっていた。おそらく、日頃から暗い部屋の中に引きこもってジメジメ魔術ばかり勉強している根暗たちにありがたくも運動の機会を与えてやろうという配慮なのであろう。しかし、アンネリーゼにとってはとんでもなく迷惑な話である。


ただでさえアンネリーゼは運動がからきしである。歩いたり走ったりするのはまだしも、剣術などという難しい、連動するような動きを求められれば、呪われた人形のような、アンデッドのようなぎこちない動作になってしまう。


重く垂れ込めた雲のような憂鬱な気分のアンネリーゼをよそに、カラッとした師範代が快活に大きな声で全体に声をかける。


「よし、じゃあ今日もペアを作ってくれ!」


それに輪をかけてアンネリーゼを惨憺たる気持ちにさせるのは、ここまで2回の授業、この「型の練習」のためにペアを作るということに大きな困難があったためだ。

騎士科と合同の授業ではあるが、当然魔道科と騎士科では剣術の練度が全く違う。さらに、騎士科は剣術授業が多くあるからそこで自然にペアがすでにできている。であるから、魔道科は魔道科同士、騎士科は騎士科同士で組むのが自然である。

そうなると、アンネリーゼも魔道科と組まねばならないのであるが……。


「……」


もう2回の授業で魔道科でもある程度ペアが固定化されてしまっている。貴族はリザリーヌの目が光っていて遠巻きに眺めてくるのみだし、平民の生徒は平民の生徒でアンネリーゼに積極的に関わろうとはしてこない。

アンネリーゼだって努力はした。しかし、2回とも「もうペアがいる」「ごめんなさい」などと断られているうちに組み損ねて……。


「おや、アンネリーゼ君、また1人かね?誰かー!まだ組んでいない奴はいないか!」


こうして師範代の善意による公開処刑により晒される。この流れで、これまでは結局余り物となり、師範代と組まされ、型の練習で運動音痴ぶりを発揮するという追い討ちを食らっていたのだが……。


「あの、僕余ってますけど……」


今回初めて、声が上がった。

最近忙しくて更新出来ずすみません。必ず完結させます。ブックマーク、いいねなどしていただけると励みになります。

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