第46話 「王宮大広間」
侍従に先導され、一行は王宮の奥へと歩いていた。
赤い絨毯が真っ直ぐに伸び、その両脇には磨き抜かれた白い大理石の柱が等間隔に並ぶ。高い天井には王国の建国神話を描いた壮麗な天井画が広がり、色鮮やかなステンドグラスから差し込む午後の光が、床へ七色の模様を落としていた。
足音だけが静かに響く。
侍従も護衛騎士も、一切の無駄口を叩かない。
この先に待つ式典が、どれほど重い意味を持つものなのかを、王宮そのものが物語っているようだった。
やがて、一行は巨大な扉の前で立ち止まる。
扉には王家の紋章が深く刻まれ、左右には近衛騎士が微動だにせず立っていた。
侍従が恭しく頭を下げる。
「こちらが王宮大広間でございます。」
王宮大広間の扉が、ゆっくりと開かれた。
重厚な真鍮の蝶番が静かに軋み、磨き上げられた白い大理石の床へ、秋の柔らかな陽光が差し込む。
広間は王国最大の式典会場である。
天井は遥か高く、巨大な円柱が左右に立ち並び、その柱には歴代国王と建国の英雄たちが彫刻として刻まれていた。
正面には一段高く設けられた玉座。
その左右には王族の席。
さらにその下には、公爵家、侯爵家、伯爵家といった貴族の席が整然と並ぶ。
魔術師協会。
宮廷魔術師団。
騎士団長。
衛兵隊長。
司法官。
王国中枢を担う者たちが、一堂に会していた。
その誰もが、今日の主役をまだ知らない。
知っているのは、ただ一つ。
数百年ぶりに、新たな領域が誕生したという事実だけだった。
ざわめきが広間を満たしていた。
「本当に領域だというのか。」
「まさか伝承ではなく、現実に見られる日が来るとは……。」
「魔素溜まりを浄化したらしい。」
「いや、不可能だ。魔素は浄化できても、土地そのものを安定させるなど聞いたことがない。」
「だが、王家が認めた。」
小さな囁きが、波のように広がっていく。
その中には年老いた貴族もいた。
若い騎士もいた。
魔術師たちは興奮を隠せず、小声で議論を交わしている。
「歴史書に記された建国神話では、初代の大魔女が魔素溜まりを鎮め、そこへ礎石を置いて国を興したとある。」
「だが、あれは神話だ。」
「いや……神話ではなかったのかもしれない。」
静かだった広間に、金属音が響く。
近衛騎士が槍を打ち鳴らした。
「陛下、御入場——!」
一斉に全員が立ち上がる。
赤い絨毯の先から、国王がゆっくりと姿を現した。
王妃と王族がその後に続く。
王国の象徴たる王が玉座へ着くと、広間は水を打ったような静けさに包まれた。
儀典長が一歩前へ出る。
「これより、国家儀式——新領域認定式を執り行います。」
その声が高い天井へ反響する。
「本日ここに認定される領域は、ロダリック平原東部魔素溜まり。」
会場の空気がわずかに張り詰めた。
「これまで魔瘴のため人の立ち入りが叶わず、王国地図においても未踏地とされてきた土地である。」
誰もが知っている場所だった。
危険地帯。
魔物の巣。
近づけば命を落とす場所。
そこが、人の住める土地になった。
「確認官、報告。」
一人の老魔術師が前へ進み出る。
王国最高位の結界魔術師だった。
「陛下。」
「現地調査を三度実施いたしました。」
「魔素濃度は人が生活可能な水準で恒久的に安定しております。」
「魔瘴の発生も認められません。」
「さらに、領域境界において結界の維持を確認。」
「人為的破壊が行われない限り、この土地は永続的に維持されるものと判断いたします。」
広間がざわめく。
永続。
その一言が持つ意味は重かった。
一時的な浄化ではない。
未来永劫、人が暮らせる土地になったということだ。
王国史において、それは新たな一頁が刻まれる瞬間に等しい。
国王は静かに頷いた。
「確認した。」
短い言葉だった。
しかし、その一言で王国の公式見解となる。
「ロダリック平原東部魔素溜まりを、新たな領域として認定する。」
広間にどよめきが走った。
数百年。
いや、建国以来、誰も成し遂げられなかった偉業。
それが今、この場で正式に王国へ刻まれた。
国王は続ける。
「新たな領域は、新たな未来を生む。」
「家が建ち、畑が耕され、人が集い、子どもが育つ。」
「やがて村となり、街となり、国を支える土地となるであろう。」
その声は広間全体へ響き渡った。
「今日ここに、その第一歩が記される。」
誰も異論を挟まない。
それは祝福であり、歴史だった。
儀典長が再び声を上げる。
「それでは、新領域の創設者へ認定証を授与いたします。」
一拍の静寂。
そして。
「銀星の魔女——エマ殿。」
その名が読み上げられた。
広間の後方に並んでいた一人の少女が、静かに歩き始める。
飾り気のない白いローブ。
栗色の髪。
華美な装飾など何一つない。
それでも、その姿から目を離せる者はいなかった。
年若い少女。
その細い肩に、数百年ぶりの偉業が宿っている。
ゆっくりと赤い絨毯を歩く足音だけが、大広間へ響く。
ロンたちはその背を見つめていた。
誰一人、声を掛けない。
ここから先は、エマ自身が歩く道だからだ。
やがて壇上へ辿り着いたエマは、国王の前で静かに一礼した。
国王は認定証を手に取り、穏やかな眼差しで少女を見る。
「銀星の魔女エマ。」
「王国は、あなたが成し遂げた偉業を正式に認める。」
「そして、この領域を、王国の新たな歴史として記録する。」
認定証がエマへ手渡される。
盛大な拍手が、大広間を満たした。
鳴り止まぬ拍手の中、儀典長が高らかに告げる。
「続いて、新領域創設者より、ご挨拶を賜ります。」
エマは認定証を胸に抱き、小さく息を吸った。
静まり返る大広間。
王族も、貴族も、騎士も、魔術師も。
誰もが、これから語られる祝辞を待っている。
しかし、その誰一人として知らなかった。
この少女が語ろうとしているのは、祝いの言葉だけではないことを。




