第8話 「食卓と欠けた腕」
三日目の朝、エマはラドスティンの腕について、改めて見た。
朝の鍛錬の準備をしているラドスティンの右腕に、古い義手がはめられている。木でできた義手で、動きが制限されているのが見てわかった。
「ラドスティンさん」
「はい」
「その腕……試みたことはあります? 回復魔法で」
ラドスティンは少し目を細めた。
「七年間、色々な場所に売られてきましたが、欠損の回復は無理だと言われ続けました」
「一般的な回復魔法では無理です。でも私が試みたことのある手法は、少し違います」
「……試みたことがある、というのは」
「動物で実験しました。理論上は人間にも応用できます。ただ、試みたことがないのでうまくいくかは分かりません。それでも試してみる気があるなら、ということです」
ラドスティンは少しの間、自分の義手を見た。
「……試みてもらえますか」
短い、だが迷いのない答えだった。
エマが欠損の回復魔法に取り組んだのは、その日の夜だった。
ライリーとロンとハインには事前に話をして、見守ってもらいながら作業する。ラドスティンには椅子に座ってもらい、義手を外してもらった。
欠損した右腕は、肘から先がない。皮膚はきれいに塞がっているが、七年経っている。これを再生させるのは、決して簡単な作業ではない。
エマは腕まくりをして、魔素を手に集める。
(再生には、細胞を一から作る手順が必要。素材の再生薬を下地に、魔法で細胞の「記憶」を呼び覚ます。時間がかかる。でも、できるはずだ)
集中する。周りの音が遠くなる。ラドスティンの体の、腕が欠けた部分に魔素を送り込む。ゆっくりと、丁寧に。
一時間後、ラドスティンの右腕は、肘まで戻っていた。
もう一時間。手首まで。
さらに一時間。指まで。
エマが魔素の流しを止めた時、ラドスティンの右腕は、完全な形に戻っていた。
ラドスティンは、動かせるかどうか確かめるように、ゆっくりと指を動かした。
動いた。
ラドスティンの表情が、初めて変わった。無表情だったその顔に、何か柔らかなものが浮かんだ。言葉にならない感情が、その目に滲んだ。
「……エマ」
初めて敬称なしで名前を呼ばれた。エマはそれを指摘せず、ただ満足げに頷いた。
「良かった。うまくいって」
隣でハインが、声を押し殺したような音を出した。見ると、目が赤くなっている。ロンも何か言いたそうで、口を閉じていた。
ライリーだけが、少し落ち着いた声で言った。
「……やっぱり変わった方ですね、エマさんは」
「よく言われます」
エマは笑った。
***
一週間が経った頃、生活のリズムができてきた。
朝はライリーが食事を用意し、五人で食べる。午前中はロンとラドスティンが鍛錬し、ハインは店の掃除や在庫整理をする。エマは作業場で仕事をする。昼は全員で食べる。午後は開店し、各自の役割で動く。夜はライリーが帳簿を確認し、ロンとラドスティンが夜間見回りをする。
思ったより、うまく回っている。
エマは少し驚いていた。誰かと生活するのが、こんなに自然に馴染むとは思っていなかった。
一番驚いたのは、一人の時より作業効率が上がったことだ。ライリーが帳簿と在庫を管理してくれるだけで、エマは作業に集中できる。ハインが下準備を手伝ってくれると、仕上げの時間が半分になる。
(一人でやるのが当たり前だと思っていたけれど、そうでもないのかな)
それは、エマにとって新鮮な発見だった。
一方で、四人の性格も少しずつ分かってきた。
ライリーは賢くて口が達者だが、人を見る目が確かで、仕事は誠実にやる。口上が上手いだけの人間ではない。
ロンは真面目で不器用で、感情をうまく表現できないが、仕事に対して誰より真摯だ。面倒見が良く、ハインとラドスティンへの気遣いが自然に出ている。
ラドスティンは言葉が少ないが、必要な時には的確に動く。七年間の奴隷生活で多くのものを削ぎ落としたのだろうが、それでも根の部分に義理堅さがある。
ハインは多才で、何でも覚えが早い。生まれた時から奴隷だったとは思えないほど、人との間合いが上手い。ただ時々、まるで自分の意見を言ってはいけないと思っているような遠慮が出る。
(みんな……それぞれ、いろんなものを背負っている)
エマはそれを言葉にはしなかった。ただ毎日、同じ食卓で食べ、同じ屋根の下で仕事をした。それだけだった。それだけで十分だと思っていた。
少なくとも、今は。
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