第40話 「義妹が見た魔女」
【視点切替:義妹グランシアーヌ・アベラール】
その日、グランシアーヌは学友に誘われて、五番街を歩いていた。
「ねえ、有名な魔女の店、知ってる? あそこで売っている石鹸、本当に良いのよ」
学友がそう言って、立ち寄ることになったのだ。
グランシアーヌは魔女の店という場所に、特に興味はなかった。評判は聞いていた。宵星の魔女、灰銀の魔女、星喰いの魔女。いくつかの二つ名を持つ銀星の魔女が、五番街に店を構えていると。
それだけだった。
店に入って、最初に目に入ったのは、整然と並ぶ薬瓶と薬草の束だった。前より広くなっていると学友が言っていた。確かに奥行きがある。
「いらっしゃいませ」
接客をしてくれたのは、黒い髪の若い男性だった。穏やかな笑顔で、それが獣人だと少し後から分かった。
薬草石鹸を見ていると、カウンターの奥から声がした。
「ハイン、この注文は明日までに——」
その声と同時に、扉から一人の女性が出てきた。
グランシアーヌは、一瞬固まった。
(……誰だ、この人は)
栗色の髪。白い肌。光の加減で変わる不思議な色の瞳——スカイブルーとミッドナイトブルーの間を揺れる、あの色。
それは、アベラール伯爵家の血筋にしか出ない色だった。
グランシアーヌは知っていた。自分が今している瞳の色が、染めていることを。本当の瞳の色は、母と同じ茶色だ。
目の前の女性の瞳は、本物だった。
(……嘘でしょう)
頭の中が急に冷えた。
女性はグランシアーヌを一瞥して、学友には軽く会釈して、また奥に戻っていった。
その立ち姿、声の質、横顔の輪郭。十年前に部屋で閉じ込めていた子供が成長したら——こうなるだろうと、グランシアーヌには分かった。
(グラシアーヌが、生きている)
グランシアーヌは学友に気づかれないように、石鹸を一つ買った。動揺を顔に出さなかったことは、長年の訓練の結果だ。
店を出て、学友と別れた後、グランシアーヌは一人で帰路についた。
思考が乱れていた。
(何故、生きている。あの子は家を出たと思っていた。でも魔女になって、店を持って、あんなに大きくなって)
宵星の魔女。灰銀の魔女。星喰いの魔女。
全部、あの子だった。
(認めれば……終わりだ)
グランシアーヌは冷静に考えた。もし本物のグラシアーヌが名乗り出れば、自分の立場は消える。アベラール伯爵家の後継権は、正当な血筋を持つグラシアーヌにある。母が死ぬ前に手紙を出した相手に、きちんと証明できてしまう。
しかし今、グラシアーヌは魔女だ。銀星の、誰も手出しできない魔女になっている。国が欲しがるほどの。
(あの子が宣言しない限り……私の立場は守られる)
グランシアーヌは、そう判断した。
沈黙する。認めない。あの瞳を見たことも、あの横顔を知っていることも、誰にも言わない。
◇
しかし帰宅して部屋に入った瞬間、グランシアーヌは壁に手をついた。
(……怖い)
怖いのは、立場を失うことだけではなかった。
あの瞳だ。
本物のアベラールの瞳。
自分は幼い頃から、母に言われ続けてきた。
『あなたがグランシアーヌになるの』
『間違えてはいけない』
『あの子より、あなたの方が優れていると見せなさい』
だから努力した。
言葉遣いも、歩き方も、笑い方も。
全部覚えた。
でも、本物の瞳だけは手に入らなかった。
鏡を見るたび、自分の茶色い目が嫌だった。
(……私は、何なんだろう)
本物になれなかった偽物。
でも、偽物として生きるしかなかった。
グランシアーヌは震える手で、机の上の石鹸を見た。誰のために買ったわけでもないが、手に取っていた。
(なぜ、こんなものを買った)
答えは出なかった。




