第39話 「ロダリック平原と計画」
候補地の下見から戻ったその夜、食堂には全員が集まっていた。
テーブルの上にはロダリック平原とキルシュ廃城周辺の地図が広げられている。
ライリーが羽根ペンを置き、全員を見渡した。
「それでは、今日見てきた二か所について整理しましょう」
誰も異論はなかった。
最初に口を開いたのはロンだった。
「私はロダリック平原がいいと思います」
「理由は?」
「盗賊がいません。森も広く、周囲の街との距離も悪くない。何より魔素の流れが安定していました」
ラドスティンも静かに頷いた。
「防衛もしやすい」
リアも続ける。
「魔女として見ても、ロダリック平原の方が領域には向いているわ。魔素は濃いけれど淀みが少ない。結界を維持しやすいと思う」
全員の意見は一致していた。
エマはゆっくり頷いた。
「では、ロダリック平原にします」
その一言で、新しい未来が決まった。
部屋には静かな空気が流れた。
嬉しいというより、覚悟を決めたような空気だった。
***
「一つ、確認したいことがあります」
ライリーが地図を指先でなぞった。
「領域というのは、実際にはどうやって作るんですか」
エマは少し考えてから答えた。
「前人未到の高濃度魔素地帯へ入り、魔素を浄化します」
「浄化した魔素は結晶になります」
「その結晶を礎石として地中へ埋め、結界を展開します」
ライリーが眉を上げる。
「それだけで、人が住めるようになるんですか」
「はい」
答えたのはリアだった。
「結界は外から流れ込む過剰な魔素を遮断する役目があるの」
「だから領域の中は魔素濃度が一定に保たれる」
「人も家畜も植物も暮らせる土地になるわ」
ライリーはゆっくり頷いた。
「つまり……」
「今ある街や王国も、昔はそうして作られた土地です」
エマが静かに言った。
「最初は誰も住めない森でした」
「そこへ魔女が入り、魔素を浄化し、礎石を築いた」
「それが村になり、街になり、王国になりました」
食堂が静まり返る。
誰もが当たり前に暮らしている街も、最初は一人の魔女が切り開いた土地だった。
その事実を改めて聞くと、不思議な重みがあった。
***
しばらくして、ハインが遠慮がちに手を挙げた。
「でも……」
「家はありませんよね?」
その言葉に全員が少し笑う。
リアまで口元を緩めた。
「ありません」
エマも笑った。
「森ですから」
「家もありません」
「井戸もありません」
「畑もありません」
「道もありません」
ライリーが紙へ書き込む。
「つまり、全部作る」
「はい」
「最初は簡易住宅」
「共同の食堂」
「井戸」
「貯蔵庫」
「作業場」
「畑」
「薬草園」
「街道」
「少しずつ増やします」
ロンが地図を見る。
「最初は私たちだけですね」
「そうです」
エマは頷いた。
「暮らせるようになってから、人を迎えます」
「条件は一つだけ」
「獣人や階級で人を差別しないこと」
ラドスティンが少し笑う。
「それだけか」
「それだけです」
エマは迷いなく答えた。
「それさえ守れるなら、誰でも歓迎します」
***
話が一段落したところで、ライリーが別の紙を取り出した。
「では、王都の店はどうしますか」
その問いに、食堂は少し静かになった。
誰もが同じことを考えていた。
エマは窓の外を見た。
五番街。
毎日見てきた景色だった。
しばらく考えてから、静かに口を開く。
「……閉めます」
ハインが少し寂しそうな顔をした。
「そう、ですよね……」
エマも頷いた。
「でも、すぐではありません」
「開拓が終わって、人が安心して暮らせるようになってからです」
少し間を置いて続けた。
「ただ、一つ気になることがあります」
「この店がなくなったら、困る人がいます」
全員がエマを見た。
「毎月薬を買いに来る方」
「冒険者の方」
「遠くから通ってくださる方」
「皆さんが急に薬を買えなくなるのは困ります」
ライリーが静かに頷く。
「確かに」
「店は閉めても、薬は必要です」
エマは少し考え込んだ。
「どうすれば、今まで通り届けられるでしょう」
その時だった。
ロンが言った。
「ギルドはどうでしょう」
全員がロンを見る。
「冒険者だけではなく、街の人も利用しています」
「ギルドに卸せば、多くの人へ届けられます」
ハインも目を輝かせた。
「旅人も買えます」
ライリーは紙へ書き始める。
「店ではなく、製造所にする」
「販売はギルド」
「ギルドが窓口」
「私たちは薬を作ることへ集中する」
エマは少し考えてから、小さく頷いた。
「その形が、一番いいかもしれません」
「まずはギルドへ相談しましょう」
「困る人が出ない方法を、一緒に考えてもらいます」
誰も異論はなかった。
魔女の店はなくなる。
けれど、薬はなくならない。
形を変えて、これからも誰かの手に届いていく。
***
話し合いが終わり、それぞれが席を立ち始めた。
ハインがぽつりと呟く。
「……ここで朝ご飯を食べるの、好きだったんですよね」
食堂が静かになった。
毎朝集まって、その日の予定を話し、仕事へ向かう。
いつの間にか、それが当たり前になっていた。
エマは食堂を見渡した。
初めて店を借りた日。
一人で食事をしていた日々。
そして今。
同じ食卓を囲む人がいる。
(終わるわけじゃない)
そう思った。
(帰る場所が、一つ増えるだけ)
王都の店も、これから作る領域も。
どちらも、自分たちの居場所になる。
そう思うと、不思議と寂しさよりも温かな気持ちの方が大きかった。




