第18話 「魔女の店、大きくなる計画」
エマが隣の空き地のことを真剣に考え始めたのは、ライリーが帳簿を広げながら深くため息をついたのがきっかけだった。
それはある昼下がりのことだ。昼食を終えてエマが二階の作業場に上がろうとした時、ライリーが「少し、よろしいですか」と声をかけてきた。
「何ですか」
「棚が足りません」
ライリーは帳簿ではなく、一階の棚全体を指した。確かに見れば、薬瓶が縦横ぎっしりと並んでいる。一時は余裕があったはずの棚が、今やどこにも隙間がない。
「それだけではありません」
ライリーは続けた。
「二階の作業場も、素材の保管スペースが足りなくなってきています。四人が増えたことで、元々エマさん一人用だった空間が完全に飽和しています」
「……確かに」
エマは腕を組んで考えた。在庫の問題は以前から頭の片隅にあったが、目の前の仕事をこなすうちに先延ばしにしていた。ライリーに改めて指摘されると、もはや先延ばしできないと理解できた。
エマはカウンターに手をついて、窓から外を覗いた。視線の先に、長らく誰も使っていない空き地がある。店の隣、石塀で区切られた一角。雑草が生えているが、広さはある。
「あそこを買えませんか」
思ったことをそのまま口にすると、ライリーが少し目を丸くした。
「隣の空き地、ですか」
「棚が足りないなら、店を大きくするのが一番早い解決策でしょう。作業場を拡張して、居住スペースも少しゆとりを持たせたい。みんなが広い部屋で仕事をできる方がいいに決まっています」
「……それは確かにそうですが、拡張となると費用が」
「帳簿を見せてもらえますか」
ライリーが帳簿を差し出す。エマはぱらぱらと見ていって、今期の利益を確認した。ここ半年で、売上は開店当初の三倍以上になっていた。
「建てられます」
「……即断ですね」
「計算したら建てられる判断が出たので」
ライリーは少しの間黙って、それからため息ともとれない吐息をついた。
「計算の結果はそうでも、拡張となると手続きが必要です。土地の購入、建築の許可、設計……また一人で全部やろうと考えてますね。自分たちもいますよ」
「……一人でやりません。みんなでやります」
「……私たちで建てるんですか」
「建てましょう。なぜ外に頼むんですか」
「普通はそうするので」
「普通がいいとは限りません」
エマはそう言って、食堂に向かって声を上げた。
「ロンさん、ラドスティンさん、ハインさん。集まってもらえますか」
三人が食堂に来る。エマはひとまず全員を席に座らせて、話を始めた。
「店を大きくしようと思います。隣の空き地を買い取って、今の店舗と居住スペースを拡張したいです。建築はできる限り自分たちでやりたいと思っています。どう思いますか」
少しの沈黙があった。
最初に反応したのはハインだった。
「自分たちで!」
目が輝いている。
「建築って、石を積んだりするあれですか」
「そうです」
「できるんですか、私たちで」
「やってみればわかります」
「やってみれば……」
ハインが少し笑いながら繰り返した。その目はまだ輝いている。ロンは静かに聞いていたが、少し頷いた。
「俺は建築の知識は多くありませんが、力仕事は得意です。やってみる価値はあると思います」
「ラドスティンさんは?」
ラドスティンは少し考えてから、短く言った。
「反対しない。だが、ちゃんと勉強してからやった方がいい」
「勉強というと?」
「建築には手順がある。素人がいきなり石を積んでも崩れる」
ライリーが少し頷いた。
「そこは同意します。ただ、アルドスさんから奴隷を借りることもできるのでは? 建築に詳しい方がいれば、一緒に作業ができますよ」
「それはいい案ですね」
エマはそう言ってから、全員の顔を見回した。誰も反対していない。否定でもなく、諦めでもなく、ただ「やってみよう」という顔をしている。
「では、まず建築の本を集めましょう。それと、アルドスへの相談はライリーさんにお願いできますか」
「はい。ただ……エマさん」
「何ですか」
「土地の購入申請は、私が手続きを調べます。建築許可の申請も必要です。それは私に任せていただけますか」
「もちろんです」
ライリーが少し安堵した顔をした。全員がやる気になっているのに、手続きを誰も考えていないことを心配していたらしい。エマは少し笑った。
「心強いですね、ライリーさんがいると」
「……当然です」
ライリーはそっぽを向いた。照れているのが、耳の赤さで分かった。
***
その夜、エマが作業場に籠もっていると、一時間も経たないうちに食堂の方から楽しそうな声が聞こえてきた。
覗いてみると、ハインが分厚い本を広げており、ロンが隣でそれを覗き込んでいる。ラドスティンは腕を組んで立ちながら、二人が広げた本を真剣な顔で見ていた。ライリーはテーブルの向かいで、何かメモを取っている。
「この壁の構造、面白いですね。漆喰を使えばここの断熱が上がるんだ」
「ハイン、その工法はロドワール国の夏向きじゃないか? 冬の保温には向かないと思う」
「あ、本当だ。じゃあこっちの……」
建築の本を買ってきたのか、すでに皆で読み込んでいる。
エマは声をかけずに、そっと引き返した。
(楽しそうだな)
それが素直な感想だった。自分たちで建てると言った時、誰も「無茶だ」とは言わなかった。それがエマにはじんわりと嬉しかった。
作業場に戻ったエマは、久しぶりにポーションの配合に集中できた。食堂の方から聞こえてくる話し声が、なぜか心地よかった。
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