第50話 「アベラール家の断罪」
王宮大広間には、なお重い静寂が残っていた。
国王が顔を上げる。
先ほどまでの謝罪する一人の人間ではない。
ロドワール王国の王として、玉座へ戻る。
その瞬間、広間の空気が変わった。
王は静かに告げる。
「ここからは王として命ずる。」
その声には先ほどまでの悔恨ではなく、揺るぎない威厳が宿っていた。
「アベラール伯爵。」
名を呼ばれた男は、ゆっくりと前へ出る。
顔色は青白く、足元も覚束ない。
その隣には後妻。
さらに、グラシアーヌを名乗っていた少女がいた。
少女は震えている。
しかし、それは恐怖だけではない。
この場で初めて、自分が奪ってきたものの大きさを知ったからだった。
王は伯爵を見つめる。
「まず確認する。
アベラール家は、エマリーン殿の生家である。」
「そのとおりでございます……」
かすれた声だった。
「そなたは婿養子である。」
「……はい。」
「よって本来、家督はエマリーン殿の血筋へ継承される。」
「……はい。」
誰も反論できない。
それは王国の法であり、貴族なら誰もが知る常識だった。
王は続ける。
「そなたは、その家督を奪うために、不義の子を正嫡として育てた。」
伯爵は目を閉じた。
否定しない。
「……はい。」
「妻エマリーン殿の死後、祖父母も相次いで死亡した。」
「……。」
「その後、本来の後継者であるグラシアーヌを屋敷へ幽閉した。」
「……はい。」
「そして。」
王の声がさらに低くなる。
「存在そのものを消した。」
伯爵は崩れるように膝をついた。
「申し開きは……ございません。」
広間にざわめきが広がる。
誰もが薄々気付いていた。
だが。
本人の口から認められると重みが違う。
王は今度は後妻を見る。
「そなたは。」
後妻は震えながら頭を下げた。
「私が夫を唆しました。」
広間が息を呑む。
「エマリーン様がいなくなれば。娘が家督を継げると思いました。婿養子である主人なら。伯爵家を支配できると。」
涙を流しながら続ける。
「欲しかったのです。伯爵夫人という地位が。名誉が。財産が。全部……。」
声にならない。
王は何も言わない。
その沈黙が何より重かった。
そして最後に少女を見る。
「顔を上げよ。」
少女はゆっくり顔を上げる。
まだ十代の面影を残していた。
エマと同じ年頃。
王は静かに問う。
「そなたは、自らをグラシアーヌ・アベラールと名乗ってきた。」
少女は震えた。
「……はい。」
「その名が自分のものではないと理解していたか。」
長い沈黙。
やがて小さく頷く。
「知っていました。」
その一言に広間が静まり返る。
「八歳でした。母から。あなたが本当のグラシアーヌなのよ、と。何度も言われました。」
涙が落ちる。
「逆らえませんでした。でも。」
嗚咽が漏れる。
「大きくなるほど。全部分かっていました。この服も。教育も。部屋も。全部。私のものじゃなかった。」
その場へ崩れ落ちる。
「返したかった。でも。今さらどうすればいいか分からなかった。」
エマは黙ってその姿を見ていた。
憎しみはない。
同情もない。
ただ静かに見つめている。
王は言う。
「幼少であったことは考慮する。しかし。成長後も虚偽を続けた責任は消えぬ。」
少女は静かに頷いた。
「はい。」
王は玉座の前へ戻る。
「アベラール伯爵。」
低く響く声に、伯爵は震えながら前へ進み出る。
「先の証言に相違はあるか。」
長い沈黙の末、伯爵は力なく首を横に振った。
「……ございません。」
「後妻。」
「……事実でございます。」
「グラシアーヌ・アベラールを名乗っていた者。」
少女は涙を流しながら俯く。
「……私の名ではありませんでした。」
広間に重い沈黙が落ちる。
王はゆっくりと周囲を見渡した。
「諸侯よ。今、この場で明らかになった事実を聞いたな。」
誰一人、声を上げる者はいない。
「アベラール家で行われた一連の出来事は、王国の貴族制度そのものを揺るがす重大な事件である。
よって。本日この時をもって、アベラール伯爵家の全財産、領地、屋敷を王国管理下に置く。伯爵並びに関係者の身柄を拘束せよ。」
近衛騎士が一斉に動く。
伯爵は抵抗しない。
後妻も。
少女も。
ただ静かに連行されていく。
王は続ける。
「本件については、王国司法により厳正なる審議を行う。いかなる身分も、いかなる功績も、この罪を覆い隠す理由にはならぬ。判決は後日、公正なる法の下に下す。」
国王はエマを見る。
「最後に一つだけ。
法に照らせば、正統なるアベラール家の継承者は、グラシアーヌ・アベラール、ただ一人である。裁きが終わった後、その意思を確認しよう。」
エマは静かに頷いた。
「……承知いたしました。」
***
数か月後、正式な判決が下された。
アベラール伯爵は爵位を剥奪され、家督簒奪などの罪により終身拘禁。
後妻も同罪。
成り代わった少女は年少時の事情を考慮され、修道院へ送られた。
そして唯一の正統継承者であるグラシアーヌ・アベラールは、伯爵位の継承を辞退したため、アベラール伯爵家はその代で静かに歴史へ幕を下ろした。
最後までお読みいただきありがとうございます。
キリがいいため、これにて完結とさせていただきます。
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