第21話 「蛇と魔女と天然大雑把」
午後の森は、午前と打って変わって緊張感があった。
木の間隔が広くなり、地面には苔が厚く積もっている。足音が吸収されるため、自分たちの足音が聞こえない。その代わりに、遠くで何かが動く音がするような、しないような。
「エマさん、ロンさんの隣から離れないでください」とライリーが静かに言った。
「分かっています」
「前回、一人で植物を見ていてどんどん先に進んでいたので」
「今回は気をつけます」
エマは素直に答えた。採取に集中すると周りが見えなくなる自覚はある。今回はきちんと意識していた。
クリムゾンルートは赤みがかった根で、腐葉土が豊かな場所に育つ。見つけるのはマオドが得意とのことで、先頭に立って探してもらった。マオドは鼻が利くのか、少し進んでは立ち止まり、辺りを見回しては進む。
「……あそこ」
マオドが指した先に、赤い根が地面から少し顔を出している場所があった。
「ありがとうございます」
エマが近寄って採取する。ロンが隣で周囲を警戒している。
順調だった。少なくとも、最初の一時間は。
***
問題が起きたのは、タウィルの茸の群生地を見つけた時だった。
ハインが「あった!」と声を上げた場所には、確かに丸くて白い茸が群生していた。タウィルの茸は栄養剤の材料になる希少な茸で、エマが前から集めたかったものだ。
エマはすぐに採取道具を取り出した。採取には少し時間がかかる。根元を傷つけないように、慎重に掘り起こす必要がある。
「エマさん、ここに座ってやります? 草が多いので足元に気をつけてください」
ハインが場所を整えてくれている。エマは屈んで、最初の一本に集中した。
その時だった。
「……ッ!」
エマが飛び上がった。
草の間から、細長いものが顔を覗かせていた。緑と黒の模様をした長い体。ゆっくりと動いている。
ルズマイスの蛇だった。体長はエマの腕くらいはある。毒はおそらくない種類だが。
(蛇だ)
エマの頭の中で、思考が一瞬止まった。
エマは蛇が苦手だった。得体の知れない動き方と、ぬめぬめとした光沢が、理屈ではなく生理的にだめだった。幼い頃、庭で一度踏みかけてから、ずっとだめだった。
次の瞬間、エマは反射的に魔法を放った。
ドォン、という音が森に響いた。
蛇がいた場所の草が、直径二メートルにわたって吹き飛んでいた。蛇は跡形もない。地面が抉れて土が盛り上がっている。
全員が固まった。
タウィルの茸は……巻き込まれて、十本ほど吹っ飛んでいた。
長い沈黙があった。
「……エマさん」
ロンが静かに言った。
「……はい」
「蛇、ですよね?さっきのは」
「……そうです」
「あれって、毒蛇ではなかったと思いますが」
「……きちんと見ていませんが……おそらくそうですね」
「蛇一匹に、あの規模の魔法を?」
エマは少し俯いた。
「……蛇が無理なんです。反射的に……すみません」
ハインが苦笑いしながら被害を確認していた。
「いえ、蛇に対しての一撃にびっくりしただけだったので。茸の残りはまだここにあるので……大丈夫です、採れるだけ採りましょう」
マオドがぽかんとした顔で、抉れた地面を見ていた。
ルクスがこっそりマオドの袖を引いた。
「……エマさんってさ」
「うん」
「さっき『制御がめんどくさい』って言ってたの……これのことだったのかな」
「……大雑把ってレベルじゃなかったね」
ラドスティンは相変わらず無表情だったが、何も言わなかった。ただ、視線を遠くにやっていた。
ライリーが帳面を取り出した。
「今後、エマさんは蛇が出た場合は後退してください。対処はロンさんかラドスティンさんに任せる形で」
「……はい」
「それから、反射で魔法を放つのは、周囲に人がいる場合は止めていただけると」
「努力します」
「努力ではなく、必ずお願いします」
「……分かりました」
ロンとラドスティンが無言で頷いた。ハインは笑いを堪えながら、残りの茸の採取を再開した。
***
その後、エマは約束通り蛇が出た場合は後退した。
しかし、後退する際にも一度、小さな蛇を見て短く魔法が出かかった。ロンが素早くエマの手を押さえて制止した。
「落ち着いてください」
「……あの動き方が」
「見ないようにするといいです。俺が前に出ます」
「……お願いします」
エマは潔く引いた。蛇に関してはエマに勝ち目がないということが、今日で確定した。
全員がそれを知った上で、誰も笑わなかった。ただ、今後の対処を自然に決めた。それがエマには少し嬉しかった。弱いところを見せた時、笑われるのではなく対処を考えてくれる人たちだということが。
***
夕方前に岩場に着いた。
グスタが地形を確認しながら、石の質を丁寧に見ていった。大きな体で石の表面を触り、叩き、割れた断面を観察している。その動きはプロのそれだ。
「この石、いいですね」
グスタが満足そうに言った。
「使えますか?」
「十分使えます。魔素が染みていて、普通の石材より硬い。基礎の一部に使えば、かなり強度が上がります。壁に入れても良いかと」
「どれくらい必要ですか?」
「設計によりますが……百個から百五十個あれば、主要部分は補えるかと」
「採取しましょう」
グスタが少し驚いた顔をした。
「今日から?」
「明日の朝もあります。合わせれば集められるかと思いますが、どうですか」
「……力仕事は得意ですから、やってみます」
グスタは少し嬉しそうだった。自分の得意分野を求められることが、久しぶりだったのかもしれない。
そうして岩場での作業が始まった。グスタとロンとラドスティンが石を切り出し、ルクスが運んだ。エマとハインとマオドは別の薬草の採取を続けた。ライリーは採取したものの記録と、積み込みの整理を担当した。
日が傾く頃には、今日分の作業が終わった。野営の準備をしながら、エマは一日の収穫を確認した。
(予想より多い。これだけあれば、在庫が十分増やせる)
明日も順調なら、計画通りの量が集められそうだ。エマは少し安堵した。
ライリーが手早く野営の準備を整えながら言った。
「エマさん、今日の採取量、想定より三割増しですよ」
「人が多いと効率が上がりますね」
「そうですね。今後の採取にもこういう形で人を借りるのは、費用対効果が高いと思います」
「次もそうしましょう。ブロンソンさんに相談します」
「了解です」
野営の焚き火が灯された。夕食を囲む九人の顔が、オレンジ色に照らされている。
マオドとルクスは最初の緊張がすっかり解けていた。特にルクスはハインとすっかり意気投合していて、建築計画の話を聞いていた。
「自分たちで建てるんですか。すごいですね!」
「グスタさんに教えてもらいながら」
「俺も手伝いたいです。建築ってやったことないんですけど、面白そうで」
「レンタルを延長してもらえれば、手伝ってもらえるかもしれません」
ハインが少し考えてから言った。それを聞いたエマは少し頷いた。
(そうだな。レンタルを延長して、建築も手伝ってもらおう)
翌朝、ブロンソンにその旨を連絡しようと、エマは頭の中でメモした。




