第24話 「獣人狩り」
建築が始まって三週間が経った頃、問題が外から持ち込まれた。
朝、いつも通り店を開ける準備をしていると、通りの向こうで騒ぎ声が上がった。
エマが顔を上げる。
五番街の角に、見慣れない男たちがいた。
その中心にいるのは、マオドだった。
男の一人が、マオドの腕を乱暴に掴んでいる。
「離してください……っ」
普段より低い、硬い声だった。
エマはすぐに外へ出た。
男たちのうちの一人が振り返る。
三十代ほどの男で、目つきが悪い。粗末な革鎧を着ており、腰には剣があった。後ろにも二人いる。
「なんだ、お前は」
「その子は私の店で働いています。離してもらえますか」
「この獣人はうちの商売道具だ。勝手に持っていかれちゃ困る」
「商売道具?」
エマは少しだけ眉を上げた。
「俺たちは獣人の仲介業をやってる。こいつは、うちの仕入れ品だ」
「マオドはアルドス奴隷商から私が正式にレンタルしています。契約書も存在します。あなた方の主張には根拠がありません」
「うるさいな。獣人なんて、拾ったもん勝ちだろうが」
男がマオドの腕をさらに強く引いた。
マオドの肩がびくりと揺れた。
その瞬間、エマはマオドの様子を見た。
顔色が悪い。
呼吸も浅い。
普段なら冷静に受け答えするマオドが、今は視線を下げたまま固まっていた。
(……慣れている反応だ)
エマは静かに理解した。
こういう目に遭ったことが、一度や二度ではないのだ。
男が剣の柄に手をかける。
「で、どうする? 魔女さん」
エマは少しだけ間を置いた。
怒ってはいなかった。
ただ、確認していた。
条件を。
「正式契約下の奴隷への暴力」
静かな声で言う。
「王都内での不法拘束。違法奴隷狩り」
男の表情が少しだけ変わった。
「……あ?」
「条件は満たしていますね」
「お、お前……」
「教会へ申請します」
その瞬間、後ろにいた男の一人が舌打ちした。
「銀星の魔女だ」
空気が変わった。
先ほどまで余裕のあった男たちの視線が揺れる。
エマは続けた。
「魔女の制裁申請です。正式契約への違法干渉として処理します」
「た、たかが獣人で——」
「価値の問題ではありません」
エマは遮った。
「契約違反です」
感情のない声だった。
怒鳴りもしない。
威圧もしない。
ただ事実だけを告げる声。
それが逆に、男たちを怯ませていた。
王都で“魔女の制裁”という言葉を軽く聞く人間はいない。
制裁を執行できる魔女は限られている。
その中でも、“銀星”の名を持つ魔女はさらに少ない。
教会が制御できない存在。
国家ですら正面衝突を避ける存在。
それが魔女だ。
「……離してください」
エマは最初と同じ声で言った。
男たちは短く視線を交わした。
そして舌打ちしながら、マオドの腕を放した。
「……覚えてろよ」
「申請書には特徴も記録しますので」
「っ」
男たちはそれ以上何も言わず、足早に去っていった。
通りに残った緊張が、少しずつほどけていく。
エマはマオドの腕を見た。
赤い痕が残っている。
「大丈夫ですか」
マオドはすぐに返事ができなかった。
呼吸を整えるように、一度小さく息を吐く。
「……はい」
声が少し震えていた。
「すみません、騒ぎを起こして」
「あなたのせいではありません」
エマは即答した。
「中へ入りましょう」
マオドは小さく頷いた。
店の中へ戻ると、ロンとラドスティン、それにハインがすでに入口近くまで出てきていた。
三人とも無言だったが、いつでも動ける状態だった。
マオドが少し目を見開く。
ロンが視線を逸らした。
「……無事ならいい」
短くそれだけ言う。
ラドスティンも静かに頷いた。
ハインは少し困った顔で笑った。
「怖かったですね」
マオドは何も言えなかった。
ただ、その目が少しだけ揺れた。
***
その日の夜。
エマはリアムを通じて、冒険者ギルドと王都衛兵へ報告書を提出した。
違法奴隷狩り集団の出没報告。
特徴。
人数。
発生場所。
ライリーが文面を整え、正式記録として残せる形にまとめてくれた。
「こういうことは、今後も起きる可能性があります」
「はい」
エマは頷いた。
「今後、外出時は複数人で動きましょう。特にマオドさんとルクスさんは」
「了解です」とロンが言った。
「俺も気をつけます」とハインが続く。
マオドは夕食の間、少し静かだった。
いつもなら相槌を打つ場面でも、ぼんやりしている時間が長い。
食後、エマはそっと声をかけた。
「怖かったですか」
マオドは少し黙った。
すぐには答えない。
そして、ぽつりと言った。
「……慣れているつもりだったんです」
「慣れていても、怖いものは怖いです」
マオドが少し俯く。
「前の場所でも、何回かあったので」
「奴隷狩りですか」
「はい。獣人は売りやすいので」
淡々とした言い方だった。
だが、その淡々さが逆に重かった。
エマは少し考えてから聞いた。
「私が出てきた時、どう思いましたか」
マオドが少し驚いた顔をした。
「……え?」
「怖くなかったですか。ああいう場面に、魔女が出てくるのは」
マオドは少しだけ考えた。
「怖いというより……驚きました」
「驚いた?」
「普通、ああいう時って、面倒事を避ける人が多いので」
マオドは小さく笑った。
「特に、獣人相手だと」
エマは少し黙った。
それから言う。
「私は、私の店の人間を守っただけです」
「……普通じゃないですよ、それ」
「そうですか?」
「普通じゃないです」
今度は少しはっきり言った。
ロンが横から口を挟む。
「エマさんは、自分の基準がずれてることに気づいてないからな」
「ずれているでしょうか」
「かなり」
ハインも頷いた。
「でも、その方が助かる人は多いと思います」
マオドはそのやり取りを見て、小さく息を吐いた。
緊張が少し抜けたようだった。
「……みんなでいる感じがするんですね、ここ」
「そうですね」とエマは言った。
「最初来た時、こんな場所だと思っていませんでした」
「どんな場所だと思っていましたか」
「もっと、仕事だけの場所かと」
「仕事はしていますよ」
「そういう意味じゃなくて」
マオドが少し笑った。
「……うまく言えません。でも、ここは変です」
「変」
「良い意味で」
エマは少し首を傾げた。
「普通だと思っていました」
「だから変なんですよ」
その言葉に、食堂の空気が少しだけ柔らかくなった。




