第25話 「魔女の制裁と騎士団のちょっかい」
獣人狩りとの一件から数日後。
五番街の空気は、以前より少し張りつめていた。
店の周囲をうろつく見慣れない男。
こちらを窺う視線。
そして、わざと聞こえるように囁かれる「獣人」「魔女」という言葉。
エマは表情を変えなかったが、警戒は強めていた。
そして問題は、予想より早く起きた。
***
昼過ぎ。
ルクスが建築資材を抱えて店へ戻る途中、五番街の裏路地で囲まれた。
相手は七人。
以前より明らかに数が多い。
ルクスは抵抗しようとしたが、相手は慣れていた。獣人の扱いに。
「離せっ!」
「おとなしくしろ。暴れると商品価値が下がるぞ」
「誰が商品だ!」
殴られかけたところで、近くにいた商人が悲鳴を上げた。
その騒ぎが店まで届いた。
エマは即座に動いた。
「ロンさん、ラドスティンさん」
「行きます」
二人は短く答えた。
ライリーはすでに書類棚を開いていた。
「前回の報告記録、証人名簿、契約書控え。全部あります」
「ありがとうございます」
エマは書類を受け取り、そのまま魔術師協会へ向かった。
***
協会支部は静かだった。
だが、“銀星の魔女”が現れた瞬間、空気が変わる。
受付の神官が緊張した顔になる。
「本日は、どのようなご用件で」
「魔女の制裁申請です」
神官の背筋が伸びた。
魔女の制裁。
それは魔女が持つ特権であり、同時に国家側が最も慎重に扱う権限でもある。
乱用すれば災害になる。
だからこそ、協会が仲介し、記録し、制御する。
エマは淡々と書類を差し出した。
「正式契約下の奴隷への違法拘束。前回報告済み集団との一致あり。今回は暴行未遂も確認されています」
神官が書類を確認する。
「……証拠は十分です」
「制裁規模は最小限で構いません」
「拘束まで、ですか」
「はい。衛兵への引き渡しを前提とします」
神官は少し驚いた顔をした。
銀星級の魔女なら、もっと大規模な制裁も可能だ。
建物単位で制圧する者もいる。
だがエマは、毎回必要最低限しか申請しない。
「……承認します」
神官が静かに印章を押した。
その瞬間、協会内部の空気が少しだけ張りつめた。
制裁が正式に許可されたのだ。
***
五番街の裏路地。
七人の男たちはまだそこにいた。
ルクスを拘束したまま、どこへ運ぶか相談していたらしい。
エマが路地へ入る。
後ろにはロンとラドスティン。
男たちの一人が笑った。
「また来たのか、魔女」
「申請が受理されました」
エマは静かに言った。
「今から制裁を執行します」
「……は?」
次の瞬間。
地面に魔法陣が走った。
青白い光が路地全体を覆う。
「なっ——!?」
拘束魔法。
七人全員の足元から光の鎖が伸びる。
男たちが剣を抜こうとする前に、ロンとラドスティンが動いた。
正面からではない。
逃走経路を潰す動き。
逃げ場を消し、暴れられない位置へ追い込む。
「動かないでください」
エマの声は静かだった。
だが魔法は容赦がない。
光の鎖が男たちの腕を縛り、地面へ押さえつける。
「ぐっ……」
「ま、待て!たかが獣人で——」
「それは協会で主張してください」
エマは淡々と言った。
「私は申請通りに執行しただけです」
数分後、衛兵が到着した。
七人はそのまま連行される。
衛兵の一人が呆れたように言った。
「……本当に手順通りなんだな」
「規定がありますので」
「銀星級でここまで律儀なの、初めて見た」
エマは特に答えなかった。
***
問題は、その翌日に起きた。
第二騎士団から使者が来たのだ。
店の空気が少し張る。
入ってきた騎士は若かった。
だが、その鎧と態度から、“自分は上位側の人間だ”という意識が透けて見える。
「銀星の魔女エマ殿ですね」
「はい」
「我々第二騎士団は、先日の件について正式に抗議します」
店内が静かになる。
ライリーが無言で帳簿を閉じた。
「どの件でしょうか」
「違法集団拘束の件です。本来、王都内の治安維持は騎士団の管轄。魔女が独断で動くのは秩序を乱します」
エマは少しだけ考えた。
「確認します」
静かな声で言う。
「私は協会を通じ、正式な制裁申請を行いました。受理後、規定範囲内で執行しています」
「問題はそこではありません」
「では、どこですか」
騎士がわずかに言葉を詰まらせた。
「……騎士団を差し置いて、魔女が直接介入したことです」
「衛兵への引き渡しまで完了しています」
「屁理屈を」
「法的根拠をお願いします」
店の空気がさらに静かになる。
エマは怒っていない。
ただ確認しているだけだ。
だが、それが騎士にはやりにくい。
「……銀星の魔女が好き勝手に動けば、民が騎士団を軽視するようになる」
その言葉で、エマは少し理解した。
(ああ……祖父母の時もこんなちっぽけな理由だったのかな)
これは治安維持の問題ではない。
面子だ。
騎士団が対処する前に、魔女が解決した。
しかも完璧な手順で。
だから困っている。
「私は、私の店の人間を守っただけです」
「それでもだ」
「では今後、正式申請を禁止する法令が出た場合のみ従います」
「……っ」
騎士の表情が歪む。
法的にはエマが正しい。
だから押し切れない。
しかも相手は銀星級。
刺激しすぎるのも危険。
結局、騎士は不満げに言った。
「……今後は騎士団を通すことも検討していただきたい」
「検討はします」
エマはそう答えた。
検討するとは言った。
従うとは言っていない。
騎士が帰った後、ライリーが深く息を吐いた。
「完全に面子ですね」
「そうですね」
「でも、厄介です。法では勝てなくても、感情では動けますから」
「記録を残しておきましょう」
「もう書いてます」
ライリーが即答した。
「騎士団側の発言、日時、内容。全部記録します」
「ありがとうございます」
「あと、協会側にも共有します。先に積み上げた方が勝ちです」
エマは少しだけ目を瞬いた。
「ライリーさん、そういうところ容赦ないですね」
「冤罪で奴隷になったので」
ライリーは淡々と言った。
「記録がないと、人は簡単に潰されます」
エマは何も言わなかった。
ただ、その言葉は覚えておこうと思った。




