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98.魚宿場町サーモアン

「まもなく見えて来ますよ。ほら」


 レームスさんの指差す先に薄っすらと町が霞んで見ることが出来た。


 前方には魚宿場町のサーモアン、左手には港町サカネだ。そして右手の遠く先には工業地帯のような建物が連なって見えている。あれが造船街ミョウビシなんだろう。他の二つの町に比べて規模は大きいようだった。


 それに、サーモアンとサカネはほぼ町続きに繋がっているようにも見えた。徒歩でも難なく移動出来そうだ。サーモアンからミョウビシまでは多少の距離があるみたいだけれど。


 まだここの距離からは海の景色は見えなかった。

 それに沖に停泊しているとされている魔族軍の船団の影も。



「いやー、ここまで何にも出逢わず来られたのは幸運でしたね。ホワイトタイガーやピンクデビルスパイダーとか結構手強い魔物が発生する地域を通過して来たのですが。

 安穏ですねぇ」


 穏やかな午後の日差しを浴びながら、和やかな口調のレームスさんだ。


「レームスさんは魔族って見たことあるの?」


 尋ねたのはナノだ。レームスさんは首を振る。


「まさか。

 あ、そうだ、ゴハルが何か知ってるかも。彼は歴史学者なんですよ。古い記録に精通しているから何か分からないかな」

「僕ですか?

 そうですね、古い文献には悪魔の様な特徴として幾つか載っています。何百年も前の記録なんで、信用度は薄いかもしれませんが」


 度の強い真ん丸眼鏡を掛けた男が呼ばれて喋りだした。


 悪魔のような見た目っていうと……。

 角と先が三角の尻尾があって牙が生えていて、青白い肌で三つ又の矛を持っている様な奴ということかな?

 そんなのがオレの悪魔のイメージなんだけれど。


 イルマが、「悪魔か」と呟いた。


「まぁ、サーモアンに行って見てみれば嫌でも分かるよ。確か何人か捕らえてあるって話だったろ」

「そうですよ。

 この場でいくら悩んでいてももうすぐ町に着いちゃいますから。到着したらサーモアンの住人に聞いてみましょう」


 思案顔のイルマに楽観するガンクだ。レームスさんはそんな二人を横目に見ながら明朗な調子で手綱を握る。







 潮の香りが心地好く鼻を抜ける。

 魚宿場町サーモアンはどことなくオレの故郷のコカコ村と似た雰囲気を持ち合わせているようだった。


 木造平屋建てが多く、とこか寂れていて物悲しい印象を受ける町だ。宿場町なのに活気が感じられないのは魔族軍に襲われたせいなのかもしれないけれど、漂う排他的な気配に心を締め付けられた。


 町の門番に、メールプマインから来た魔族討伐部隊だと告げると、快く町の中へと促してくれた。



 色々な町を訪れて、その度にその町固有の雰囲気があった。

 オレはこの魚宿場町サーモアンを訪れて、この町に少しだけ寂しげな感覚を覚えた。

 ガンク達はコカコ村に初めて来訪した時にどんな印象を抱いたのだろう、とふと考えた。




 オレ達は町長が住む家の隣にある大きな宿を一軒丸々貸し与えられた。後で他の応援の冒険者もこの町にやって来るから、大勢が泊まってもここは十分な許容量がある。


 白髪混じりの猿顔のオジサンが話す。彼が町長らしい。


「遠路遥々ご苦労様です。私はサーモアン町長をやっとりますチンパスです。

 どうぞ何でも気兼ね無くお申し付け下さい」

「この度は、被害に見舞われた方々にお悔やみ申す。

 俺はガンク組のイルマという者だ。メールプマインのギルドマスターと市長殿より今回の魔族軍迎撃作戦においてのサーモアンでの指揮を仰せつかっている。

 よろしく頼む」


 イルマが身分証である冒険者証を見せながら町長のチンパスさんと握手を交わした。


 今回の作戦で、この町サーモアンで防衛と撃退任務の実質的な実行指揮を執るのはイルマだ。リーダーはガンクだけど、作戦を練ったりするのは向いていないからな。


 チンパスさんの話によると、魔族達は日付が変わった今日の明け方迄にサーモアンの沿岸地区に上陸して金品の強奪に宿泊者と町人の殺害、それと彼らを交えた女子供数人を拐っていったという。敵の魔族の斥候の数はおよそ二十数人だったらしい。


