92.獣人達の夢
オレの背中の上でアーネット隊長が騒いだ。
「なっ、なんだ突然!
ランド、おいっ、放せ。何故私を拐う?
下ろせー!」
うるさいなぁ。
オレは第三番街の都市警備隊の隊所に潜入すると、執務室で疲れ果てて眠りこけていたアーネット隊長を拐って行ったのだ。
初めて分かったことだけれど、オレの黒い毛は真っ直ぐに伸ばすことも出来れば、カールさせたり伸ばして曲げたまま固定することも可能な様だった。
すなわち、大型化して人を背中に乗せて毛で固定すると、それはまるで移動式の磔台だ。
移動式磔ねこなのだ。
アーネット隊長ほどの実力者ならオレの黒毛の拘束をその膂力で解除出来てしまうのだろうけど、彼女はそうはしなかった。これには何か訳があると思ってくれたのかな。
彼女は暴れたりせずにオレの背中の感触を愉しみながら、一緒に月夜の散歩に付き合ってくれた。
とまあ、ここまでは良かったと言えば良かったんだけど。
オレはガンクに頼まれたアーネット隊長を彼の元へ届け終えると、普段の子ねこのサイズに身体を戻してその横に腰を下ろした。
アーネット隊長はいつもの警備隊の隊服ではなく、ラフな寝間着姿をしている。たるんとしたシャツが夜風に気持ちよくはたはたと靡いている。
「お前ら、きっちりと私が納得出来る説明をしろよ?」
「悪ぃ悪ぃ。
アーネット隊長しか他に頼める相手がいなかったんだよ」
小刻みに震えるアーネット隊長を下から眺めて、ガンクが悪びれもせずに言った。
「どういうことだ。
なぜこんなビルの屋上で馬人族が、というより多くの獣人族がいる? 異常だろ。
私は昨日お前らと別れたばかりだぞ。なぜこんなことになっている。
お前らトラブルメーカーか?」
見渡す限りの屋上では獣人族達が、オレ達が予め用意しておいた肉や酒などの食料品で宴会の準備が行われていた。
そしてなぜアーネット隊長がこのビルの屋上に連れてこられたかと言うと、馬人族の赤ちゃんの処置がオレ達では皆目見当も付かなかったからだ。
赤ちゃんは馬人族のお母さんのお腹からまだ出て来て間もないという。お母さんであるヒヒメさんが言うには、どうにもその赤ちゃんの様子がおかしいようでとても心配しているそうだ。
馬人族の赤ちゃんといっても、どちらかといえば馬よりの乳児だった。これから馬人のように成長していくのかもしれないけれど。
小さな小さな馬の赤ちゃんとそのお母さんを見下ろしてアーネット隊長が叫ぶ。
「私に解る訳ないだろ!」
「知り合いに詳しい者はおらんか?」
「イルマはど阿呆か、私に馬人に詳しい者など……、いや獣医なら知っているが」
顎に手を当て思案顔のアーネット隊長にナノが詰め寄って肩を揺らす。
「アーネットさん、お願い出来ない?」
「クソッ、お前ら覚えてろよ。
あーっ!
飯奢って損したなもうっ」
ガリガリと頭を掻きむしって、それでもちゃんと世話を焼いてくれるようで、やっぱり頼りになるアーネット隊長なのだ。
オレは動き回る獣人族達を眺めていた。姿形は人間に近く、みんな二足歩行をして手の指先も五指だ。
伸ばした手の指で酒が入った杯を掴んだり、器用にツマミ袋を開封していたり運び並べていく仕草は人間と瓜二つだ。
けれど、随所にそれぞれの種族を殊に現している特徴があった。
犬人族は長い耳と尻尾があるし、鳥人族には口が嘴みたいに尖っていた。馬人族はたてがみのような髪の毛を持ち非常に面長の顔をしている。
ただ、彼らはこのビルの中で人間と同じようにして労働させられるために、腕や足などの毛を刈られてしまったようだ。特に羊人族のメーチスなんかは全身毛が多かったようで、劣悪な剃毛をされて酷い有り様になってしまっている。
宴席の準備が整い、彼らを祝福するような明るい月が照る下で獣人達が踊り始めた。
金色の毛を靡かせて走り回る犬人の男達がいれば、青い翼を羽ばたかせて舞うように鳥人の男女が優雅に踊る。その下で寝っ転がって酒瓶をジャグリングするように空に舞い上げる猿人の男達がいれば、サラダばかりを周囲に配して満面の笑顔の馬人の男女。
羊人族の少年メーチスは、頬杖を突きながら彼らを眺めて、愉快そうにパタパタと足を動かしていた。
みんなとてもリラックスしているようだ。
花がパァッと咲いたように幸せな顔を見せる獣人達。ガンクの顔も彼らと同じ様になっていた。
「ハハハ。見ろよ。あいつら、見違えるようにはしゃいでら」
心いっぱい騒ぐこと自体、随分と久し振りだったようだと分かる。獣人達はみな屋上の上で、美味い料理に舌鼓を打ち酒や飲み物で上機嫌になって、生きる喜びを味わいまた咀嚼しているように感じられた。
彼らは獣人達は屋上のテントハウスに押し込められ、働ける者は朝早くから営業終了間際まで長時間勤務に着かされ、働けない子供や病を患っている者は人目に付かないように出禁状態にさせられていたという。
たとえ重病の者がいても産まれたばかりの赤ちゃんにさえもろくな処置すら行っていない。それはまるで奴隷か罪人を監禁しているような状況だ。
それらの状況については今のところまだ何一つ改善の手立ては無い。
それでも、誰かの温かいほんの一言を心待ちにしていたように、それが敵った今夜は四階の営業が終了する迄は、「上で少しぐらい騒いでいてもいいだろう」と羽目を外している。
皆とてもにこやかだ。
鬱屈した思いから解放されて笑顔の絶えない獣人達を眺めて、イルマがガンクに厳しい口調で問い掛けした。
「ガンク、先程の話どうするのだ? まさか、本気じゃあるまい。
途方もない話だぞ。俺達が支援するしないの是非も無い」
「何で?
