第34話 「領域を作ると決めた日」
ヴィアンが再びエマの店を訪れたのは、それから十日後のことだった。
いつものように栄養ドリンクを受け取りながら、ヴィアンはカウンター越しに言った。
「一つ、聞いていいですか」
「どうぞ」
「以前、後ろ盾の話をしました。……私が後見人になることも、一つの選択肢ではないかと思っていたんですが」
エマは少しの間、ヴィアンを見た。
「後継人?」
「エマさんは領域の宣言をするのかと思って。領域の宣言をする際、後見人を置けば、その人物が宣言者の代わりに領域の管理を担える権限を持つ。国はその地位を欲しがる」
「私の領域を、ヴィアンさんが後見人として管理する、ということですか」
「エマさんが望まないことをしたいのではない。私がその地位だけ埋めておけば、あとはエマさんの自由にできると思ったんです。……もし王都を離れるつもりがあるなら、権力のある後ろ盾がいた方が安全です。私なら横槍を入れられても問題ありません」
真剣なヴィアンにエマはしばらく沈黙した。
(ヴィアンさんは、私のことを守ろうとしている)
それはエマも分かった。良い人だとも分かっている。しかしエマには、別の考えがあった。
「すみません。お断りします」
エマは静かに言った。
「後継人は、国王陛下にお願いするつもりです」
ヴィアンが少し目を丸くした。
「……国王を? それは、どういう意図で」
「真剣に考えてくれたお礼にお教えします。……復讐です」
エマは平坦な声で言った。
ヴィアンが少し息を飲んだ。
「ヴィアンさんは私の素性を知っていますよね?……国王が後継人になれば、領域の宣言は国の一大行事になります。貴族も呼ばれます。魔術師協会の幹部も出席するでしょう。その場が私には必要なんです」
ヴィアンは少しの間、黙っていた。
「……エマさんはエマリーン・アベラールの息女ですよね」
低い声で言った。エマは少し驚いた。
「知っていたんですか」
「その瞳はアベラールの瞳です。何よりアベラール伯爵家の話は……当時、王宮でも少し問題になりました。ただ、証拠がなく、調べが入らなかった。私は当時十八歳で、何もできなかった。いや、これは言い訳ですね」
ヴィアンの目に、少し古い痛みのようなものが見えた。
「常連客になってくれたのは……」
エマが静かに言うと、ヴィアンが少し苦笑した。
「何もできなかった分、せめて見ていたかった。あなたがどう生きているかを。もちろん栄養ドリンクは効き目が良いのでそれも目当てです」
エマはしばらく黙った。
「……後継人の件、断りましたが。他の形での協力はお願いするかもしれません」
「いつでも」
「ありがとうございます」
***
その夜、エマは全員を食堂に集めた。
「話したいことがあります」
全員が静かになった。
「領域の宣言をしようと思っています」
「領域の宣言って……!」
「一年以内に。前人未到の地に魔素の浄化された結晶を使って結界を張り、自分の領域にします。そして、その宣言に国王を後継人として使います」
「……後継人に国王を?」
ライリーが少し顔を変えた。
「そうです。その場には必ず貴族が大勢来ます。その場が私には必要なんです。この国が何をしたかを……いや、何もしなかったことを、誰にも否定できない形で示したいんです」
誰も口を挟まなかった。
「これは私の問題です。みんなに関係のないことを持ち込みたくはなかった。でも、みんなは私の大切な人たちだから、隠しておくのは違うと思って」
大切な人たち、という言葉を言った瞬間、エマは少し恥ずかしくなった。滅多に言わない言葉だ。
ハインが少し目を赤くして言った。
「一緒に行きます。どこへでも」
「行きます」とロンが言った。
「俺も」とラドスティンが言った。
ライリーが帳簿を閉じた。
「計画を立てましょう。一年以内なら、十分時間はあります」
エマは全員の顔を見て、ゆっくりと頷いた。




