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95.ラウルトンさんの予測

「よろしければ別室で御食事を御用意しております。如何ですか?」


 早々に退室しようとしたオレ達を引き留めるようにラウルトンさんが申し出た。眼鏡の奥で鋭く光る瞳。にこやかな顔とは対照的だ。


「むぅ、どうするか。

 連れを待たしているのだが」

「そうでしたか……」


 演技めいていると認識させないところがラウルトンさんのスキルだとオレは思う。だって本当に残念そうなんだから。


「いや、戴こう。折角なのだ。

 なぁランド?」


 ねこのオレに同意を求めるのかぁ。

 最大限の遠慮状態のイルマを健気に感じながら尻尾を振った。


 まぁ、昼時で腹も空かしているしな。





 一旦全員でこの場を退室して、小気味良くギシギシ鳴る廊下を歩いて会食の間だとみられる場所へ通された。


「市長を始め多数のお客様をお招きさせていだいておりますが、ねこの方をここへお通しする事は今回初めてです」

「そうか」


 ……ねこの方?


 ラウルトンさんはあくまで好意的な言い方をしているつもりだろうし、獣人族の国を作るという相談を持ち掛けたイルマと対峙してからは終始愉快そうに見える。だから贔屓目に見ても彼との言葉の齟齬は無いと信じたい。


 ねこであるオレを招いて、いいってことだよね?




 扉を開けると、一つ広間を挟んだ先の襖の奥から物凄く美味しそうな匂いが漂ってきている。オレは床や畳を止めどなく発生し始めた涎で汚さないように歯を食い縛って中に入った。


「どうぞ」

「……なんとも豪勢な。いいのか?」


 襖の両側に中腰の美女が待機していた。ラウルトンさんが後ろに下がり声をかけると、その女性達がするすると襖を開けていった。


 その奥の会食の間の卓上には、色彩豊かな舟盛りが中心に据え置かれ4つの小さな鍋が泡を吹いて煮立っていた。鼻孔を強烈に擽る芳香はここからだ。貝の匂いだ。他にも数多くの料理がオレ達の到着を待ち望んたわように配されていた。

 ファンタスティックだ!

 オレはワクワクが止まらなくなってきてとても困っちゃった状況だ。




「無礼講でよろしいですか?」

「それは願ったりだな。堅苦しいのは苦手なのだ」


 本来堅苦しいということが一番印象強いイルマ。その彼がラウルトンさんにそう言い、しかも要求を呑んだ。ラウルトンさんはお手本のような胡座をかくと、「さあ、食べましょう」と手を広げた。



 オレは座椅子の上でもたもたしていると先程襖を開けてくれた女性が横に控え、オレのために料理を取り分けてくれるようだ。それを次々と平らげていく。

女性のもう一人は他の三人に酌をしたり他の世話を一つ一つ丁寧に行ったりして動き回っている。彼女たちはそういう役割のようだ。





 イルマとラウルトンさんの会話を横で聞いていると、ざっくばらんな会話の中でいくつも非常に重要な情報が飛び交っていた。



 まずお金の話だけれど、現在オレ達全員がそれぞれの冒険者証毎にギルドへお金を預けている。それを統一させてガンク組の資金へ統合する手続きを取るそうだ。ラウルトンさんが運用して増減した金額も全てそちらに送金されるらしい。それらの用意の全てはラウルトンさんが行ってくれるという。


 次に、新たに国を立ち上げる迄は当座としてワユビュリュ近辺が良いのではないかとラウルトンさんが提案した。

 その地であれば帝国領からももちろんメールプマインからも近い。獣人達の移動や移送に必要物資を運搬するにも理に敵っているということだ。


 そして、ワユビュリュからさらに北西の方角には大陸を隔てる険しい山脈地帯があるという。建国するならばその辺りか先の地になるだろうとのことだ。

 ただし、山脈を隔てた先の地はアーバインから国外に当たるものの、神話級の話が飛び交う地でもあり竜族が住まうとされる地域らしい。

「学校の教科書には山脈より先は手出し立ち入り厳禁の不毛の地と記されていた。が、まさか竜族が住む地とは」

 と、イルマも驚きを隠せないようだった。

 詳細や建国地については獣人代表者のメーチスとも会談を重ねて決めていくそうだけれど、ラウルトンの頭の中での大筋では、その道筋が最適だとしているらしい。



 さらに、帝国内の状況から起源の話などまでイルマもオレも初耳な話が乱れ飛んでいく。


 ラウルトンさんは今回の契約に担保として、オレ達が海賊の港で入手した帝国皇帝へ献上される筈だった剣を預かりたいと申し出た。イルマは不安気になりながらも承諾したものの、非常に取扱い重大な物だから、「重々慎重に」と願い出た。


