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91.獣人族達が住むテントハウス

 第二番街の別の店で肉や酒などの食料品を買い込み、オレ達は指定された夜の閉店後のビルの屋上へと忍び込んだ。


 ただし、下の階の四階では営業を行っているようだ。下の方から時折男達の歓声が響いて伝わる。


 屋上には一見倉庫のようなビニールのテントハウスが設置されていた。中から人の話し声が微かに聞こえた。




 オレ達がそのテントハウスへ近付いていくと、閉じられていた入口が静かな音を立てて開けられた。


 半身を出してそこから姿を見せたのは、昼に下の事務所裏口で話をした犬人族の男だった。


 オレ達の姿を確認して驚きと安堵がない交ぜになったような顔をして目を見開いた。


「本当に、来たんですね」

「行くって言っただろ。嘘は付かねーよ。

 ……中に入れてもらってもいいか?」


 ガンクが尋ねると、犬人族の男はテントハウス入口のカーテンの端を掴んだ。昼間は調理服と衛星帽で判断出来なかったけれど、残った毛髪は綿のように白くフワフワしていた。


 白毛の犬人族の男は未だ警戒心を放っているものの、オレ達をしばらく観察し鼻をすんすん鳴らした後にテントハウスの中へと通してくれた。



 テントハウスの内側は強烈な獣の臭いが充満していた。生々しい動物の臭いに顔が歪みそうになるのをオレ達はぐっと堪える。


 幾分いやらしい顔をして、白毛の犬人族の男が訊ねてくる。


「臭いますか?」

「多少な」


 テントハウス入口の先にはもう一つ閉じ切りの扉があった。ジッパーの先端を摘まんで犬人族の男は口端を上げた。鋭い犬歯がいたずらに覗く。


「中はもっと酷いかもしれませんよ」

「結構だ」


 既に激しい悪臭にマヒ気味のオレの鼻は悲鳴を上げそうになる数秒前で堪えているような状況だった。鼻が利くとツラいな。


 ガンクは鼻に力を込めているようだ。おかしな声になってしまっている。




 中はせ返るような刺激的な獣の臭いで満ちていた。

 既に顔が歪んで喉を抑えてしまっているナノをガンクとイルマが横から小突きながら進んでいく。


 それにしても、物凄い劣悪な環境で暮らしているんだな。なんでこんなことになっているんだ?


 テントハウスの中は真っ暗闇だった。


 その中に過密状態で二十数人の獣人達がひしめき合っていた。闇の中でこちらを見る色とりどりの目の光だけが幾つも怪しく揺れている。

 警戒心剥き出しでこちらを眺めているのが分かった。


 白毛の犬人族の男が問い掛けるように、ゆっくりとテントハウスの中に向かって話し掛けた。


「みんな、ちょっといいか。

 紹介するよ。たぶん、そんなに警戒しなくて大丈夫だ。少し警戒を解いてくれないか。せっかく来てくれたんだ」


 しかし、中の獣人達はオレ達のことを受け入れてはくれないようだった。

 しばらくオレ達のことを吟味して、次第に反発の声が広がっていった。


「何者だ? 人間は信用出来ない。信用したくない」

「何故連れてきた」

「恐い」

「帰ってもらえ」

「来るな。どっかいけ」


 敵意の波を押し返すようにして、おもむろにイルマが前に進み出た。「失礼、灯りをつけさせてくれ」と断りの文句を投げてランタンを灯した。


 ランタンの光が柔らかくそして朧気にも強く部屋を照らし出した。


 イルマはランタンの光量を絞り調節しているようだけれど、視覚だけじゃなく嗅覚や聴覚にも影響を及ぼすような独特の刺激的な光景を目の当たりにして、視線を外してしまうことすら躊躇してしまった。


 明るく照らし出されたテントハウスの中には、馬人族や豚人族に羊人族、他に犬,鳥,猿人族パッと見ただけでもそれだけの種族の獣人達がいた。


 臭いの原因は、彼らの体臭や生活臭いはもちろんのこと、毛を刈り取られて皮膚病になってしまっている者からの痛んだ皮膚の悪臭や出産したばかりの赤子から立つ臭いもあるようだ。


 たまらず、ナノが外へと駆けて行った。


 奥で最年長と見られる皺だらけの猿人族の男が叫ぶ。


「勝手なことをするな!

 夜行性で光に弱い者がいたらどうしてくれる?」


 イルマが鼻を摘まみながら言う。


「ここに揃っている者は皆獣人だろう?

