23:33 #2
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「ねぇ、アクレイってなに?」
「なんだってっ!!」
思いがけない息子の言葉に声を荒げた。
息子は尻を飛び上がらせ、奥の部屋からは会話中の携帯端末を持ったまま妻が顔を出した。
「ねぇ、よくわからないけれどそんなかっこうで本当に出来るの?」
ゲラゲラ笑いながら、こちらを心配そうな目で確かめた。
私は、平気だよと首を振り頷いた。
折れることのない柱の建つ目の奥でため息をついた妻は、でもちゃんとつけてはいるんでしょう? とやはり首を振る。その懸念は電話の相手だったのか、身内に対してのものだったのか……
「いいか、そんな言葉は二度と口にするな。死ぬまで絶対に使うなよ」
まったく信じていなかった「噂」の梢にでもあるような恐怖に襲われる。
私はウインストンに火を点け飲みかけのグラスを庭に撒いた。煙が夜のなかへ昇っていく。か細く揺れる紫色の一筋をこれまで一度だって魂にたとえ見えたことなどなかった……
どこかでこの不要で不安な想像を断ち切らなければならない。枝を折らなければならないはずだ。根拠なんてないただの「噂」に飲まれでもしたら、一体俺は人としてこいつに何を教え、親として何を叱ることができるというのか……
「クラスの子が言ったんだよ。おばけくんに、お前が云々だからだって」
「声をあげて悪かったな」私は息子の目を見て頭をさすった。
そして煙草の煙で輪を作って見せた。唇を丸め舌先で穴を開けるように吐きだすのだ。息子は輪の中に指を入れた。私も父が作る煙草の煙の輪によく指を入れたものだ。
「……最近学校の鶏が卵をいくつか産んで、ちょうどぼくたちが鳥小屋の世話をする当番学年だったから校長先生がクラスごとに配ってくれたんだ。でもぼくらのクラスだけがとうとうひよこにならなくて……それをおばけくんがいるせいにした子が言ったんだよ。お前が、だからだって」
「……でもどうしてそれが、つまりおばけくんがお前にうさぎの話しをすることになったんだ?」
なんてクソみたいなガキがいるもんだ。そんなガキにこそ散々語ってやればいいのに……なんてな。
「うん」息子は自分の手の爪を噛みながら何かを決めかねている。
「まさか、本当はお前が言ったんじゃねぇよな?」
だとしたらどこでそんな言葉を覚えやがった。
「それはない。それは絶対に違う。今でもどういう意味かを知らないし」
「じゃぁ、どうして」
言葉なんて、それがある限りどうせいつかはどこかで覚えるものだ。
「たまごが死んじゃったのって、本当はぼくのせいなんだ」
「うん?」
「……いつだかスライダーの握り方を教えてくれたでしょ、でも曲がらなかったじゃん。だからもしかしたらたまごなら変な形だし、ボールよりも軽いから曲がるかなって……」
「はぁ?」
「……」
「お前、たまごを投げちまったのか? よく割れなかったな」
「割れたよ。曲がりもしなかったし」
胸の内にある鏡を叩き割った息子は、一気に崩れ落ちそうな体を震わせ必死に涙を堪えた。だからこちらも失禁してしまうほどの大笑いを避けなければならず、私は自分の体温が急上昇するのを感じた。
「だ、だから家のたまごと取り換えたんだ」息子は瞼を小刻みに震わせた。
「ど、どれも似ているからな。色は平気だったのか? 白とか、赤とかさ」私の臍は直ぐにでももげ落ちそこらをグルグルと笑い転げたがった。
「ぼくはそれほどバカじゃないよ」俯いていた息子は顔を上げると、涙がポロポロ頬を伝い始めた。
「……」奥歯を噛みしめ我慢しながら、この子は間違いなくそれほどバカな気がした。




