第38話 「候補地の下見と盗賊グループ」
候補地の下見の日は、雲ひとつない晴天だった。
朝早く、エマたちは王都を出発した。
今回同行するのは、ロン、ラドスティン、ハイン、ライリー。そしてルーゲの街で合流したリアを含めた六人だった。
さらに今回は、アルドスのブロンソンが大型馬車を貸してくれていた。
「荷物を積むことも考えると、このくらいの大きさがあった方が便利でしょう」
出発前、そう笑って送り出してくれたブロンソンの言葉を思い出しながら、エマは窓の外を眺めていた。
王都を離れるにつれて石畳は土道へ変わり、街並みはやがて広い平原へと姿を変えていく。
リアが静かに呟いた。
「こうして遠くへ来るのも久しぶりね。」
「お子さんが生まれてからは、あまり出歩いていないんですか」
「そうなの。危険な場所へは夫が止めるから。」
そう言って笑うリアは、試験会場で出会った頃よりも柔らかな雰囲気になっていた。
***
最初に向かったのは、ロダリック平原だった。
見渡す限り草原が広がり、その先には深い森林が壁のように続いている。
馬車を降りると、風が草を揺らし、青い匂いが鼻をくすぐった。
リアは目を閉じ、ゆっくり息を吸う。
「……濃い。」
その一言だけで十分だった。
「かなり魔素が集まっているわ。」
「はい。」
エマも静かに頷く。
「深部ほど濃度が上がるはずです。」
リアは森を見つめた。
「普通の魔術師なら、奥までは歩けないでしょうね。」
「浄化されていませんから。」
「それでもあなたは?」
「試したことはありません。」
エマは少しだけ考えて続けた。
「ですが、理論上は入れます。」
リアは苦笑した。
「相変わらずね。」
「何がですか?」
「理論が先に来るところ。」
「実践で証明します。」
その返事に、リアは小さく笑った。
「それも相変わらず。」
和やかな空気が流れる。
一行は森の入口を少しだけ歩き、地形や水の流れを確認した。
木々は太く、足元には薬草も多い。
水脈も近い。
住むには申し分ないように見えた。
エマは一本の大木へ手を添えた。
魔素の流れを静かに感じ取る。
(……ここなら。)
まだ確信ではない。
それでも胸のどこかで、小さく何かが動いた。
***
午後、一行は二つ目の候補地であるキルシュ廃城へ向かった。
百年以上前に放棄された石造りの城。
崩れた塔。
苔むした石壁。
周囲の森は静かだった。
「建材は豊富ね。」
リアが辺りを見回す。
「城壁も再利用できそう。」
「水源も近いです。」
ライリーが地図を確認しながら言う。
「街道にも比較的近いので物流も悪くありません。」
全体的な条件だけを見れば、こちらの方が優れている。
しかし。
森へ足を踏み入れた瞬間だった。
ラドスティンが立ち止まった。
「止まれ。」
低い声だった。
全員が自然に足を止める。
「どうしました。」
エマが聞く。
ラドスティンは森の奥を見たまま答えた。
「人だ。」
続いてロンも鼻を動かした。
「六……いや、もっといます。」
風向きを確かめる。
「十人以上。」
ハインが息を潜める。
「こちらを見ています。」
その直後だった。
廃城の影から男が三人現れた。
剣や斧を持ち、身なりは粗末だが、武器だけは手入れされている。
後方にはさらに数人の影が見え隠れしていた。
「こんな所まで何しに来た。」
先頭の男が睨む。
エマは一歩前へ出た。
「土地の下見です。」
「下見?」
男は鼻で笑った。
「ここは俺たちの縄張りだ。」
剣を肩へ担ぐ。
「通るなら通行料を置いていけ。」
リアが小さく眉をひそめる。
エマは落ち着いた声で答えた。
「この土地は王国領です。」
「だから何だ。」
「あなた方の土地ではありません。」
男たちは笑った。
「理屈を言うな。」
「力がある奴の土地だ。」
「金を置いて帰れ。」
その瞬間だった。
一人の盗賊がロンたちを見て吐き捨てた。
「魔女に獣人か。」
「趣味の悪い一団だ。」
「犬まで飼ってるのか。」
空気が止まる。
ロンの表情から感情が消えた。
「……今の言葉。」
低く呟く。
「取り消してください。」
盗賊は笑う。
「嫌だと言ったら?」
ロンが静かに前へ出た。
一歩。
また一歩。
そして獣人としての力を解放する。
全身の筋肉が膨れ上がり、金色の瞳が鋭く光る。
森の空気そのものが張り詰めた。
盗賊たちの笑みが消える。
「な……。」
「獣人だ……!」
ロンは剣すら抜かなかった。
「帰ってください。」
声だけで十分だった。
「これ以上仲間を侮辱するなら。」
もう一歩踏み出す。
「止めません。」
盗賊たちは思わず後ずさる。
そこへラドスティンが静かに口を開いた。
「統率が悪い。」
男たちを見る目は、まるで戦場で敵軍を値踏みする将兵だった。
「見張りは三人。」
「後衛は遮蔽物を使えていない。」
「逃走経路も一本道。」
一つ一つ淡々と指摘していく。
「数だけ集めた素人集団か。」
盗賊たちの顔色が変わる。
図星だった。
ハインも一歩前へ出る。
「帰ってください。」
優しい声だった。
しかし右手には既に魔力が集まり始めている。
治癒魔法だけではない。
必要なら戦える。
その意思が静かに伝わっていた。
盗賊の頭目は周囲を見回した。
真正面には獣人。
横には元戦争奴隷。
後ろには魔術師。
さらに噂に聞く魔女。
割に合わない。
そう判断した。
「……行くぞ。」
男たちは悪態だけ残し、廃城の方へ引き返していった。
姿が見えなくなるまで、ロンは動かなかった。
***
静寂が戻る。
リアが大きく息を吐いた。
「想像以上だったわね。」
「盗賊グループです。」
エマは廃城を見つめる。
「拠点にしているのでしょう。」
ライリーが地図を閉じた。
「仮にここへ領域を作るなら、まず彼らを排除しなければなりません。」
「時間も人手も必要です。」
エマは静かに首を振った。
「それなら、最初から何もない土地を選んだ方がいい。」
リアも頷く。
「私もそう思う。」
ロダリック平原。
静かな森。
豊かな水。
盗賊もいない。
答えは自然と決まっていた。
***
帰りの馬車の中。
エマは向かいに座る三人を見た。
(……みんな、強くなった。)
ロンは威圧だけで相手を退かせた。
ラドスティンは戦場で培った経験をそのまま生かした。
ハインも迷わず仲間の前へ立った。
以前なら、ここまで息は合わなかった。
エマは小さく頭を下げた。
「ありがとうございました。」
三人は顔を見合わせる。
「当然です。」
ロンが答える。
「当然ですよ。」
ハインも笑う。
「……当然だ。」
ラドスティンも短く言った。
ライリーが吹き出した。
「最近、その返事ばかりですね。」
「当然のことですから。」
ロンが真面目に返す。
馬車の中に小さな笑いが広がる。
エマもつられて口元を緩めた。
以前なら、一人で候補地を見に来て、一人で判断していただろう。
けれど今は違う。
隣には支えてくれる仲間がいる。
そのことが、これまで以上に心強く感じられた。