 ラウルトンさんにならたとえ預ける形で任せたとしても大丈夫じゃないかとオレは認識している。だって元『A』級の商業ギルドの辣腕家だというのだし。


 そしてさらに気になることをラウルトンさんが話していた。帝国皇帝が霊獣青龍だという話は以前にアーネット隊長から聞いて知っていたけれど、本来の青龍は東の地を守護する霊獣だという。

 しかし、帝国領は西に位置するのだ。皇帝がいる帝都も帝国領内にある。東側でなく西側なのだ。

 北にはオレ達が討ち倒した霊獣の玄武が鎮められていた。西方には広大な海が広がっていて、ここより遥か南には魔族が治めているとされる大地がある。そこにはおそらく霊獣の朱雀が現存するか鎮められているであろうとされている。


 東と西が違うのか。それに海の中にも霊獣がいるのかな。しかも白虎?

 うーん、イメージ湧かないなぁ。






 卓上の上の料理のほとんどはオレの腹に収まった状態になっていた。


 イルマもラウルトンさんも意図してなのか知らないけれど少食だし、マルスノさんなんかは無表情のまま小鳥のように細々と口に運んでいた。上品に料理を嗜むといった具合に。こんなに美味しい食事を。オレにはよく理解出来ない。




 ふむ、とイルマが思い付いたことを口にした、


「ミョウビシの件を存じておられるか?」

「ああ。

 造船街のミョウビシの船が襲われ沈められた話ですね。

 巷では、帝国との開戦とかその予兆だとか風潮されていますね。私は違うと見ていますよ」


 ラウルトンさんは小さな杯を傾けながら言った。彼は食べるより酒を飲む量の方が多いタイプだ。けれどラウルトンさんは見た目も雰囲気も彼からの臭いからも全く変化は見られない。


「聞かせていただきたい」

「船を襲ったのは魔族軍ですよ」

「な!?」


 ええぇっ!?


 それを聞いてオレは口から飲み込む途中の魚を吐き出し、イルマは酒を吹き出した。


 ニヤリと不敵に笑い、ラウルトンさんは続ける。


「帝国と開戦など大きな間違いです。誰が吹聴しているのでしょうか。

 あなた方は帝国が常時魔族と戦争状態にあることはご存じですね?

 魔族は常に敵を求め、南側から北へと侵略の手を伸ばして来ています。

 つい先日オーシャル海の南海ロールスト近辺で帝国軍船団が魔族軍船団に破れたと聞いています。その海戦で奪い取った帝国の船を使用して魔族軍が仕掛けたのではないか、と私は睨んでいます」


 オーシャル海はアーバイン王国の南部、港町サカネや魚宿場町サーモアン、造船所のある船町ミョウビシといった南部の沿岸町群に面した海を指す。ミョウビシは帝国と交易を重ね目覚ましい発展を遂げつつある街らしい。


 ラウルトンさんの話に驚愕しながらイルマが呟くように言葉を吐き出した。


「まさか……、魔族軍とは。

 だとするなら最悪ではないか。本当に戦争になるぞ」

「あくまで私の予測ですが。真相かどうかは判りませんよ」


 打ち震えながらイルマが問い掛けた。


「……なぜそんなことまで分かるのだ?」

「商人は情報が肝ですから。情報は色々と入って来ますよ」


 イルマは、こんな所で呑気にしてられないと言わんばかりに立ち上がった。


「大変ご馳走になった」

「ありがとうございます。楽しい食事が出来て私も満足しております。

 獣人族の件についてはマルスノがカンスカーノ商会へ干渉する形で忍び込みます。

 メーチス様を交えた本契約の会談の場には是非ご同席を」

「構わぬ。よしなに取り計らってくれ。

 行くぞランド」


 おう!


 こうしちゃいられないよね。


 オレは魚を取り分けてくれたり熱々の貝を冷ましてくれたりと、たっぷりとオレを気遣ってくれた女性の手を感謝の気持ちを込めて舐めて膝にすり寄ると、足早に退室するイルマの後を追った。

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