 異常に気付いた町の自警団が必死の抵抗を見せるものの健闘虚しく、奪われたものは戻ること叶わず海へ引き返されてしまったようだった。


 そして殺した魔族と捕縛した数人はひと纏めに拘束しておいた筈が、昼頃に確認に行くと忽然と行方を眩ましていたそうだ。

 その為に町では緊張が高まっていて、町人達は家から決して出ることを許されずに皆閉じ籠っているようだ。





 イルマが訊ねる。


「魔族の特徴が知りたい。教えてくれ」

「特徴……ですか。見た目は普通の人間と変わらない奴らでした」


 ここでも敵の特徴は出てこないようだ。

 焦り、詰問する口調になってイルマが訊ねた。


「何でもいいのだ。何かしら他と別つ特異な部分がどこかに必ずあった筈だ。

 話してくれ」


 オレ達は不躾ではないかとハラハラしながらイルマを見守っている。


 チンパスさんはしばしの沈黙の末話し始めた。


「……見た目ではないですが、聞き慣れない言語の様な言葉を話してました」

「聞き慣れない言語? 魔族語か?」

「ええ、そういったものでしょうか。

 それと……、素早い身のこなし。夜に溶け込むような褐色の肌でした。

 それと今回上陸した敵の武装は貧相なものでした。薄生地のさらしみたいな衣装のような」


 一つ一つ思い出すように喋り続けていくチンパスさん。彼を助けるように後ろに待機していた自警団の一人と思われる男達が話し始めた。


「俺もいいでしょうか。

 一様に顎が長かった。あと、魔法が強かった」

「ああ、強いというか上手いというか慣れているような……」

「そうそう!

 至近距離で剣を構えていても踏み込むより早く攻撃された」


 イルマは集めた情報を頭の中で整理して、「助かる、有益な情報の数々、いたく感謝する」と彼らを労った。


 その言葉にチンパスさんは少しだけ緊張した頬を緩めた。


「稚拙で恐縮です。

 ……では何かありましたら何なりと」

「ああ。

 夜に此度の作戦の統括責任者であるメールプマインのギルドマスター、ギャンダン氏がこの町に赴くことになっている。その際には同席を求める」


 引き下がろうとするチンパスさんにイルマが要求すると、彼は一瞬顔を歪めたものの了承した。

 彼は彼でこの町サーモアンの町長として多忙なんだろうと思った。





 オレ達はその後、被害を受けたサーモアンの町人達の治療に向かうレームスさん達と別れ、ギャンダンさんが町へやって来る夜まで思い思いに過ごすことになった。


 とはいえそれまで安気には過ごしていられないんだけれど。




「沿岸地区を見に行こう」

「うむ。

 敵の痕跡が何か見付かるやもしれぬ」


 ガンクとイルマは重々しい雰囲気を滲ませる中、辺りを見渡しながらナノは幾分陽気な様子だ。


「アタシ綺麗なお風呂入りたいなー。ランドちゃん一緒に探しに行かない?」


 え?


 オレも魔族軍の斥候達に襲撃されたっていう場所をガンク達と一緒に見てみたいんだけど……。


 そう思いながら尻尾を下げて項垂れていると、ガンクが言った。


「いいぜ、ランドも行ってこいよ。

 戦争が始まれば嫌でも気が抜けなくなるんだ。今の内にサーモアンを探索してこいよ。

 なぁ、いいよなイルマ?」

「フム、感心出来ることではないが。気晴らしは程々にするのだぞ」


 ナノは、「さっすがガンクにイルマ~」とにこやかに笑顔を見せ、「行こ!」とオレを向くと部屋の外へ出ていってしまった。


 いいのかな?

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