89.食料品店の調査
「ここよ、ここ!」
「うむ。確かに一階は食料品店だな」
ナノが指差したのは、昨夜クーレントさんが話していた向かいの通りの四階建てのビルだ。
イルマが頷く。やはりここで間違いなかったようだ。
朝の開店間もない時間帯だけれど、店はお客で賑わって盛況のようだ。
昨夜先に寝てしまってクーレントさんの話を聞いていないナノはイルマに尋ねる。
「このお店で獣人が働いているって本当?」
「さあな。これからそれを確認する」
「獣人を見てみたいっていうのはあるよ。
でも、俺達の目的は一体何なんだよ」
ガンクがイルマに問い掛ける。
確かにそうだ。
仮に獣人がこき使われながら労働させられていたとしても、部外者のオレ達に出来ることは無い。この店で働いている獣人達がいたとしても、彼らは雇用主と労働契約で正式に結ばれている筈だ。
それに横槍を入れたりすれば、オレ達の方が悪者になってしまう。
それは、前にワユビュリュの森を抜けてバーシキノル街道に合流した時に、レームスさんが注意していたことと同じことにあたる。
安易に助け出すことは出来ない。
イルマは問題のビルを眺めながら答えた。
「目的は……、調査だ。もしかしたら帝国領の内情等の情報が得られるかもしれん」
「それって、アタシ達帝国に行くってこと? これからその下調べをするってこと?」
強い忌避感を示しながらナノがイルマに食いかかる。
「早合点するな。どこに進むかはリーダーであるガンクに任せてあるだろう。俺に決定権は無い」
「うん」
「ただ、このアーバイン王国においては帝国領の情報はおそらく規制が働いているのだろうな、入手することはなかなかに困難だ。出来れば生きた情報が欲しい。
情報を掴んだその上で進路を決めればいいと考えるが、如何かリーダーよ?」
ナノは腕を組み頷いている。
イルマに話をふられたガンクも同じように頷き、しっかりと前を向いた。
「そうだな。そうしよう」
食料品店の店先から見える位置にある厨房内では、昨夜と同じように物凄い稼働力で弁当を製造していた。コック達はやはり全身を覆い隠すような調理服に衛生帽にマスクを付けていた。
「いらっしゃいませー」
店内は鮮魚に生鮮野菜に日用品にと大まかな部門ごとに分かれているようだ。各部門には店の制服を着用した人間が品出しをしたり客の応対をしたりと作業に勤しんでいる。どこにも怪しい点は見受けられない。
「何かお探しですかー?
良かったらお試し下さい、新商品ですよ!」
「何なのこれは?」
キョロキョロしながら店内を歩いているとナノが実演販売の店員に捕まってしまったようだ。向こうではガンクが同じく店員に捕獲されて興味深々に何かの器具を眺めているのが見える。
オレはナノに近寄って行き、横から状況を観察することにした。
ナノを前にして店員が動作を交えて流暢に喋っていく。その動きは手慣れた印象を受けるものだった。
「女性の皆さんはいついかなる時もエチケットを大切にしたいですよね。でも旅先で出先で、急にどうしてもトイレに行きたくなること、ありますよね?」
「確かにあるわね」
「でしょう!
男性なら簡単です、草むらに行けば用足しは済んじゃいます。でも女性の場合はそうは参りません。
トイレが無くて困った! 人目もたくさんあるし、どうしよう? このままじゃ漏れちゃうかも!?
そんな時には! この『魔道具おトイレほいほい』です!!
使い方は簡単。
ほら、これをこうやってこうすると……」
「す、凄い!」
ナノは店員がする動きに目を食い入り見て感嘆の声を上げた。
うおぉ、これはすごい!
見ていてオレもビックリしてしまったぞ。
店員が小さな玉がたくさん入った小瓶を取り出して、その中の一つの小玉を実演台の上に置き、もう一つの玉の方はマネキンに履かせた女物のパンツの中に忍ばせた。玉の大きさは小粒のミニトマトくらいのサイズだ。
そして店員はパンツの上から黄色に着色した水を注ぎ込んでいった。
すると、パンツに注がれた黄色い水はなんと実演台の上に置かれた小玉の方へと転送されていっているようだ。
どういう仕組みなんだろう?
