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名もなき魔女の終焉領域 〜身代わり義妹に全てを奪われた伯爵令嬢、奴隷たちと帰る場所を創る〜  作者: 薄氷薄明


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第2話 「都市伝説の魔女」

 王都リィンズの社交界や裏通りの酒場で、近頃まことしやかに囁かれる噂がある。


『五番街の魔女の店では、どんな願いも叶う』


 無論、それは尾ひれがついた噂に過ぎない。

 しかし、その魔女が提供する品々が、既存の魔術師たちの常識を覆しているのは事実だった。


 彼女の魔法は、攻撃のためではなく、誰かの”生活”をほんの少し便利にするために振るわれる。それが、かつて誰も助けてくれなかった自分への、無意識の裏返しなのかもしれない。



 その日の夕方は依頼が重なった。


「魔女さま……。ルーが、死んじゃったんです」


 店を訪れたのは、一人の憔悴した女性だった。彼女の手には、死んだばかりの小さな愛犬の亡骸が抱えられていた。


「それは残念ね……でも、死者を生き返らせる魔法なんんてこの世にはないわよ」


「分かってます! でも、あの子の声がもう聞けないなんて、私……!」


 エマはわずかに眉を寄せた。彼女の過去において、愛するものを失った時の絶望は、誰よりも知っている痛みだった。


「……完璧な蘇生は無理だけど、思い出を形にすることはできるわ」


 エマは工房から、一体の人形を取り出した。

 それは彼女が錬金術で作り上げた、特殊な依代だ。


 彼女が杖をかざすと、女性が抱えていた愛犬の記憶の残滓が、光の粒子となって人形に吸い込まれていく。


 数分後。

 まるで生きているかのように首を傾げ、本物そっくりの声で鳴く人形が完成した。


「あ……ああ……! ありがとうございます、魔女さま……!」


「言っておくけど、それはただの器よ。中身はあなたの記憶を反映しているだけ。お代は、そうね。……今回は金貨三枚。これでも安くしてるんだから」



 次は眼病を患う老人の娘が来て、父の視力回復ができないかと相談してきた。

 エマは老人の症状を聞き取り、対応できると判断した。


「魔法での視力回復は、完全に元通りになるとは言い切れません。それでも構わなければ」


「何でも構いません。父が見えなくなって、もう三年なんです」


 女性の声が震えている。エマは少し考えてから言った。


「今度、お父様を連れてきてください。一度診てから判断します。診察代は先にはいただきません。対応できると分かった時点でお伝えします」


 女性が安堵の表情で帰っていったあと、次の客はどこかの商家の若旦那で、賭け事で負けた傷を治したいと言ってきた。揉めてできた擦り傷と打ち身だ。エマは傷薬と湿布材を出した。値段を見て若旦那が驚く。相場の倍だ。


(賭け事で負けるくらいの余裕があるなら、薬代くらい出してもらいましょう)


 しかし表情には出さない。にこにこと笑顔で、「良品ですよ」と言うだけだ。


 若旦那が帰った後、エマは苦笑した。


 いつしか、王都の人々は彼女をこう呼ぶようになった。


 ある者は、人々の願いを紡ぐ姿から、『紡星の店』。

 またある者は、夜間でも急ぎなら受け入れてくれる魔女が営む店を、『宵星の店』。



***



 こんな調子で毎日が過ぎる。面白い仕事も、馬鹿馬鹿しい仕事も、全部混ざって毎日が回っている。

 それがエマの”日常”だった。


 繁盛している。でも、大変だ。


 在庫管理、発注、作業、接客。全部一人でやっている。採取に出る時間はないから、ギルドに依頼を出しているが、品質のばらつきが気になる。誰かが一緒にいてくれたら、と思う瞬間は増えてきた。


(でも、誰かを雇ったら……)


 そこで思考が止まる。エマは、人間を信用できない。


 なぜなら、信用できると思った人間に裏切られた経験があるからではなく。最初から、誰も自分を守ろうとしなかったからだ。


 それはもう、ずっと昔の話だ。エマはその話を誰にもしていないし、するつもりもない。ただ、だからこそ人間は信用できないと、骨の髄まで思っている。

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