第13話 「噂」
王都リィンズにおいて、“噂”ほど広がるのが早いものはない。
貴族の醜聞。
騎士団の失態。
流行病。
新しい店。
そして――。
“銀星の魔女”。
***
「聞いたか? 五番街の魔女」
「欠損した腕を治したって話だろ?」
「いや、それだけじゃねぇ。王宮騎士を追い返したらしい」
「獣人を囲ってるとか」
「犯罪奴隷を買い集めてるって噂もあるぞ」
「危険な魔女じゃないのか?」
酒場の片隅。
冒険者たちの会話を、ライリーは静かに聞いていた。
フードを深く被り、安酒を片手に、何気ない顔で椅子へ座っている。
だが頭の中では、情報を高速で整理していた。
(広がるのが早いな)
エマ本人は気づいていない。
いや、気づいていても気にしていないのかもしれない。
だが王都の空気は、確実に変わり始めていた。
欠損再生。
銀星級。
王宮依頼拒否。
獣人擁護。
どれも“普通”ではない。
良くも悪くも、人目を引きすぎている。
「しかもよぉ、その魔女、見た目ガキなんだろ?」
「十代らしいな」
「こえぇよなぁ。銀星なんて本来、宮廷級だぜ?」
「絶対裏があるって」
ライリーは小さくため息を吐いた。
(……はいはい。予想通り)
人は、自分たちの理解を超えた存在を恐れる。
特にエマのようなタイプは危険だった。
力があるのに権力へ従わない。
貴族へ媚びない。
常識で動かない。
だから噂になる。
だから警戒される。
(問題は、“どこまで”広がってるかだな)
ライリーはグラスを置き、自然な動作で別の席へ移動した。
元詐欺師。
人の会話を拾うことに関して、彼は天才的だった。
***
一方その頃。
『魔女の店』では。
「……なんで増えてるの」
エマが真顔で呟いていた。
店の外。
客の列が、以前より明らかに長い。
「口コミですね」
ライリー不在の店で、ラドスティンが静かに答える。
「あなたの治癒魔法が広まり始めています」
「嫌な予感しかしない」
エマは本気で嫌そうだった。
「普通、店が繁盛したら喜ぶところじゃねぇの?」
ロンが笑う。
「忙しくなるじゃない」
「商売向いてねぇなぁお前」
「向いてないわよ。知ってる」
即答だった。
ハインがくすくす笑う。
「でも最近、“安心できる店”って言われてますよ」
「安心?」
「はい。獣人でも普通に入れるし、押し売りしないし、怪我人は絶対見捨てないって」
エマは首を傾げた。
「普通では?」
「普通じゃないんですよ、この街では」
ラドスティンの言葉に、エマは少しだけ黙った。
彼女にとっての“普通”は、世間とズレている。
本人にその自覚がないだけだ。
そんな時。
店の扉が開いた。
「ただいま戻りました」
ライリーだった。
だが、その表情はいつもより少し真面目だった。
「おかえり。どうだった?」
「予想以上に面倒です」
「やっぱり」
エマが即座に顔をしかめる。
ライリーは苦笑した。
「今、王都でエマ様かなり有名ですよ」
「嫌」
「でしょうね」
彼はテーブルへ数枚の紙を置いた。
走り書きされた情報。
噂の出所。
広がり方。
関わっている人物。
「王宮関連の噂も混じってます。あと、一部の治癒術師連中がかなり面白くなさそうにしてますね」
「……あー」
エマは露骨に嫌そうな顔になった。
治癒術師。
特に高位の者ほど、欠損再生など“あり得ない奇跡”だった。
自分たちの価値を揺るがしかねない。
「嫉妬?」
「半分正解。もう半分は恐怖です」
ライリーは椅子へ腰掛けながら続ける。
「エマ様、自覚ないでしょうけど、あなた普通の治癒師から見たら化け物なんですよ」
「失礼ね」
「褒めてます」
「褒め方が最悪」
ロンが大笑いする。
だがライリーの目は笑っていなかった。
「……あと、あまり良くない動きもあります」
空気が少し変わる。
ラドスティンが眉を寄せた。
「何だ」
「過激派です。“危険な魔女を放置するな”って騒いでる連中がいる」
ハインの耳がぴくりと動く。
「それって……」
「面倒事になる可能性がありますね」
エマは深くため息を吐いた。
「やっぱり目立つの嫌」
「もう手遅れかと」
「最悪だわ……」
本気で落ち込んでいる。
その様子を見ながら、ライリーは小さく笑った。
(でもまあ)
以前のエマなら。
きっと今頃、一人で全部抱え込んでいただろう。
誰にも頼らず、
誰も近づけず、
黙って耐えていた。
けれど今は違う。
「大丈夫ですよ」
ライリーは自然に言った。
「何か来ても、俺たちがいますから」
ロンが頷く。
「店の前で暴れる奴がいたら、俺がつまみ出す」
「防衛はお任せください」
ラドスティンも静かに続ける。
「僕、見張り頑張ります!」
ハインも力強く拳を握った。
四人の視線がエマへ向く。
その真っ直ぐな視線に、エマは少しだけ目を丸くした。
そして。
「……変なの」
小さく呟く。
「前まで、一人だったのに」
その言葉に、誰も返事はしなかった。
けれど店の空気は、不思議なくらい温かかった。
その頃。
王都のある一角では。
「銀星の魔女、か」
ローブ姿の男が、冷たい目で噂話の紙を見下ろしていた。
「欠損再生など、神の領域だ」
紙が握り潰される。
「……許されるものではない」
静かに。
だが確かな悪意が、動き始めていた。
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