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94.仮契約

「それでは私はここでお別れだ」


 予備の隊服に着替えたアーネット隊長は、オレ達を一目見た後に視線を食料品店へ移した。


 ビル一階の食料品店では朝の開店準備で慌ただしく人が動いている。その中には獣人達もいた。

 頑張れ、と心の中で叫ぶ。


 ターニャは日中は三階の魔道具店のバックヤードで納品なり検品作業をしているらしくてここからは見えない。

 三階を見上げているとナノとアーネット隊長がオレを意味ありげな顔で見るのでオレは照れ臭い気持ちになってしまった。




 オレ達は食料品店の向かい側の通りの店先の歩道に集まっていた。周りを行き交う人の中にはたまにガンク達に肩などをぶつけて顔を歪めながら歩き去っていく。


「馬の赤ん坊のことだが、あれはおそらく栄養失調だな。獣医にも確認は取っておくが、栄養補給すれば問題無いだろう。

 それより母親のヒヒメの方がよっぽど心配だな。赤ん坊の方にいくら栄養剤を注入したところで母親の方が満足な食事も取れぬのでは改善にはならん」


 アーネット隊長が言いながらガンクの尻を手で強く打った。


「痛ってぇ、なんだよ?」

「早く、獣人達の移住話を進めてやれよ?」

「分かってるよ」

「おっと、これは半分以上真剣な話だからな。馬の母子もろとも死にかねんぞ」


 ガンクは叩かれた尻を擦りながら真剣な表情になっている。気を引き締めているのかな。


 確かに赤ん坊もそうだけど、獣人達は満足いく食事にもありつくことが出来ずに痩身気味だ。ストレスも関わっていると思うけれどな。


 イルマがおずおずと口を開いた。


「その件だが、やはり都市警備隊に掛け合えぬのか?」

「お前にしては珍しいな。

 それは止めておいた方が賢明だろうよ。規定通りに進んでしまえば獣人達は帝国側へ送還されることになる」

「やはり、無理か」


 イルマは腕組みして肩を落とすと俯いた。


「諦めろ。お前のリーダーのガンクが男気見せて大見栄切ったんだ。快く付き合ってやれ」

「ラウルトンさんに頼んじゃえばなんとかしてくれるんじゃない?」


 ナノが名案が閃いたとばかりに声を上げた。


 ガンク達は顔をしかめ、アーネット隊長の方は何度か頷き、「いい手かもな」と呟いて続けた。


「お前ら、ラウルトン氏はどんな人物か把握しているか?

