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虐げられた令嬢は魔女になり、誰にも奪われない領域を作る〜義妹に全てを奪われた伯爵令嬢、奴隷たちと帰る場所を創る〜  作者: 薄氷薄明


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第41話 「誰も踏み入れたことのない森」

 ロダリック平原の東端。

 そこから先は、人の手が一度も入ったことのない森だった。


 街道は途中で途切れ、その先へ続く道はない。

 旅人も、冒険者も、猟師さえも近寄らない。

 理由は単純だった。


 ――魔素が濃すぎる。


 魔素は、この世界に満ちる力だ。

 魔法を使うための源であり、魔石を生み出し、人々の暮らしを支える恵みでもある。


 しかし、その濃度が一定を超えると話は変わる。

 濃すぎる魔素は魔瘴と呼ばれる現象を引き起こし、人の身体を少しずつ蝕んでいく。

 長時間さらされれば意識を失い、命を落とすこともある。


 さらに魔物は、濃い魔素から生まれる。

 だから人は魔素溜まりの近くでは暮らせない。

 森が深くなればなるほど魔物も増え、やがて誰も近寄らなくなる。

 そうして長い年月を経て、この場所は地図の上にはあっても、人類が踏み入らない土地になっていた。


 ――前人未踏の森。


 けれど。

 かつて世界に存在した王国は、すべて最初はこういう土地だった。

 初代の魔女が魔素を浄化し、結晶へ変え、その結晶を礎として結界を張る。

 結界は外から流れ込む過剰な魔素を抑え、土地全体の濃度を安定させる。

 すると魔瘴は消え、人が暮らせる土地になる。

 畑が作られ、家が建ち、街が生まれ、やがて国になる。

 だから領域とは、土地を支配するためのものではない。

 誰も住めなかった場所を、人が生きられる場所へ変えること。

 それこそが、魔女だけに許された役目だった。

 しかし、その力を持つ魔女は、今ではほとんど存在しない。

 だから新しい領域は何百年も生まれていなかった。

 そして今。

 その役目を果たそうとしている少女が、一人だけこの森の前に立っていた。



***



 ブロンソンが用意してくれた大型馬車は、森の手前で止まった。

 荷台には開拓用の資材や食料、水、工具が積まれている。

 さらにアルドスから借り受けた数人の奴隷も同行していた。

 領域が完成したあと、最初の小屋や井戸を造るためだ。

 まだここには家もない。

 畑も、水場もない。

 領域を宣言しただけでは、人は暮らせない。

 だから最初は全員で開拓する。

 生活できる場所を一から作り上げる。

 それが今回の目的だった。

 ジェラルドも馬車から静かに降りる。

 体調はまだ万全ではない。

 それでも本人は同行を強く望んだ。


「……無理はしないでください」


 エマが言うと、ジェラルドは穏やかに笑った。


「承知しています。ただ、ラドスティンの隣にいたいんです」


 隣で聞いていたラドスティンは何も言わなかった。

 けれど表情だけは、以前より柔らかかった。



***



 リアも別の馬車で到着した。

 ルーゲの街から一人で来たらしい。


「夫に『ちゃんと見届けてきなさい』って送り出されたの」


 そう言って笑う姿は、昔と変わらない。

 ただ胸元の五芒星だけは違った。

 錆びた紋章。

 自ら魔女としての未来を閉ざした証。

 エマは一瞬だけそれを見た。

 リアも気付いたように、小さく肩をすくめる。


「今日は私じゃないわ。」


 その視線はエマへ向く。


「今日の主役はあなた。」


 全員が森へ向き直った。

 木々の隙間から、青白い靄のような光が流れている。

 魔素だった。

 森そのものが呼吸をしているようだった。

 普通の人間なら、この場所に立っているだけで頭痛を覚える。

 長く留まれば魔瘴を起こす濃度だ。

 だから誰も踏み込まない。

 誰も踏み込めない。

 けれど。

 エマだけは違った。

 濃い魔素を見ても苦しさはない。

 むしろ懐かしい。

 母の腕の中にいた幼い頃のような、不思議な安心感があった。

 胸元から、小さな結晶を取り出す。

 今まで少しずつ浄化し、結晶化してきた魔素の結晶。

 これから生まれる領域の最初の礎になる石だった。

 エマは全員を振り返った。


「行ってきます。」


 静かな声だった。


「行ってらっしゃいませ。」


 最初に頭を下げたのはハインだった。


「お気を付けて。」


 ライリーが続く。


「待っています。」


 ロンが短く言う。


「必ず戻ってこい。」


 ラドスティンの声は低かった。


 リアは少しだけ笑って、


「大丈夫。あなたならできる。」


 と背中を押した。


 エマは一度だけ頷く。

 そして誰も踏み入れたことのない森へ、一歩足を踏み入れた。

 木々が風もないのに静かに揺れた。

 濃密な魔素が彼女を包み込む。

 まるで森そのものが、新しい主を迎え入れるようだった。

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