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虐げられた令嬢は魔女になり、誰にも奪われない領域を作る〜義妹に全てを奪われた伯爵令嬢、奴隷たちと帰る場所を創る〜  作者: 薄氷薄明


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第49話 「王国の贖罪」

 王宮大広間は静まり返っていた。

 誰も言葉を発せない。


 エマの話は終わっていた。


 母エマリーン。

 アベラール家。

 消された少女。

 助けを求めた手紙。


 そして。


 誰も動かなかったという事実だけが残った。

 その静寂を破ったのは、一人の老人だった。


 ゆっくりと杖をつきながら前へ出る。

 白髪の侯爵だった。

 誰もが知る名門。

 そしてエマリーンと親交のあった人物でもある。


 老人はエマの前まで歩くと、帽子を外し、深く頭を垂れた。


「……私は、エマリーン様に命を救われました。」


 誰も知らない話だった。

 老人は静かに語り始める。


「三十年前、領地で疫病が流行りました。

 医師も薬師も足りず、多くの領民が命を落としていた。

 そこへ、自ら薬を抱えて来てくださったのがエマリーン様です。

 あの方は何日も眠らず薬を作り続けました。

 私の妻も。幼かった息子も。皆、あの方に助けられました。」


 老人の声が震える。


「私はあの日、この恩は生涯忘れぬと誓いました。ですが。」


 一度目を閉じる。


「数年後。エマリーン様から手紙が届きました。

『もし私に何かあった時は、娘をお願いします。』そう書かれていました。」


 老人は両手を強く握り締める。


「私は、その手紙を机へしまいました。伯爵家の問題だ。私が口を出すことではない。そう、自分に言い聞かせました。」


 ゆっくりと膝をつく。


「助けられた命でした。返す機会が、一度だけありました。それなのに。私は恩人の願いを見捨てました。申し訳ございませんでした。」


 王宮中が静まり返る。

 今度は女伯爵が前へ出る。


「私もです。」


 彼女は涙を流していた。


「私は若い頃、社交界で孤立していました。誰も助けてくれなかった私を、エマリーン様だけが友と呼んでくださいました。あの方がいたから、私は今ここに立っています。」


 嗚咽が漏れる。


「それなのに。私は手紙を読みました。読みながら。きっと大丈夫。きっと考えすぎ。そう思い込みました。……違いました。私は、友を裏切りました。」


 騎士団長が一歩前へ出る。


「私はエマリーン様から剣術ではなく、人を守る意味を教わりました。だから騎士になりました。その恩人から届いた手紙を。私は忙しさを理由に後回しにしました。調べることも。訪ねることも。しませんでした。」


 剣を外し、床へ置く。


「騎士でありながら。守るべき少女を守りませんでした。」


 魔術師協会長。

 老薬師。

 元侍女。

 家令。

 一人。

 また一人。

 前へ出る。


「助けてもらいました。恩がありました。人生を変えていただきました。ですが。恩を返しませんでした。私たちが、エマリーン様を裏切りました。」


 誰一人、言い訳をしない。


 その姿を見ていた国王が、静かに玉座から立ち上がった。


 ゆっくりと階段を降りる。

 王が玉座を降りる。


 それだけで広間は騒然となる。

 国王はエマの前まで歩く。


「エマ。」


 初めて名を呼ぶ。


「余は、エマリーンから手紙を受け取ってはいない。……だが。」


 王は静かに続ける。


「この国の王である。

 忠臣であったアベラール家の当主が亡くなり。続いて当主夫妻が亡くなり。そして本来継ぐべき令嬢が姿を消えた。それでも王国は何もしなかった。それは。余が、この国を正しく見ていなかったからだ。」


 王は深く頭を下げた。

 誰も見たことのない光景だった。


「王として。謝罪する。エマリーンに。

 そして、グラシアーヌ・アベラールに。

 守れなかった。申し訳なかった。」


 エマはしばらく黙っていた。

 広間中が彼女の言葉を待つ。

 やがて、小さく首を振る。


「……母は。」


 その一言だけで空気が変わる。


「母は、皆様を恨んではいませんでした。

 最後まで。

 皆様を信じていました。」


 涙を流す者がいた。


「だから私は。」


 エマはゆっくりと周囲を見渡す。


「皆様を裁くために、この場へ来たのではありません。

 母が、この国で確かに生き、誰かを助け、その優しさが本物だったことを。

 そして、一人の少女が確かに存在していたことを。それだけを、歴史に残したかったのです。」


 広間には、すすり泣く声だけが静かに響いていた。

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