90.弁当売り場での騒動
ビル二階の武具防具店は、店内に様々な武器類や防具類が整然と置かれていた。
クーレントさんの工房みたいにポツンポツンと配置されているのではなく、種類や用途に応じて品物が所せましと陳列されている。
先に入店していたイルマに合流して全員で店内を練り歩いてく。一つ一つ陳列された品物を手に取り眺めているイルマが呟く。
「……フム。どれも良く言えば手頃な値段で使い勝手は良さそうだ。が、悪く言えば癖も無ければ味も無い。初心者向きなのか」
「でも弓矢なんかいいんじゃねえか、使い捨てみたいなもんだろ」
ガンクが弓矢類の置かれたコーナーに近付き言う。
「馬鹿にしてくれるなよ。鏃から羽根まで素材や出来が違えばまるで別物となるのだぞ。威力も飛距離も全て影響するのだからな」
「へー。そんなもんか」
その言葉を聞いて、床に置かれた箱から弓矢を取り上げじっくり眺めるガンクだ。
「確かに色んな形があるんだな」
「ああ。しかし、どれも一様な作りと言っていいな。決して鑑定眼が備わっている訳ではないが、どれもこれも物足りぬ印象しか受けぬ」
各々の武器を手に取り見ていると店員が声を掛けてきた。
「いらっしゃいませ。お探しの品が無ければお探し致しますよ」
「おい、ここに並んでいる品は鍛治職人から仕入れた物なのか? 全て貧相に見受けられるのだが」
イルマの物言いにややムッとした表情になったものの、店員は気さくな顔を努めて作ったようだ。
「熟達された冒険者の方ですか。
こちらでは専属のある工房から仕入れた品物を取り揃えております。大量生産にて供給は十分な量を確保していますので、その分お安く提供させて頂いております。
一定の品質を保ってはいますが、もしよろしければ高品質指定の取扱コーナーへご案内致しますが?」
「いや、いい。他所へ行ってくれ。俺達だけで見たい」
追い払うようにしてイルマが告げると、店員は今度こそムッとして立ち去っていった。
もしかしてここに並んでいる商品は全て、クーレントさんが話していた帝国の機械化した工場で大量生産されている品なのだろうか。
周りを見ると、お客は当然のことだけれど冒険者風の格好をした人達が多く、中にはラフな格好をした一般のお客も混じっていた。
どちらかというとイルマの言う通り初心者寄りとしか思えない物ばかり取り揃えているようだ。
ちなみに目に見える範囲ではやはり獣人の姿は無かった。
二階を出て、三階に上がったオレ達は、魔具魔道具よろず取扱店、と書かれた看板のある店に足を運んだ。
しかし、ここでも獣人の姿は見られない。
陳列してあるものは火起こしの魔道具や照明魔道具に、魚を釣ったり山で罠を仕掛けたりする、どちらかというとやはりごく一般的な魔道具が安値で陳列されていた。
ちなみにガンクとナノが一階の食料品店で衝動買いした魔道具も新商品コーナーに並んでいた。それらは他と比べて高額のようだ。
昼時になり当初の目的に対して成果は何も得られなかったオレ達は、一階の食料品店で弁当を買って帰ることにした。
一階まで降りていくと、店先の弁当売り場の辺りに人集りが出来て騒がしくなっていた。
近寄って行くと、一人の店員と客と見られるオバサンが言い合いをしているようだった。
「ちょっと、どういうことなのよ、説明しなさいよ。
昨日ここでカツ丼と唐揚げ丼と焼きそばを買ったんだけど、全部に長い毛が紛れてたのよ。どういうことなのかキチンと説明してちょうだい」
「申し訳ございません。衛生管理には徹底しているのですが」
「じゃあ、なんで毛が混入してるのよ。奥の厨房の人出てきてもらえる? あんたの頭のこの毛が入ってたって言ってるの、金色のこの毛がっ!」
一人のオバサンが猛烈な勢いでクレームを付けているようだ。弁当に入っていたと主張する問題の毛を指先で摘まんで、眼前の店員を押し退けて厨房の奥で作業中の三名のコック達に鬼の形相で捲し立てている。
「お客様、ここではちょっと、他のお客様に迷惑となりますので……。
あ、ちょっと、困りますって!」
クレームを付けていたオバサンは店員を振り払うと厨房の中に進んでいき、中にいた調理服を着た一人の肩を掴んでマスクを勢いよく取り払った。
そしたら、そのマスクの中から現れたのは鼻の長い獣人、おそらく犬人族の男の顔だった。
顔の作りは人間に近いものだけれど伸びた鼻と髭に覗いた犬歯で、人ではないとはっきり分かった。
「キャー、魔物よ!
