第20話 「ルズマイスの森一日目」
ルズマイスへの一泊二日の採取旅が出発したのは、晴れた早朝のことだった。
アルドス奴隷商のオーナー、ブロンソンが馬車を貸してくれた。大型の荷馬車で、採取した素材をたっぷり積める作りになっている。
「たくさん集めてくるといい」とブロンソンは言った。
「グスタも一緒に行かせる。建築の話も、現地で聞ければ聞いておくといい」
グスタは今回のルズマイス採取にも同行することになっていた。建築について相談するためでもあるし、単純に戦力として頼もしいからだ。
それともう二人、今回の採取にはアルドスからレンタルで借りた奴隷が加わっていた。
一人目は猫獣人のマオド、二十二歳の女性だ。小柄で、黒い癖毛が特徴的で、目が細くて鋭い。採取の経験があると聞いていた。
二人目は犬獣人のルクス、二十歳の男性。背が高くて、愛嬌のある顔をしている。どこかふわふわとした雰囲気だが、身のこなしは素早い。
二人は馬車の前でエマたちと顔を合わせた時、少し緊張した様子だった。特に、エマが朝食を用意して「一緒に食べましょう」と言った時には、二人とも目を丸くした。
「……ご飯を一緒にいただいても良いんですか」
マオドが少し戸惑いがちに言った。
「当然です。一緒に働くなら一緒に食べます」
ルクスがマオドと顔を見合わせた。二人とも、まだ信じられないような顔をしている。
ライリーが低い声でそっと二人に言った。
「うちのエマさんは全員に飯を出して、全員を席に座らせます。最初は驚くかもしれませんが、それがここの普通なので、慣れてください」
「……は、はい」
マオドはまだ少し戸惑いながらも、席に着いた。ルクスは少し嬉しそうに笑ってから、しっかり席に座った。
***
出発は日が完全に昇った頃だった。
総勢九人、馬車一台。ブロンソンが貸してくれた大きな荷馬車には、採取道具と一泊分の荷物が積んである。
エマはロンの隣に座り、ラドスティンが御者を務めた。ハインとグスタが馬車の後部に座り、ライリーとマオドとルクスが荷台の縁に腰掛けている。
「今日は何を採るんですか?」
マオドが少し好奇心の滲んだ声で聞いた。
「ルズマイスにしか生えない薬草が中心です。シルバーフェン、クリムゾンルート、それとタウィルの茸。建築用の石材も、魔素が染みた特殊なものが取れる岩場があるので、そこも見たいです」
「魔素が染みた石材?」
「耐久性が通常の石材と比べて格段に上がります。店の基礎や壁の一部に使えれば、強度が高くなる」
マオドが感心したように頷いた。
「詳しいんですね」
「必要なことは調べます」
「……すごい」
ルクスが素直な声で言った。
「あ!私のことはエマと呼んでください」
「エマさま!えっと、俺たちへの指示は、どのように?」
「採取が得意と聞きましたから、主に採取をお願いします。ロンさんとラドスティンさんが護衛を担いますが、マオドさんとルクスさんにも周囲への注意をしてもらえると助かります」
「わかりました!頑張ります!」
ルクスが元気よく答えた。その横でマオドが少し口元を緩めた。さっきまでの緊張が少し解けているのが分かった。
***
ルズマイスの入口に着いたのは昼前だった。
荷馬車を安全な場所に停め、ロンが簡単に今日の行動計画を説明した。午前中は比較的安全な森の縁を採取し、午後に奥の方へ向かう。日が傾く前に野営地を決め、翌日の午前中に岩場を目指す。
「魔物に遭遇した場合は、エマさんは後退してください。戦闘要員が前に出ます」
「分かりました」
エマは素直に頷いた。
「エマさん、魔法が使えるんですよね?」とルクスが聞いた。
「使えます。ただ私の攻撃魔法は……少し制御が難しくて、乱暴な使い方になってしまうので、なるべく周りに任せます」
「乱暴、というのは?」
「大雑把、とも言います。力は十分あるんですが、繊細な制御が苦手なので、巻き込むものが大きくなってしまいます」
ロンが少し遠い目をした。それを見てラドスティンも無言で目を逸らした。
(二人とも、前回エマが攻撃魔法を試したのを知っているな)
前回、試しに小さな岩に向けて攻撃魔法を放ったら、直径三メートルの範囲が抉れた。エマ自身はそれが普通だと思っていたが、周りの二人は引いていた。
「つまり、採取中は極力魔法を使わないということですね」とライリーが静かにまとめた。
「そういうことです」
「了解しました」
***
午前中の採取は順調だった。
シルバーフェンはすぐに見つかった。魔素の高い場所に群生していて、銀色に光る葉が遠くからでも目立つ。マオドが素早く見つけ、丁寧に根を残して刈り取っていく。
「採取、上手いですね」とハインが感心して言った。
「幼い頃から採取の仕事をしていたので」
少し照れたような顔をしてマオドが答えた。
「どんな場所でやっていたんですか?」
「色々と……売られた先の一つで、薬草農場にいたことがあって。そこで覚えました」
ハインがゆっくり頷いた。深くは聞かなかった。聞かなくても、その言葉に様々なことが詰まっていると分かったから。
「ルズマイスは初めてですか?」
「はい。こんなに魔素が濃いところに来たことがなくて」マオドは少し不思議そうに周りを見回した。「でも……嫌じゃないですね。なんか、静かで」
「分かります。最初に来た時、私も同じことを思いました」
ハインが微笑んだ。マオドも、少し笑った。
***
昼食は森の開けた場所で取った。ライリーが朝のうちに用意しておいたサンドイッチが人数分ある。
全員でそれを食べながら、午後の計画を確認した。エマはシルバーフェンをすでに十分採取できていたことに満足しつつ、次の目標を頭の中で整理した。
午後はクリムゾンルートとタウィルの茸だ。どちらも森の奥の方に生えている。魔物も多くなる。
「グスタさん、建築用の石材の岩場は午後に通れますか?」
グスタは大きな体で地図を広げて確認した。建築経験が長いだけあって、地形の読み方が手慣れている。
「この地図だと、タウィルの茸が生える区域から岩場まで一時間ほどです。午後に回れるかと」
「お願いします」
エマはそう言ってサンドイッチを齧った。
ルクスが隣で二個目のサンドイッチを頬張りながら、幸せそうな顔をしていた。