 彼は元商業ギルド所属時には『A』級の辣腕を振るっていた実力者だ。よく言う辣腕家だな」


 頭を振るオレ達にアーネット隊長は話した。ナノは、「やっぱオーラが違うもんね」と納得した顔をしている。


 そういえば、とアーネット隊長が手を叩いた。


「それはそうと、ミョウビシの話は耳に届いているか?」


 ミョウビシって……。

 確か、メールプマインの南にある造船街ミョウビシのことかな。


「なんだ、お前ら何も知らんのか。冒険者ならちゃんとギルドに顔を出しておけ」


 無知のオレ達に触り程度の説明をアーネット隊長がしてくれた。

 つい先日の話だ。帝国軍船を示すマークが付いた船がミョウビシの船を襲い沈めたという。街の警護に当たる都市警備隊はもちろん冒険者界隈では非常にホットなネタだそうだ。

 それにはガンク達も興味津々な面持ちになっている。


「そんな事になってるのか」

「帝国の船か……、よもや侵略でも?」


 協議し合うガンクとイルマを半ば呆れ顔で眺めながら、アーネット隊長が腰に手を置いた。


「ギルドに行けば見られるだろう、依頼書掲示板に防衛や巡回警備等の任務が多数発行されている筈だ。

 お前ら裕福になって働き甲斐を欠いてしまっているのかもしれんが、世間の為に一般庶民の為にも防衛に尽力して社会貢献しろよ。

 それこそが本来の冒険者稼業だ。冥利を追求しろよ」


 オレ達はアーネット隊長と別れた後、一旦分断して活動することになった。

 イルマとオレとでラウルトンさんに相談に第一番街に向かい、ガンクとナノは第二番街の冒険者ギルドに向かうのだ。








「……。なるほど。そう来ましたか」


 オレとイルマに対面して座椅子に腰掛けているラウルトンさん。彼はそう言った後もしばらくの間無言で思案を続けた。


 オレ達が彼に持ち込んだ相談はどうやら彼の想定外の事案であったようだ。面食らった彼の顔を見たイルマは、内心やや優越感にでも浸っているような気がオレにはした。


 今回はラウルトンさんの隣に女性が同席している。目鼻立ちの整った聡明そうな若い女性だ。頭に張り付くように纏めた黒髪を肩口で束ねている。


 それよりも座椅子に座った後は瞬き以外は人形の様にまるで身動き一つとっていない。それが何より不気味に感じた。

 なぜかと言うと、物思いに耽って停止中のラウルトンさんと彼女の前二人を眺めていると、本当に等身大サイズの像か人形だかと向かい合っている様に思えるからだ。

 オレもイルマもつられる様に動きを止めて、みんなで「だるまさんが転んだ」をしているみたいだ。






 ラウルトンさんが重たい口を開いた。


「……。大変お待たせ致しました」

「うむ」


 ラウルトンさんは眼鏡の中央を持ち上げて位置を正した。それは何かの儀式の様に感じられて思わず身構えてしまう。


「獣人族の方々が強制労働を強いられている建物の所有者はカンスカーノ商会です。帝国側とも広い商取引を行っている比較的大きな商業団体ですね。イルマ様方が訪問したビルの他にもビル二棟,三つの商店を抱えています。代表はカンスカーノという男性です」

「ふむ」

「削り落とす様にカンスカーノ商会を廃業へ持ち込ませる手段も取れますが、内容が内容ですので波風を立たす事無く手を引かせる様な方法を取ろうと当方では考えております。

 その上で発生した如何なる不利益不祥事にも厚く便宜を図らせて頂く次第です。

 よろしいですか?」

「うむ」


 頷くだけのイルマが珍妙に見えてしまうくらいに話がどんどん進んでいく。




 オレは横で聞いていて大丈夫だろうかと不安になった。ラウルトンさん程の実力者が進めていくなら要らない心配だと思うのだけど。


 何はともあれ、オレに出来ることはイルマの横でじっと佇むくらいだ。首も掻かず背中も前足も舐めずにいる。座椅子に鎮座するねこの像のごとく、だ。


 オレは座椅子の上で尻を付いて座っているのだけれど、オレの目の前に対面している女性が気になって仕方無いのはどうしようもない。呼吸は感じられるけれどいつ動きを見せるのかな。

 やっぱりオレは落ち着かない。




 ラウルトンさんはイルマと細かな打ち合わせを詰めながら

、一つ区切りを入れるように小さな笑顔をオレ達に示した。


「一度、その獣人族を取り纏めておられる代表者と面会の場を設けたいですね……。

 それは可能ですか?」


 代表者って誰になるんだ?

 白毛の犬人族の男かな。


 イルマが答える。彼は机の上に置いた両手を組んだ。


「本件の要望は羊人族の少年によるものだ。少年でも構わぬか?

 歳は十五になる。名はメーチスだ」

「構いません。

 ではまず、仮契約となる書類を作成します。正式なお手続きをとる際にはメーチス様も同席してもらいます」


 メーチスが彼ら獣人族の代表者か。

 それに歳も。オレがターニャと出掛けている間にガンク達と獣人達で、今回の内容を詰めていたのかもしれないな。


 オレはさっきからラウルトンさんが掛けている眼鏡の反射する光が気になってしょうがなくなり始めた。それは細かく揺れて乱反射するように光を感じた。


 イルマも同じに感じているかもしれないと思う。


 この場にいるとついつい気が向いてしまう物が多いのか、感情の揺れがそうさせているのか、どうにも集中力を欠いてしまうのだ。


「本案件は、『ガンク組代表者様からのご依頼』として承ってよろしいのですね?」


 ラウルトンさんは念を押すように確認した。イルマが頷き了承の意を示すと、ラウルトンさんは机の下から一枚の用紙と朱肉を取り出した。


 ふと横を見上げると、先日と同じようにイルマは額に汗を滲ませていた。


「待て。最後に確認させてくれ。

 誠に可能なのか?

 これは我ながら突飛だと愚考するに至る程の話だ。分かるだろ?」

「何故です?

