第22話 「空間魔法の秘密」
翌朝の採取は、昨日より更に充実した収穫だった。
朝露が残る森の中で、各自が手際よく動いた。昨日一日で互いの動き方が分かってきたのか、声をかけ合わなくても自然に役割が機能している。
グスタとロンが岩場でさらに石材を積み上げ、マオドが見つけた薬草の群生地でエマとハインが採取し、ラドスティンとルクスが周辺の警戒を担った。ライリーは荷物の整理と記録を続けている。
昼前には、当初の目標量を大幅に超える素材が集まっていた。
問題は、それを全部持ち帰ることだった。
「……積み切れません」
ライリーが荷馬車を見ながら言った。その声は淡々としているが、少し困っている。
確かにそうだった。昨日の時点で荷馬車にかなりの量を積んでいた。今日さらに増えた分を加えると、明らかに積
みきれない。特に石材は重くてかさばる。
「石材だけで、普通に積んだら馬が可哀想な量があります」とグスタが言った。
「どうしましょうか」
全員がエマを見た。エマはしばらく荷馬車と素材と石材を交互に見た。
(困った……)
エマは少し黙って考えた。
考えながら、自分の腰に提げた小さな革袋を触った。その中に、エマがいくつかの道具を入れている。その一つが、彼女がずっと人に見せないようにしていたものだ。
(……みんなには教えてもいいか)
一つ、息を吸った。
「ちょっと待っていてください」
エマは荷馬車の前に立ち、革袋から小さな石を取り出した。指の先ほどの、透明な石。光に透かすと、中に何か煌めくものが封じ込められているように見える。
エマはそれを荷馬車の荷台の中心に置いた。
「……エマさん?」
ライリーが首を傾けた。
「これは、空間魔法です」
エマは静かに言った。
「空間魔法……?」
「荷台の空間を、実際の容積より大きくします。ただし……」
エマは一呼吸置いた。
「この魔法を使うためには、魔素を浄化して結晶化したもので空間を固定し、その空間を異空間に変換して行います。その魔素を浄化した結晶が、この石です」
しばらく誰も何も言わなかった。
ライリーが先に口を開いた。
「魔素の……浄化した、結晶?」
「そうです」
「それは……金の五芒星を得る魔術師が出来ると言われている……領域を作れる技術ですよね」
「よく知っていますね。その通りです」
また沈黙があった。今度は少し長かった。
「…………エマさんは、それが、できるんですか」
ライリーの声が珍しく少し揺れていた。
「できます。前々からできていました。ただ、知られたくなかったので言いませんでした」
「なぜですか」
エマは少し視線を遠くにやってから、答えた。
「以前、知人の魔女がそれを国に知られて、領域を作るよう脅されたことがありました。彼女は子供を人質にされて……自らの意思で五芒星を錆びさせることで、それを回避しました。五芒星が錆びれば、領域を作ることができない。だから錆びさせたんです」
全員の表情が変わった。
「私はそれを聞いてから、この能力を知られないようにしていました」
「……そうか」
ロンが低い声で言った。
「ただ……実は前々から、こっそり使っていました」
エマは少し苦笑いした。
「ポーションの調合で手順を一部省略するのに使ったり。ペットロスの方へ渡した人形の媒介に使ったり」
「媒介に……」
ハインがゆっくりと呟いた。そして何かを思い出したような顔になった。
「あの……エマさん。私たちに渡してくれたブレスレット……」
エマはハインを見た。ハインの手首には、エマが半年前に全員に渡した革紐のブレスレットがある。「お守りに」と言って渡したものだ。
「……気づいていましたか」
「気づいてはいなかったです。ただ、何か入っているかと思って」
「入っています。あなたたちの身に何かあった時に私に分かるように、それと結界が張れるようになっています」
全員が自分の手首を見た。ロンもライリーもラドスティンも、同じブレスレットをしていた。
「……お守りが、本当にお守りだったのか」
ライリーが小さく言った。
「言わなくてすみません。知られると、みんなを危険にさらすかもしれなかったので」
「……エマさん」
ハインが少し震えるような声で言った。
「ありがとうございます」
エマは少し戸惑った。礼を言われるとは思っていなかった。
「私が感謝される話ではないです。隠していたんですから」
「隠していたことより、渡してくれていたことの方が大事です」
ハインが真剣な顔で言った。それを聞いてロンとラドスティンも頷いた。ライリーは少し俯いていたが、顔を上げた時には目が少し赤かった。
「……ライリーさん?」
「なんでもないです。行きましょう、マオドさんとルクスさんを待たせています」
ライリーはそう言って先に馬車の方に歩いていった。
エマは少しの間、その背中を見た。
(怒っているのかな。それとも……)
怒りではないことは分かった。ただ、ライリーが感情を表に出す時は、いつも少し不器用だ。後で話を聞こうと、エマは思った。
***
空間魔法を施した荷馬車には、全ての素材と石材が収まった。見た目は普通の荷台のままなのに、なぜか全部入る。マオドとルクスはそれを見て目を点にしていた。
「……全部入った」
「入りましたね」
「なんで?」
「空間魔法です」
「……じゃあ、さっきの石は」
「詳しくは聞かないでください」
エマが静かに言うと、マオドは少し頷いた。
「……分かりました。聞きません」
ルクスも何か言いたそうにしていたが、マオドに肘で突かれてやめた。
王都へ向かう帰路、エマは馬車の揺れに身を任せながら、少し考えた。
(言ってしまった。みんなに、言ってしまった)
秘密を明かしたことへの後悔はない。ただ、少し緊張している。これが後から問題を生まないかどうか。信用していいのかどうか。
隣でロンが静かに言った。
「エマさん」
「はい」
「俺たちは誰にも言わない」
短く、確かな言葉だった。
「約束します」
エマは少しの間、ロンの顔を見た。それからゆっくりと頷いた。
「……ありがとうございます」
「当然のことです」
ロンは前を向いた。
当然のことです、という言葉が、ずっとエマの耳に残った。




