第7話 「四つの奇縁」
翌朝、四人が店の前に現れた時、エマは開店準備の真っ最中だった。
扉を開けると、ライリー、ロン、ラドスティン、ハインが並んでいる。それぞれ小さな荷物を持っていた。顔ぶれを見て、エマは少し考えた。
(四人を全員に入れたら、狭い……)
「入ってください。狭いですが」
四人が店に入る。一階の店舗部分を見回して、ライリーがつぶやいた。
「……なるほど。一人でよく切り盛りしていましたね」
「それが大変だったから頼んだんです」
「それはそれは」
エマはひとまず、四人を二階の居住スペースに案内した。二階には作業場とエマの寝室、小さな食堂がある。
「とりあえず食堂を共有スペースにします。寝室はそれぞれ一部屋ずつ用意してありますが、狭いです。我慢してください」
「我慢できます」とロンが真面目に言う。
「一部屋もいただけるんですか」とハインが少し目を丸くした。
「当然です。それぞれ個室があった方がいいでしょう」
エマは当然のように言ったが、ハインの反応を見て、それが当然ではなかったと察した。今まで、個室などなかったのかもしれない。
(聞くべきではない。今は)
エマは何も言わず、食堂に全員を集めた。
***
「最初に、役割分担を決めます」
エマは食堂の椅子に全員を座らせ、自分は立ったまま話を始めた。
四人が席に着く。ライリーは自然に、ロンは少し躊躇してから、ラドスティンは無表情で、ハインは明らかに驚いた顔で腰を下ろした。
「この店の仕事は大きく分けて三つです。一つ目は店舗運営。接客、在庫管理、帳簿。二つ目は素材採取。定期的にカルヤライの森へ採取に行きます。三つ目は防犯。夜間の見回りと、強盗対策」
四人が聞いている。
「ライリーさんは経理が得意と言っていましたから、帳簿と在庫管理をお願いしたいです。料理もお願いできれば助かります。ロンさんと、ラドスティンさんは採取補助と護衛が主になります。ハインさんは……何でもできると言っていましたから、状況に応じてフレキシブルに」
「了解しました」とライリーが軽く頷く。
「承知しました」とロンが真面目に答える。
ラドスティンは無言で頷いた。
「はい、頑張ります」とハインが言った。
「それから」エマは少し言い方を考えてから続けた。「食事はここで一緒に食べます。待遇については契約書に書いてある通りですが、私が意図せず何かご不満を作ってしまった時は、言ってください。改めます」
また少し沈黙があった。
「……一つ確認してもいいですか」
ライリーが手を上げた。
「何でしょう」
「エマさんは私たちを奴隷として扱うつもりで雇ったと思うんですが、それにしては随分と人間扱いをしていただいている。どういう意図で?」
エマはしばらく考えてから答えた。
「奴隷として雇いましたが、人を人として扱うのは当然だと思っています。それ以上の意図はないです」
「……はあ」
ライリーは少し拍子抜けしたような顔をした。
「変わった方ですね」
「よく言われます」
エマは少しだけ口角を上げた。
***
初日の昼、エマが食堂に降りてくると、ライリーが料理を作っていた。
鍋からいい匂いがしている。エマは思わず足を止めた。
(こんなにいい匂いがするの……この店で初めてだ)
エマは一人暮らしを始めてから、料理は最低限だった。体が動けばいいという発想で、食事に気を使ったことがなかった。
「何を作っているんですか」
「豆と野菜のスープです。材料があったので。あとパンを温めました。質素ですが」
「十分です」
ロンとラドスティンとハインも食堂に集まってきた。五人で食卓を囲む。エマはその光景がやや不思議な感じがして、少しだけぼうっとした。
(一緒に、食事をする人が、いる)
そういえばいつ以来だろう。伯爵家にいた頃、母が生きていた頃は一緒に食べていた。母が死んでからは、食堂で誰かと食べた記憶がない。伯爵家を出てからは言うまでもなく一人だ。
エマは何も言わずにスープを口に運んだ。温かくて、美味しかった。
(……人が作ってくれた飯は、温かい)
当たり前のことなのに、当たり前に感じなかった。
***
初日の夕方、エマは作業場で仕事をしていた。ポーションの仕上げをしながら、ハインが持ってきた在庫リストを確認していた。
「エマさん、この薬草……ミリアルという種類ですが、これが残り少ないです」
「ギルドに補充の依頼を出します。でも質がばらばらだから、なるべく早めに採取に行きたいですね」
「採取は……どんな場所に行くんですか」
ハインは少し興味津々といった顔で聞いた。
「近場はカルヤライの森です。一日往復できる距離。遠い方はルズマイスの森ですが、そこは魔物も多いので今のところ行けていません」
「ルズマイスは危険だと聞いたことがあります」
「危険です。でも素材の質はルズマイスの方が格段にいい。いつかは行きたい」
ハインは少し心配そうな顔をしたが、何も言わなかった。
しばらく黙って仕事をしていると、ハインが再び口を開いた。
「あの……エマさん。さっき一つ聞いてもいいですか」
「何でしょう」
「食堂で、ありがとうって言ってもらえましたよね。一緒に食べてくれて、ありがとうって」
「言いましたね」
「……あんなふうに言ってもらったのが、初めてで」
ハインの声が少し揺れた。エマは手を止めず、ただ静かに聞いた。
「その……嬉しかったです」
「そうですか」
エマは短く答えた。ありきたりな言葉では、この子の言葉の重さに失礼だと思ったから。ただ「そうですか」と言って、それを受け取った。
(私が当然だと思うことが、この子には当然じゃなかった。それは……悔しいな)
誰かに対して「悔しい」と思う感情は、エマには珍しかった。自分に対してではなく、他の誰かのために。それが不思議で、少し戸惑った。
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