第一話 カイルとエレナ2
カイルは小さく息を吐いた。
「……わかった。やり過ごそう。
ファング、静かに……。エレナ、風の祝福で足音を消して」
エレナがこくりと頷き、指先から淡い緑の風を起こす。
二人の足音が森の葉ずれに溶け込み、ファングも低く身を伏せて息を潜めた。
5匹のゴブリンたちはまだ気づいていない。
カイルは勇者の剣の柄に手をかけながら、ゆっくりと横に移動を始めた。
──しかし。
茂みの奥から、突然、赤い光がチラリと瞬いた。
ゴブリンたちの後ろにいた、一匹の小柄な影。
錆びた杖を握り、頭に鳥の骨を飾ったゴブリンシャーマン(F〈低級〉)が、こちらをじっと見つめていた。
「ギギャアアアッ!! 人間の子どもォォ!!」
シャーマンの叫び声が森に響き渡る。
5匹のゴブリンが一斉に武器を振り上げ、こちらへ突進してきた。
「しまった……! 見つかった……!」
カイルは即座に叫んだ。
「ファング、行け! ルビィも召喚!」
魔獣召喚!
黒い影が爆発し、ファングが先頭に躍り出る。
すぐ後ろにルビィ(カーバンクル)が「ルビィ~!」と可愛い声で現れ、額の宝石を輝かせた。
エレナも慌てて風の祝福を放ち、ゴブリンたちの足を少しだけ遅らせる。
戦闘が始まった。
ファングが一匹のゴブリンを噛みつき、ルビィが回復の光でカイルの傷を癒す。
エレナのシルフが小さな風の刃を飛ばす。
カイルは勇者の剣(模造剣・ダガー)を振り回し、おなべのフタ盾で必死にガードする。
だが——
「ギギャ! ギギャギャ!」
ゴブリンシャーマンが杖を振り上げ、「火の呪い」を放った。
小さな火球がカイルの肩をかすめ、痛みが走る。
5対2(召喚獣込みでも実質4対5)。
子供二人の連携では、明らかに数で劣勢だった。
ファングが一匹を倒すが、残りの4匹が同時に飛びかかってくる。
エレナの風が乱れ、ルビィの回復が追いつかない。
「カイルお兄ちゃん……! 逃げよう……!」
エレナの声が震える。
カイルのMPもすでに半分近く減っていた。
おなべのフタ盾がゴブリンの棍棒でへこみ、皮の帽子が吹き飛ぶ。
「くそっ……! まだ……!」
その瞬間——
ズンッ!
森の木々が大きく揺れた。
一本の巨大な斧が、ゴブリンシャーマンの頭上を掠めて地面に突き刺さった。
「よしよし、危ないところだったな、小僧」
低い、落ち着いた男の声。
木々の間から現れたのは、長身の男だった。
30代半ば、銀色の胸当てに革のマント、腰に大斧を携えたB級冒険者。
背中には大きな荷物と、フォーチュン・ソードのギルドカードが光っている。
マイケル・ロング
──ウィンドリーフの街を拠点とするB級戦士。
クエストで西都方面に向かう途中、偶然この森を通りかかったのだ。
マイケルは一瞬で状況を把握し、笑みを浮かべた。
「ゴブリンシャーマンか。厄介なのが混じってるな。
お前ら、ちょっと下がってろ。後は俺が片付ける」
彼は大斧を軽々と振り回し、
一撃で2匹のゴブリンをまとめて吹き飛ばした。
シャーマンが火の呪いを放とうとした瞬間、マイケルの斧がその杖を真っ二つに叩き折る。
「ギギャアアアッ!?」
30秒もかからなかった。
残りのゴブリンたちは悲鳴を上げて逃げ散り、シャーマンだけがその場で倒れた。
戦闘終了。
マイケルは斧の刃を肩に担ぎ、カイルとエレナの方を振り返った。
彼の目は優しく、しかし鋭く光っていた。
「大丈夫か、坊主。
……お前、その召喚獣の扱い方、なかなかセンスあるぞ。
それに、女の子を守ろうとしてたのも見えた。
名前は?」
カイルは息を荒げながら、ルビィを肩に乗せ、ファングの頭を撫でた。
エレナはカイルの旅人の服の裾を掴んだまま、怯えた目でマイケルを見上げている。
「ぼ、僕は……カイル・ランチェスター。
こっちはエレナ……。
あ、ありがとうございます……!
僕たち、シルフェリアの里に行く途中で……」
マイケルはニヤリと笑った。
「リーフェの里のガキンチョか。
ふん、なかなか度胸あるじゃねえか。
……まあ、今日は俺が通りかかったのが運が良かったな。
この先、二人だけでシルフェリアまで行く気か?」
森に再び静けさが戻った。
遠くから、エルフの鈴の音が聞こえてくる。
カイルはまだ震える手で勇者の剣を握りしめたまま、
マイケル・ロングという強大な冒険者の姿を、食い入るように見つめていた。
世界歴史年表
神紀文明デュランダル(1万年前~3000年前)
古代魔法文明アレクラスト(3000年前~2000年前)
魔動機文明アル・メナス(2000年前~1700年前)
大破局(1700年前)
空白の700年(1700年前~1000年前)
魔法文明ラクシア(1000年前~300年前)
現代(300年前~現在)