 野生動物はいない筈だ。ならば耐性もそれと比べて強い筈。違うか?」

「くっ……」

「それに、衛生上問題が有りすぎる」


 イルマはアイテム袋から玉を取り出し、床に転がした。


「『吸臭珠』よ、悪臭を吸い取り除け」


 テントハウスの中の悪臭はイルマの転がした『吸臭珠』に吸い寄せられ、テントハウス内の空気は一新された。


 ふはぁ。

 これでやっと自由に息が出来る。


 外からナノの明るい声が届く。


「ごめんね。

 アタシちょっとビックリしちゃって。治療してあげるから出ておいで」


 見るとナノは両手に薬草を持ってスタンバイしているようだ。


 けれど、未だテントハウス内に留まったままの獣人族達は警戒心を払拭せぬまま互いが互いを牽制するように様子見している。


 オレは彼らの境遇に悲しくなってしまった。人を信じられず、他者の優しさを疑うようになってしまっていることに。

 随分とその根は深いんだなと感じた。


 イルマが彼らへ向け厳しい口調で言い放つ。


「闇に馴れるな。

 暗がりに留まれば心にまで影を映してしまうものだ。昔の俺がそうだった」


 ガンクが前に出る。


「なぁみんな。光のあたる場所で暮らそう。こんな所にいたんじゃダメになっちまう。違うか?」


 すると堰を切るように言葉が投げ掛けられていった。

 それらはオレ達全員へ向けられたもののように感じられた。


「分かったふうな口を聞くな。何も知らないくせして勝手なことばっか言うな」

「好き好んでこんな所に閉じ籠ってたりするもんか」

「人間が全部そうさせたんだ。僕たちの居場所を奪ったんだ。だから……だから……」

「酷い思いをするのはもうたくさんだ」


 ガンクは彼ら獣人族たちの言葉を一身に受け止めて、優しく提案するように投げ掛けた。


「……そうだな。辛かったんだよな。悪い人間に酷いことを沢山されたんだよな。

 でも、俺達はお前達のことをよく知らないんだ。だから知りたい。もっと教えてほしい。何をされたのかもそうだけど、それよりお前達がこれからどうしたいのかとか。聞いたら駄目かな?」

「……」

「お前達獣人は帝国で悲惨な目に合って、この街でもまたどうしようもない人間に捕まって不自由な思いを感じているんだと思う。でも、人間はいっばい、いろんな種類がいる。色々と考えが違うものなんだ。

 もしかしたら、俺達はお前達の為に何かが出来る種類の人間かもしれないだろ。人間みんな同じように嫌わないで、少しだけ耳を傾けてくれよ」


 オレはその場に座りゆっくりと彼らを見回した。臆病そうな目、疑心の目、悲壮な目、色々だ。

 それでも彼ら獣人族達の目は無気力だったり虚ろな目をしている者は誰一人いなかった。


 堪えようの無い現実に必死にもがき苦しんでいても、心の奥底には一本芯の通った強い感情を隠し持っていることが判る。





 ガンクを斜に構えながら羊人族の少年が訊く。

 心なしかその目には儚げにも薄っすらと光が宿り始めているようだ。


「……あんた達は何なんだよ、何者なんだよ」

「俺は冒険者のガンクだ」

「ガンク?」

「そうだ。君の名前は?」

「メーチス」

「よろしくな、メーチス。話をしてくれるよな?」


 今度こそ、メーチスと名乗った羊人族の少年はガンクの目を真正面から捉えた。


「本当に、助けてくれる?」

「ああ。助けてやる」


 ガンクはそう言い、羊人族の少年メーチスへと手を差し伸べた。メーチスは差し出されたその手を戸惑いながら見詰めている。

 彼の毛は見える部分だけでもその多くが刈り取られて重度の皮膚病に犯されているようだ。


「おい、ガンク!? 

 そうやって安請け合いするな。話を聞くだけだと言っただろう」


 慌ててイルマがガンクを制止しようとするけれど。


「大丈夫だって。

 だってこいつら、みんな凄い無垢なんだ。放っておけないだろ」

「本当に助けてくれるの?

 僕にも仲間にも、痛いことしない?」


 皮ごと剥かれたように爛れた腕を震えながらゆっくり伸ばしていくメーチス。ガンクは彼へ進み出てその手をチラッと眺め、がっしりと握った。


「するかよ、痛いことなんて。

 体痛いんだろ? 治療してやるから、早く外に出ろよ。ナノが看てくれるからよ」


 照れながら鼻を掻いて笑うガンクだ。テントハウスの外から顔を覗かせて、ナノも眩しい笑顔を振り撒いている。


「そうよ、早くみんなおいでー。イルマ、薬草も治療薬も使い放題でいいよね? だってアタシら脱貧乏なんだし」

「フン、勝手にしろ。

 まったく。知らんぞ」

「へへ。なんとかなんだろ」


 イルマも言葉とは裏腹に満更でも無さそうな充実気な顔をしているしな。


 オレもガンクの言う通りなんとかなると思うし、彼ら獣人族達の為になんとかしてやりたいんだから。

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