この店は魔物が弁当を作っているわ」
オバサンはその場で尻餅を付いて叫び声を上げて取り乱している様子だ。
ただ、魔物だ、と指差された調理服姿の犬人族の男は、悲しげな瞳のまま肩を落として俯いてしまっている。
店内からガッチリとした体格の警備員と思われる男達が飛び出してくると、「魔物を殺して、喰われる」と騒ぐオバサンを拘束すると事務所の中へと連れて行ってしまった。
そして厨房にいた三名のコック達も事務所に向かい顔を下げて足早に消えていった。
「さあさあ、今日は特別大サービスだよ!」
昨夜、ナノに酷いことを行ったあの店員が、店員が誰もいなくなったままざわめく弁当売り場に飛び出してくると、しきりに大声を張り上げた。「在庫一掃セールだよ!」と大きく手を叩き騒ぎ立て始めたのだ。
セールだと騒いで隠蔽してうやむやにでもしてしまう雰囲気の様子だ。
オレ達はしばらくその場に佇み呆然としていた。
やっぱり、獣人達が働かされていたんだ。それに顔を見られて魔物呼ばわりだなんて。酷い話だけれど、獣人に免疫無ければ、魔物だと断じてしまうのも無理ないのかもしれない。
悲しい気持ちが込み上げてくる。きっと彼らにしてみれば人を襲う気などさらさら無い筈だ。だって彼らは魔物ではないんだもの。
オレ達はビルの裏口に周り込み、事務所の通用口の方へと走る。そこには先程のコック服を着た連中がいた。沈痛な雰囲気を醸し出している。
不躾ながらガンクが言葉を投げ掛ける。
「おい、どういうことだ。説明してくれ」
オレ達の姿を見て非常に狼狽した様子のコック服達は、誰も何も言おうとしなかった。けれど、逃げ場はどこにも無いようだ。事務所の中へは逃げ込もうにも彼らは、入るな、と命じられているのかもしれない。
ガンクが続ける。
「答えてくれ。俺はガンク。冒険者だ。
お前らに危害を加えるつもりもないし、俺達は敵じゃない。なんとか分かってもらえねーかな」
「出来うる限り、俺達は何かの手助けが出来ればと考えているのだ。頼む、時が惜しい」
「そうよ。お願い、信じて」
ガンクに次いで、早口で矢継ぎ早にコック服達へ必死に語り掛けるイルマとナノ。
それでもコック服達は困惑し警戒する態度を変えなかった。
さっきは調理場と料理の強烈な臭いがしてまるで判らなかったけれど、やはり全員が人間とは違う臭いを放っていることがオレには判った。
くそ、なんとか彼らの力になってやりたい。
オレはその場を彷徨いてみる。事務所の中では先程のオバサンが喚き怒鳴り散らしている声が聞こえた。彼ら獣人達の耳にも聞こえているのだろう、切ない感情の匂いが発せられていた。
ガンクが優しい口調で語り掛けた。それはお願いし頼み込むようなものだった。
「なぁ、お前ら獣人なんだろ? なんとか、俺達が助けることは出来ないかもしれないけど、味方にだけはなってやりたいんだよ。頼むよ、話を聞いてくれよ」
ガンクのその言葉にピクッとして、一人のコック服を着た獣人がこちらを真っ直ぐに見た。そして言う。
「ありがとうございます。僕らは確かに獣人です」
彼はマスクを外し帽子を脱ぎ去った。彼も犬人族のようだ。先程オバサンにマスクを取り払われた犬人族とは違う男のようだ。
「もし、本当に僕らの味方に付いてくれる気が少しでもあるなら、この店が閉店した夜にこのビルの屋上まで来てください」
「分かった。必ず行くからな」
犬人族の男は「期待せずにおきます」と言いながらまた帽子とマスクを身に付けた。
オレ達はその場を急いで離れ、指定された夜を待った。




