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代々伝わるショベルヘッド

 代々伝わるショベルヘッド


 ようやく定着したはずだった夢の水素社会を瞬く間に追い越してしまった現代のエネルギー資源は、幻のように過ぎ去った水素時代よりも遥かに少ない水と(弱ってなどいなかったらしい)地球の磁場と太陽風だ。我々の社会は今、それらを使う「エターナルモーターシステム」により全く殆どの駆動装置は成り立っている。しかも「エターナルモーターシステムズガードフィルム」を同時開発したおかげで電気機器は誤作動なく正常でいられる。駆動装置史における最後の技術革新はいわばロスタイムに起きた劇的な逆転劇のようなものだろう。

 利権を駆け引きする人間の腹黒さと水の存在を誇る青い惑星との宿命的課題、エネルギー問題は粘り強かった人類の叡智と暴走したAIが偶然発見したというミヨの数式(もちろん、これはいわゆる都市伝説であるのだろうが……)によって解決した。でも私はそれが大義となり戦争を引き起こし、また津々浦々容赦なく生命を痛めつけていた化石燃料によって駆動する車やバイク、つまりガソリンを使用する内燃機関車が大好きだ。

 私の住む細やかな町で未だにそれを所持しているのは我が家に代々伝わるショベルヘッドくらいだろう。消耗パーツは3Dプリンターが魔法のように解決してくれるので、幾らかの専門知識と割と不器用ではない手先があれば、個人で所有する「古旧車両」だろうとも健全な状態を維持できた。問題は高価なガソリンと超高価なエンジンオイルなのだが(ショベルヘッドに関して言えば)、あのタカタン、タカタンと股下から叩かれる振動を尾てい骨や脊髄にまで感じ、ザクザク加速するダイレクトな加速感は何にも代えがたい。サイレンサーを取っ払らい破裂するバックファイアーを噴く排気音等々……環境問題とかコスト面で比べることなど少なくとも私にはできない。全体のフォルムにしたって限りなく必要最低限にチップし尽くされた一方で、細やかな装飾を所々へ施す。ジョッキークラッチのヘッドやオープンプライマリーでのベルトペイント、もちろんテールランプ。どこまでも柔らかい流線型を蛍光色に塗装する(あるいはメタリック・ダークカラーで)、まるで雲のように乗り心地いいフルカウルの現代車両とは、使用される鉄の魂も走行時に受ける風の質までまったく違う……と力説する私の話を妻と息子は間違いなくバカにしてくれる。


 子供が生まれると維持に必要なコストをいよいよなじり出した妻の変遷を別にすれば、世界中に散らばる(ガソリンエンジンの)球数では、再生した森を再び追い込めはしないし、穴の閉じた空も再びこじ開けるのはまず不可能だ。

 確かに現代車両は死ぬほど優れている。極して言えば無人であっても、事故なく勝手に目的地へ辿り着くし、何といっても燃費がまったくかからない。我が家にもエターナルモーター車が一台(ただソナーレーダー・ドライブを信用しない妻は常にアン・ソナーモードに切り替えている)ある。だからガソリンエンジンに一度も乗ったことのない輩から、まるっきり公害でしかない、迷惑な排気ガスに顔をゆがめ、そもそもお前は喘息もちだったんだろ? などと嫌味を言われても反論しない。また、私は海岸や河口にクジラとイルカを打ち上げ尽くし相変わらず渡り鳥を路頭に迷わし続ける発明責任を回避した見事な屁理屈(たとえばクジラの替わりにシーラカンスが大繁殖したことや、夏の夜のビーチでもオーロラ観測がでるようになった)も無視せざるを得ない。

 ただいずれにしろいつか息子が、かつての祖父や父のように望むのであれば、同じように望んだ者として3Dプリントする消耗パーツからガソリンエンジンの構造、総合的な最低限のメンテナンスくらいは伝えられるし、ぜひそうしたと願っている。

 そのようなことを考えつつ、久しく妻と二人、星がなく宇宙と隔絶されたように晴れる静かな夜空を見上げていると、腕に巻いたノー・ガードフィルムのビンテージデジタルウォッチが一瞬薄青く光り「時」を止めた。無音で騒がない猛烈なパワーが古い時計の時間を絞め殺したのだ。

 赤と青の明かりが点灯する翼とは違う、遥かに強力な点滅体が浮かぶか降りるかをするのだろう。暗い水面と暗い空の気配なのか、内なる問題なのか分からないが、不眠症の動物が進化する過程に直面してしまったような心持ちになった。私は密かにワクワクしていたのだ。そろそろ来るぞ、私は妻に告げた。



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