99.石を積む子供
人影無いサーモアンの町をナノと二人で歩いて行く。魚宿場町というだけあって通りを歩けばご飯処や宿が多く目に付いた。でもどの店の門戸もきつく扉が閉じられていて人の気配はやはり無かった。まるでゴーストタウンだ。
「誰もいないね」
うん。
潮の匂いが漂う静かな町を進んでいく。心まで寂しくなっていくようだ。聞こえるのは風が木々や店の看板を揺らしたり遠くの空で鳴く鳥の声くらいだった。
「アタシの狙いはデスピアークみたいな温泉だったんだけどな。ちょっと無理そうかなぁ」
ナノはつまらなさそうに口をすぼめた。そんなナノをオレは少し不謹慎に思いながら、人気皆無の通りを歩いて行く。
沿岸地区に入る辺りまで行き着くと、そこには急拵えのバリケードの木の柵が張られていた。町人達がこれより先に立ち入ることを禁じる為の物らしい。それは押せば簡単に倒れる脆い作りだ。
柵の先からは潮の匂いに混じって血生臭い臭いも微かに感じられた。
今朝この先で魔族から襲撃を受けたんだと判った。
ナノは柵の縁に手を掛けて迷っているようだった。
「どうしようね。こっから先は、ちょっとなぁ……。 こんなことならガンク達と来れば良かったな」
当たり前だろ、非常事態なんだから。考えてみたらこういう結果になるのは分かるよね、とナノにツッコミを入れた。ナノに聞こえていないのが残念でならないけど。
そこでオレの耳が小さな物音を捉えた。
「?
ランドちゃんどうしたの。勝手に行かないでよ」
オレはナノを置いてその音のする方向へ進んで行った。沿岸地区の前のバリケード柵に沿って歩いて進むと、海岸線が見えてきた。
音が聞こえる堤防を越えて、その下を見やると二人の子供が岩場の上で石を積み上げて遊んでいるようだった。
でも遊んでいるにしてはその表情は暗い。それがやけに気になった。
「子供? こんな時にこんな所で遊んでるの?」
オレに追い付いたナノも同じように不審に感じているようだ。
オレ達は堤防を下って二人の子供達がいる岩場の方に向かっていった。
「こんにちは。こんな所で何して遊んでいるのかな
?」
それまで一心不乱に大から小までの石を積み上げていた様子の子供達がオレ達の方を見上げた。まだ五,六歳くらいの年齢に見えた。
少し似た顔立ちをしているから兄弟かもしれないな、と感じた。二人とも紺色の短パンと白いシャツ姿だ。
「……こんにちは」
「……こんにちは」
「こんにちは。ねぇ、何しているの?」
屈託無い笑顔でナノが二人の子供達に訊ねると、彼らはやや安心した様子を見せて話をしてくれた。オレも彼らに身体をたっぷりと触らせてあげると、だいぶ気を許してくれた。
やっぱり彼らは兄弟だったみたいだ。
丸刈りの髪の毛が長い方がお兄ちゃんでエンデ、短い方がカンデと自己紹介してくれた。
彼らはこの岩場で遊んでいる訳ではないらしい。
昨日まで一緒に遊んでいた、沿岸地区に住んでいた遊び仲間の友達が急に居なくなってしまったこと、そして自警団に入っていた父親が帰らぬ人になってしまったことを伝えてくれた。
それでエンデくんとカンデくんは、「帰ってきて」と願い事が叶うように祈りを込めて、この岩場の上で石を積み上げているのだそうだ。
聞いたそのあまりの内容に絶句しながら、ナノが言葉を捻り出した。
「……そっか。そうなんだ。
じゃあいっぱい石を積んで、願いが叶うようにおねーちゃんも手伝うよ。
ね、ママはどうしたの?」
石を手で掴み、四つ重なったその上に乗せようとしているカンデ。石は不安定に揺れている。
「ママも朝起きたらいなかったの」
「パパのことは知らないオジサンが、『パパは頑張って皆を守ってくれたけど、遠い所に行ったんだよ』って教えてくれたけど、ママのことは『今は遠くにお出かけしているけどすぐに帰ってくるから待ってなさい』って」
ナノは、「……そっか」と呟くと、六つ目の石を上に乗せようとした。けれど、石は乗りきらずに二つを残して崩れ落ちてしまった。ナノの目には涙が溜まっていた。
「ごめん、失敗しちゃった。おねーちゃん下手だね。よし、もう一回頑張ろう!
何かコツ無いかな?