助けてあげようよ」
ナノは犬人族の子供を抱きながら言った。優しく頭を撫でて上げると余程気持ちいいのか目がとろんとしている。
「お前ら、まだ何か厄介事を抱えているのか?」
「ああ。ちょっとな」
アーネット隊長の問い掛けに曖昧な返事で返すガンクだ。
ガンクに獣人族を代表して話をしてくれたのは、羊人族の少年メーチスだった。彼の言葉を補足するように他の獣人達が細かい部分を話してくれた。
彼らは帝国領にてそれぞれの種族ごとに縄張りを張って生活していた。それがある日突然、帝国軍に攻め入られた。その場で殺された者、逃げた者、ここメールプマインに集まっているのは皆捕らえられて捕虜になった者ばかりだ。
オレはその話を聞いていた時、マズマの故郷の集落を襲ったのは帝国軍なんじゃないかと思った。
マズマも追手の人間から戦闘と逃亡を繰り返してコカコ村に辿り着いたって話していたからな。
捕虜になった獣人達は帝国領内で本当に奴隷のような扱いを受けながら強制労働をさせられたという。捕虜となりながらもそこで大人数が命を落としてしまったようだ。
そして、ある日訳も分からず、雇用主が代わったとだけ聞かされてメールプマインに連れ運び込まれ、今この場所での生活を余儀無くされているという。
彼ら獣人達は人間不信になっても何ら不思議は無い境遇の中を懸命に生きてきたのだ。
メーチスがガンクに告げた、そんな不遇だった彼らが望むことはただ一つのことだ。
それは自分達獣人族の新しい集落を作ること。
「まずは手頃なものでもいいから安心して暮らせる集落を築くことが第一目標だよ。
でもいつか、獣人達みんなが仲良く暮らせて敵にも負けないくらい強い、そんな僕達の国を作りたいんだ。
いや、きっと作ってやる!」
羊人メーチスは瞳をキラキラと輝かせて、そう壮大な野望をその場で宣告したのだ。
その後、やや伏した細い目をしてメーチスが、「協力してくれるんだよね?」なんて尋ねるから、出しゃ張っちゃったガンクは引くに引けなくなることもオレはよく分かるよ。
「分かった。
俺がお前達の新天地の場所を考える。それに、軍資金に俺が百万デル出してやるよ」
なんて言っちゃったんだ。
それはイルマは断固反対の構えをしたのだけれど。
けど、ガンクとナノと、それにオレも獣人達の夢に賛成しちゃったからな。
「ホッホッホ。こんなに心豊かな夜は久しいわい」
「本当だよ。
ねぇイルマー。もっと冒険の話聞かせてー」
「フ、仕方無い。聞き足りぬならば幾らでも聞かせてやろうぞ。
次は、そうだな、そこのねこのランドとの出会いの話はどうだ」
オレの話か。
イルマ、楽しく面白おかしく聞かせてやってくれな。
イルマは意外にも、冒険譚を話し聞かせるのが上手なようで、獣人族のちびっこ達に大人気になっていた。
ガンクの方は酔っ払った赤いほっぺたをして犬人族と戯れるように遊んでいる。じゃれ合ってガンクも犬みたいになっているな。
アーネット隊長は馬人族のヒヒメさんとその赤ちゃんを優しい表情で介抱していた。ヒヒメさんを安心させて休ませた後でテントハウスから出ると、その表情は一変して自棄っぱちの顔になり老人の猿人と飲み比べを始めだした。
ナノはというと、四階の夜間営業の店で踊り子をしていた女の獣人族達が屋上に入れ替わりで上がって来ると、彼女達とガールズトークをしているようだ。
踊り子をしていた獣人達には毛色の鮮やかな鳥人女性やダイナミックな乳房の牛人女性達だ。彼女達はみなこの状況に目を見開いてとても驚いた後、他の獣人達と同様に日頃の鬱憤を晴らすように飲み食いして今日この日の宴会の夜を楽しんだ。
オレは牛人の女性に捕まってしまって強く抱き締められた。
「やだ、この子母性本能くすぐるわ。奥まで埋まって行っちゃって」
「ちょっと、ランドちゃんをおっぱいで挟まないでよ。男の子なんだから。まだそうゆうのは早いよ」
「あら、黒くて凛として、綺麗な毛並みだから雌の子だって思っちゃった」
オレは牛人女性の豊満な胸の谷間に挟まれながら、下からその顔を覗き見た。
この人、絶対にオレのことを雄だって分かった上でやってるよ……。
……でもなんか幸せだ。
ふと屋上に繋がる入口の階段に気配を感じた。
牛人女性の温かで柔らかい大きな胸の間から、そちらへ頭を動かすと、色鮮やかな踊り子の衣裳を着たままの女性が屋上に出てくる所だった。
ツンと立った耳と垂れた長い尻尾に低めの鼻。特徴的な爛々とした真ん丸の二つの瞳、彼女は猫人族だった。
オレは幸せの谷間から抜け出すと、初めて見る猫人の元へドキドキと胸踊らせて駆け寄った。