ナノとオレの周囲には他のお客も集まり始めていて、その転送していく様子を目撃して盛大な歓喜の声が上がっている。
オレ達の顔色を窺い見ながらにんまりと笑う店員だ。
「ご覧頂けましたでしょうか?
急な尿意に例え外でも安心安全、『魔道具おトイレほいほい』です!
パンツに入れた玉は吸い取った水分を吸収しつくした後は勝手に消えてしまいます。そして、見てお分かりですよね?
それらの全てはこちらに置かれたもう一つの玉へと移動してしまうのです」
「本当ね、全部黄色の液がこっちの玉に移っちゃってるわ」
「ありがとうございます、その通りでございます。
さて、後はラクラクです。
この玉を捨てるなり地中に埋めるなりとお好きな判断でどうぞ。こちらの玉も一定時間後に消滅してしまいます」
「体に悪影響は無いのかしら?」
横にいた毛髪がカールしたふくよかな体型のマダムが質問した。それに店員が笑顔を見せる。
「何の問題もございません。人体には無害で安全そして安心。
あ、でも大きい方はダメですよ、固形物は吸収しません。そこだけはご注意下さい」
「やあねぇ、しないわよ」
質問したマダムと一緒に周りのオバサマ連中が笑う。ナノも手を叩き笑っていた。
「今ならこの、出先で困る急なトラブルにもひと安心、『魔道具おトイレほいほい』が大特価の千デルです。
いかがですかー!?
ちなみに当店三階の魔道具類取扱店でも売ってまーす! お買い物の後にはぜひお立ち寄りを~!」
店員が小玉の詰まった小瓶を両手に掲げ持ち大声を上げる。みるみる内に実演台の横にうず高く積まれた『魔道具おトイレほいほい』は客の手に取られ買い物篭に納められていった。
そしてナノも他の客に負けじと両手に『魔道具おトイレほいほい』を掴んでいた。
イルマがガンクを引き連れてやって来た。
「何をやっている。
まったく、ナノも買わされたのか?」
「イルマは女子のおトイレ事情なんか分かんないでしょ。これは必須アイテムなのよ。
ガンクは何を買うの?」
「俺は『いつでも簡単焼肉ごっこ』だ。
これ凄いだろ、獲物を捕らえて瞬時に丸焼きに調理出来るんだぜ」
「うーん? なんか平凡」
「なに?
火力調整まで出来て二千デルだぞ。こんな便利な道具が何で分かんねーかな」
「衝動買いはよしてほしいところだが、まぁいい。お前らしっかり自分の金で払えよ」
オレ達は金持ちになったから、千デルも二千デルでももはや大した金額じゃない。
イルマは、「け、問題無いぜ」、とか「イルマには使わせてあげないよーだ」とか言われて憤慨しているようだけれど。
イルマだけは目付きが鋭過ぎた為か彼だけ店員に話し掛けられはしなかった。だからそのことも彼のご機嫌ななめな状態に影響しているのかもな、とオレは推測した。
店内は目に付く点では店員の中に獣人は見られなかった。
やっぱり厨房の中にいるコック達が怪しいのかな。
会計を済ませて、二階に上がる階段を登ろうとした時に階段奥にある事務所の扉の奥の方からオレの耳に声が届いた。
「もう嫌だ。私お家に帰りたい」
「帝国に戻っても職に溢れて困窮するだけだ。
もう少しの辛抱だ、頑張ろう」
「ずっとそれよ。
いつまでこんな所で働かなきゃいけないの? 私、もう手がボロボロよ。毛もむしられて酷い有り様なの」
「なんとか我慢してくれ。みんな必死で耐えて働いてるんだから。
金を貯めて、自力でここから抜け出せるまでの辛抱なんだ」
悲痛な泣き声の混ざった女の声と、その彼女を説得して励まそうとする男の声のようだった。
「どうしたランド? 早く二階に行くぞ。
……何かあったのか?」
立ち止まり耳を動かしているオレにガンクが声を掛けてきた。
ガンク、やっぱり獣人達がここで不遇な労働状況で働かされているみたいだぞ。
オレの様子にしばらくの間ガンクも奥の事務所の方を睨んでいたものの、彼の耳には何も聞こえはしなかったようだ。
「先に行ってるからな」
二階の武具防具類店への階段を上がっていくガンク。オレもその後に続いた。