おねーちゃんに教えて。みんなで頑張ればきっと、友達もママも戻ってくるよ。
ねっ?」
「うん!」
オレも泣きそうになりながら、彼らをじっと見守った。オレも協力したいけど、ねこのオレの足では崩すことは出来ても石を積み上げることは出来なかった。
「凄い凄い! 九つまで積めたよ」
日が陰り始める頃、岩場の上では祈りが詰まった石が積み重なっていた。十個の石が積み重なれば願いが叶うということだ。
「ナノちゃん、シー!」
口に人差し指を当てて弟のカンデがナノに静かにして、と示した。お兄ちゃんのエンデがぷるぷる震える腕をもう片方の手で支えながら、ゆっくりゆっくりと九つ目の石を一番上に置き乗せようと集中していた。
オレはチラチラとそんな彼らの様子を見ながら岩場の溝をほじくって貝を取り出したり小さな蟹と遊んだりして過ごしていた。
海は引き潮で、徐々に海面は離れて行っている。
小さな子供だし、日が暮れちゃう前にそろそろ家に帰してあげないといけないな。
オレと三人が見詰めて緊迫した雰囲気の中、十個目の石は九つ目の石に乗り納まろうとしていた。エンデが握った十個目の石をその指先から放そうとした瞬間だった。
その時、背後の海辺から一筋の黒い線が伸びた。
その線は石を放す寸前だったエンデの背中に当たると、反動で石が崩れ落ちた。
そして、「いぎゃあぁ!」と悲鳴を上げたエンデを凄まじい勢いで引っ張っていった。
全員が身を凍らせて、宙を後方へ舞っていくエンデを目で追う他無かった。
一体、何事だ!?
エンデと黒い鎖みたいな線で繋がったその先には黒い影があった。いやそれは人だった。
六人の黒ずくめの格好をした人間が海辺から上がってきていたのだ。
「いやああぁぁぁ!」
「兄ちゃぁぁぁぁぁぁん!」
ナノとカンデが叫び声を上げる。
黒ずくめ達は目だけギラ付いて白光して輝きを放ち、薄手のズボンとシャツのような服が海水に濡れて肌に貼り付いていた。全員が黒髪で、覗いた肌は褐色だった。
魔族の奴らか!?
確かにそれは悪魔にも見える悪の権化だった。
そうしている間にもエンデを捕らえた奴以外の他の二人が同じ武器を使ってナノとカンデを捕縛しようと構えているようだった。
チクショウッ!
エンデを返せ!
オレは駆け出しながら一気に魔力を全身に循環させて、手から鎖状の武器を伸ばしている黒ずくめを爪を伸ばしたねこパンチで切り裂き海へと吹っ飛ばした。
オレのことをただのねこだとでも勘違いしていたのだろう、その黒ずくめ達は突然の事態に気が動転しているようだった。
引っ張り拐われたエンデはというと、海まで引かれて海上でもがき苦しみながら浮かんでいた。まだ浅瀬なのが救いだ。
ナノを見ると、状況にパニックになりながらも必死に杖を掴んでいた。黒ずくめが飛ばした鎖の先端に銛みたいな物が見え、それを杖で受けて必死に抵抗しているようだ。
ということはだ。その銛をエンデの背中に引っ掻けたということだ。オレはムカッ腹が立って気が狂いそうになってきた。
さらに心配なのはカンデの方だ。
身体を鎖にぐるぐる巻きにされて拘束されてしまって血だらけで泣き喚いていた。
絶っ対に許さないッ!
コイツら全員殺す! オレは想像のままに創造する!
急いで全身の体毛を伸ばして硬質化させ飛散させるイメージを頭の中に作り上げると、海辺の黒ずくめ達目掛けてそれを浴びせた。
くらえ、キャットニードルミサイル!
音も無く音速に近い速さで襲い掛かった毛の針の嵐に黒ずくめ達は血を撒き散らして悶絶しているようだ。そこに飛び掛かり、伸ばして硬質化した爪で所構わず切り付けていく。
「○●◎◇◆□!」
「■△▲▽▼!」
魔力を感じてその方を見ると、黒ずくめ達が何か甲高い声で叫んでいた。
オレに向けて掲げた手の平が光り始めている、そう思った瞬間だ。その手から一人から光の玉が、もう一人から炎の矢がオレに襲い掛かってきたのだ。
うわっ!?
ビックリしてしまったけれど、オレにとってはそれは全然大した威力でも速度でも無かった。
難なく素早く避けて背後に回り込み首を裂いて回ると 、黒ずくめは残り二人になっていた。
オレがカンデに巻き付いた鎖を引きちぎっていると、彼らは首を振りながら後退していき、上がってきた海へと引き返して行きそうな気配を見せていた。
逃がすもんか!
オレの後ろでナノが杖を振り回しているのが感じられた。急速に魔力が練り上げられていっているな。
オレは足早に駆けて海へと飛び込み、【物質操作】を利用して海水ごとエンデを空高く回収して引き上げた。
その様子を見たナノが後ろで言う。
「我が身体を流れる血潮よ今こそ息吹け。疾風集いて切り裂き舞い散れ、彼の者を吹き断つ刃と成せ……。
エンデとカンデによくも恐い思いをさせたわね! トルネードカッター!」
逃げ惑う黒ずくめ二人はのたうち回っている他の黒ずくめもろとも無数の風の刃で四方八方からズタズタに切り裂かれて寸断されていった。辺りは凄惨な状況になってしまっている。
そこにガンクとイルマが堤防を乗り越えてオレ達の元へ駆け寄ってきた。