 私には他に類を見ない程にあなた方は先見の明がおありだと感じていますよ。

 フフフ。

 失礼。いや、実に私の睨んだ通りです。いえ、それ以上なんですよ」


 ラウルトンさんが説明する。蒼白気味のイルマと比べてラウルトンさんは気を引いたおもちゃを手にした少年のような微笑を浮かべてとても愉しそうな雰囲気を醸し出している。


 前回この場所に訪れた際に感じた印象とはまた違うものが今日の彼からは滲み出ていた。ラウルトンさんは今ではやや姿勢を崩しラフな心証がある。でもそれは決して悪いものじゃない。対面者の心的負担を軽減させるようなものだと思う。




 彼は全てを知り得ているといった具合にすらすらと淀みなく、理路整然と話していった。


 今後帝国領内のオートメーションの波に押され加速度的に獣人族のメールプマインへの流入が進むであろうこと。

 さらに、そのオートメーションの波はメールプマインに浸透し、やがてはアーバイン王国中に派生した時には彼ら獣人達の生活や地位等は飛躍的に向上しているだろうこと。

 つまりは、国家として成立する要素を十二分に内包しているということだ。


 ラウルトンさんが話す言葉の一つ一つに頷いて見るものの、オレにはよく分からないものばかりだった。


 アーバイン王国の中ではもちろん建国など出来る筈が無いってことはオレにも理解出来る。


 なので、一旦仮となる集落を形成し余力を蓄えた上で建国へと旅立つという流れだ。

 そしてそれらは全て極秘の上で行われる必要があるものだということらしい。


 うーん、難しい話だ。




 ラウルトンさんはイルマが突飛だと断じたこの話を一言、「面白い」という言葉で評した。


 彼の予測では、オレ達ガンク組に資金の運用を示唆した際には、どこかの商人を肩入れする程度だろう予想していたという。その商人や取り引き規模の大小でオレ達を見る尺度になるという案配だ。



 ラウルトンさんは取り出したハンカチを額に当てて汗を拭く仕草をする。けれど、そこには汗が滲んでいるようには見えないし、オレの鼻にも彼から汗の臭いは嗅ぎ取れなかった。隣のイルマがこの室内で一番発汗している。


「大口の取り引き先を引っ張ってくるぐらいまでは予想の範疇内でした。しかしまさかゼロから莫大な額と期待値を予見出来うる案件を抱えて訪ねてくることとは、見誤っておりました。

 まったく、目が肥えていると高を括っていた自身を愚かと感じざるを得ません。過小評価も甚だしいというものでした。誠に申し訳ございません」

「いや……。俺達はただのしがない冒険者だ。過大に見られても困るのだが」

「フフフ、失礼。

 私共の愉楽は任され預けられたお客様の資金をどう転がし利幅を大きくさせるかだけです。

 これまでにも巨額の、それこそ一億デル以上の資産の運用経験もある私ですが、正直に申し上げまして今案件程転がる先の不透明な依頼を頂いた経験はありません。

 建国へと繋がる業務ですからね。

 ですが、誠心誠意務めさせて頂きます。どうぞよろしくお願い致します。

 そして監督者という立場で横にいるマルスノという者を獣人族担当として専属させます」


 そこで初めてラウルトンさんの隣に座っていた置物状の女性が挙動を見せた。不意に勢いよく頭を下げたからビックリして毛が逆立ってしまった。


 ラウルトンさんはその用紙にペンを走らせていく。それを終えると彼は用紙の向きを変えてイルマの前へ起き、口を開いた。


「それでは、仮のものですが契約を締結させて頂きます。

 よろしいですか?」

「うむ、もはやここまで来たら致し方無いだろう」

「ありがとうございます」



内容     :獣人族の独立及び建国支援

代表者名   :ガンク

獣人族代表者名:メーチス

目的     :獣人族の独立及び建国

期限     :無期限~完遂迄を一時的な定めとする

支援費用   :一時金三百万~最大二千万デル、運用にて増減

運用責任者  :ラウルトン

監督者    :マルスノ

                              』





 イルマがその用紙を一読し、右手の親指で判を押した。




お金の運用とか正直言ってよく分からないまま書いてます。雰囲気だけでも伝わればいいかなと思います(笑)


というか行き当たりばったりです。

分かりにくいところが多々あるんじゃないかと思いますが……、その辺りはどうかお許しを。


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