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背中の息子が耳元で囁いたのは、妻が友達に電話をする約束の時間となり、未だ川の字に並ぶ布団の敷かれた奥の部屋へ消えた直後だ。
「あのさ、本当のことを教えてあげようか?」
いつもなら寝ている息子を気遣い台所で電話するのだったが今夜は逆だ。妻はここしばらく深夜の決まった時間になると、夫婦で浮気しているらしい友達の相談相手になっていた。話を聞いているだけだが、息子の世話よりもよほど疲れると妻はこぼす。その一方で、でも彼女たちといつ立場が逆転するかなんてわからないでしょ? とどこまで本気でその類の懸念を抱いているのかいないのか……
まぁ、それは置いておこう。
「内緒にしとけよ」
もちろん息子がエラ呼吸しているときの記憶のことだと私は思った。
「……たぶんそのことじゃないよ。うさぎのことだよ」と息子は声をひそめた。
「おっ、なんだ教えろ」
「母ちゃんには言わない?」
「そう思うから俺に言うんだろ?」
私は起き上がり息子と並んで座りなおした。
「怒らない?」息子は目を合わせなかった。
「……なるほどなんかヤバい話みたいっスね?」
「あのね、そのおばけくんがまだ生きているときに飼っていたうさぎがそうやって死んじゃったんだって」
「……」
「怒った?」
「怒ってはねぇよ……でもどうしておばけはそんなことお前に言ったんだ?」
確かに怒ってはいなかった。ただ一瞬にして頭皮が発熱する不安には襲われた。
ミヨは生前においての一切を語らない。その理由は肉体として生きている者は誰も知らない。大概彼らはユーモワを交えてやんわりはぐらかすが、結局は断固として語ることをしてはくれない。だから私たちは当たり前のように、そのことについての噂を無数に生み、一方で淘汰されてもいく。結局生き残る噂は、決して愉快な、あるいは幸運なモノではない。そもそも根拠なく人が立てる噂なのだから。
ミヨが生前の何かしらを一斉に語り始めたときこの惑星は実体を亡くし、宇宙のミヨと化す。ミヨが隠し持つ生前の怒りを口にすると、森や海が人類から受けてきた仕打ちの歴史を清算する、その壊滅的な呼び水となる等々。荒唐無稽で陳腐なものは、むしろミヨ本人たちから絶賛されるものだが、一般的に恐れられている(我々が勝手に想像してしまう)リアルさを禁じ得ないそれはやはり「聞かされた者は死ぬ」もしくは「死期の近い者にだけ語ることがある」という宣告説だ。
私はこれまで誰ものように噂の噂くらいは何度も耳にしてきたが、まったく信じたことはなかった。もちろん直接ミヨ本人ともそんなことくらい平気で話すことだってあった。彼らは、大丈夫まだあなたには語らないから、と大きく何度も頷いて肩を叩いたりした。




