第29話 「レンタル奴隷の返却」
拡大オープンから三日後、マオドとルクスとグスタの返却日が来た。
前日の夜、エマはいつもの夕食の席で三人にあらためて礼を言った。
「採取から建築まで、本当にありがとうございました。おかげで随分助かりました」
マオドが少し視線を落とした。
「……こちらこそ、お世話になりました」
「俺、またお手伝いしたいです」とルクスが言った。「次に何かある時は、また呼んでもらえますか」
「もちろんです。大きな採取をする時はまた声をかけます」
「やった!」
ルクスが素直に喜んだ。グスタが穏やかに言った。
「建物の不具合が出た時は、また声をかけてもらえれば見にきます。ここの建物がどう変わっていくか、気になっているので」
エマは少し目を丸くした。
「グスタさんが気にしてくれるんですか」
「自分で作ったものですから。ちゃんと使われているか、見届けたいです」
その言葉が、職人らしくて好きだとエマは思った。
***
翌朝、三人がアルドスに戻る。入口で全員が見送った。
「達者で」とロンが言った。
「また来てください」とハインが言った。
「体に気をつけて」とラドスティンが短く言った。
ライリーが三人に小さな包みを渡した。
「これは?」
「道中の保存食と、疲れた時の回復薬です。エマさんが用意しました」
「……」
マオドが少しの間黙って、それからエマを見た。
「ありがとうございます」
その言葉は短かったが、声に込められているものは多かった。
三人が馬車に乗り、五番街の通りを離れていく。エマはその背中を見送りながら、胸の中が温かかった。
(いつかまた会える)
そんなふうに思えること自体が、エマには少し不思議だった。今まで、別れを惜しむような気持ちを持てる相手がほとんどいなかったから。
***
返却後、店の日常が戻ってきた。
八人から五人に戻っても、拡大した店舗と整った役割分担のおかげで、以前より仕事は回りやすかった。ライリーの帳簿管理、ロンとラドスティンの護衛と採取補助、ハインの接客と下準備。それぞれが自分の持ち場を持ち、エマは調合と依頼対応に集中できた。
「在庫も補充が追いついてきました」とライリーが報告した。
「傷薬とポーションのセットは、継続して人気がありますか」
「ギルドへの定期納品が始まったので、毎週安定して出ています。石鹸と化粧水のセットは、先週に来た行商人の方が卸値で百個まとめ買いをしていきました」
「……百個ですか」
「他の街にも卸したいとのことで」
「対応できますか」
「月に八十個なら問題ありません。百個は少し上限を超えますが……ハインさんが手伝えば」
ハインが「頑張れます」と手を上げた。
またひとつ、店の仕事が増えた。しかし今のエマには、それが怖くなかった。一人でこなす必要がないから。
***
その夜、ハインが食後に言った。
「エマさん、また来てくれるといいですね、マオドさんたち」
「そうですね」
「マオドさんが帰る前に、少し話したんです。ここで過ごした時間が楽しかったって」
「そうでしたか」
「私も、最初ここに来た時のことを思い出して。エマさんに同じ席に座らせてもらって、ありがとうって言ってもらった時のこと」
エマはその言葉を聞いて、少し黙った。
「ハインさんにとって、それはそんなに大きなことでしたか」
「大きなことでした。当たり前じゃなかったので」
エマは少し間を置いてから言った。
「当たり前にしたかったので、そうしました。それだけです」
「それだけ、と言えるエマさんがすごいんです」
ハインが静かに、しかしはっきりと言った。エマはそれ以上何も言えなかった。




