88.クーレントさんは語る
「そうですか……、ガロットくんは元気に、幸せに暮らしているんですね。
本当に良かった」
取り出したハンカチを目元にあて涙を拭うクーレントさん。
そう言えば、ナノはローブの袖で涙を拭っていたなと思い出した。クーレントさんの方がナノより女性的な感じに見受けられた。
とっぷり日も沈み、オレ達はクーレントさんの工房の二階の自室にお邪魔していた。
ガロットさんが話してくれた、ガロットさんがミューネさんと駆け落ちしてからオレ達がドワーフの街ドウォルフを出発するまでの経緯をクーレントさんの晩酌に付き合う格好で話をしている。
ドワーフ族は酒をがぼがぼと大量に飲む大酒家というイメージがある。けれど、クーレントさんは今のところ摂った酒より瞳から溢れ落ちた涙の方が量としては多そうだった。
「私がガロットくんに、好きならば想いを伝えた方がいいんじゃないか、と提案したばかりに、もしかしたらそれが彼らにとっては結果的に苛酷な運命の引き金になってしまったのかもしれない、と嘆きました。安易に助言した自分を呪っていました」
「そんな……。
だって二人は好き合って結ばれたんでしょ? クーレントさんがそんなふうに考えることなんてないよ」
ナノが、「クーレントさんは正しいことをしたよ」と続けた。
クーレントさんはその言葉にまた沢山の涙を作った。
「……ありがとうございます。
チューリットちゃんというお子さんにも恵まれて……。
本当に良かった。安心しましたよ」
ガロットさん達家族は苦労しながらドウォルフまでたどり着きひっそりと控え目な生活をしていた様子だった。オレ達が霊獣玄武を討ったことで、幾分ドウォルフの街の住人に受け入れられたんじゃないかとオレは思う。
けれどクーレントさんの方も突然街から離れ出て行くことになった弟子を心配して、長い間その身を案じ続けていたようだ。
「すみません。歳をとると涙脆くなって敵いません。
いや本当に、久し振りに満たされた気分になることが出来ました。ありがとうございます」
舟を漕ぎ始めたナノはクーレントさんに寝室を借りて先に休んでいる。
オレ専用の毛布を床に敷いてもらい、ガンク達とクーレントさんの話にオレは丸くなりながら下から聞き耳を立てていた。
「最近はだいぶ落ち着いていますね。
いえ、落ち込んできていると言っても過言ではありません」
仄暗い目をして杯を傾けるクーレントさんは、「見栄を張っても仕方無いですしね」と薄ら笑いする。
「俺達は大三都市警備隊のアーネット隊長から伺って来たんだけど、部下から評判が良いって話していましたよ」
「ああ、アーネットガーネットさんですね、存じていますよ。
喜ばしいですね、それは」
イルマが仕事の状況を訊ねた。
「武器の製作依頼は安定していますよ。ですが、最盛期と比ぶべくもありません。現在は完全に受注製作のみにしていますから」
ガンクが曖昧な表情をしていると横でイルマが、「何か原因でも?」と訊ねた。
「時代は剣や槍などから銃器へと移行が進んでいるようです。昔からその傾向は強かったのですが近頃は顕著です。
私がこのメールプマインに店を開いた頃はアーバイン王国国内よりむしろ帝国領の顧客が多く、寝る間もない程に多忙でした。それこそ、猫の手も借りたい程に」
耳を向け話を聞いていたオレの方をちらりと見て、クーレントさんと目が合う。少しくすぐったい思いをしていると彼は穏和に微笑んだ。
イルマが、オレ達が観光地デスピアーク近くの海賊の港で魔導ロボットと闘った話を伝える。
「凄まじいですね、いえ恐ろしい。
銃は簡単なようでとても扱いが難しいものですが、それをロボットに取り付けるとは。かなり昔から機械化の構想を練り、取り組んでいたことが窺えます」
クーレントさんは沈痛な面持ちのまま続ける。
「帝国ではかなり昔から機械化というものに取り組んでいる様子なのですね。
貴殿方が闘われたその魔導ロボットは、おそらく海賊が帝国から略奪したものか、考え難いですが巨額を支払い購入したものかどちらかでしょう」
「そうなのか」
「ええ。この国に魔導ロボットを製造する技術はありません。
私は職業柄、どうしてもオートメーションというものに納得出来はしませんが、例え程度の低い間に合わせのような武器であっても鍛冶職人の手を使わず機械を動かして大量生産出来る構造を生んだ帝国は、筆舌に尽くし難いですね。
もっとも、その恩恵は計り知れず、戦争の為だけじゃなく機械化は様々な産業へ浸透しているようです。そこで生活を営む人々の暮らしも劇的に変化したと聞き及びます」
人々の生活水準は高くなったと同時に、単純作業をして生計を立てていた人々が機械に職を奪われ始めているという。例えばそれは手織り機を動かす労働者などだ。
「帝国はアーバイン王国より随分と進んでいるんだな」
「向こうは絶えず南からの魔族軍との領土権を争っていますからね。ずっと大規模な戦争が無いこの国とは発展の度合いが違います。
ですが南に注力せざるを得ない以上、北側のこの国に攻め込んでは来ませんので助かっていますけどね。帝国に国境を越えて攻め入れられればアーバイン王国はひとたまりもないでしょうから」
イルマは非常に重要で肝心なことを聞いたとクーレントさんの話に興味深く頷いている。一方、ガンクは睡魔に襲われているようだ。
「そうか、機械化と発展か。
これまでと戦いの様相は変容しそうだな」
「間違いなくそうなるでしょうね。剣を構えたり、魔法詠唱をしている間に離れた位置からズドン、ってね」
クーレントさんが銃を撃つ仕草をした。
「これまでは武器や生活物資を求めて多くの帝国兵がメールプマインに訪れていました。近頃はそれがだいぶ少ない。
機械に職を代わり獲られた獣人達が水面下でメールプマインへ流入しているようです」
「何? アーバイン王国は言い方は悪いが人間至上主義だ。奴隷的立場の者ならともかくとして、規制しているのではないか?」
「彼らは奴隷では勿論ないですよ。従者として隊商に付いてきて逃げる格好でそのままこの地に住み着く者が多くを占めていますが、最近は帝国側から食いぶちを求めて率先して潜り込んで来ています」
イルマの目が細くクーレントを捉える。
「随分と詳しそうだな」
クーレントさんは一瞬躊躇うような素振りを見せた。
「……そんなことはありませんよ。
そうだ、向かいの通りに四階建てのビルがあるのですが、ご存知無いですか? 一階が食料品店になっているビルです」
「さて、俺は知らんが、もしやナノが見ていたビルかもな。それがどうした?」
間違いなくそのビルのことだよ。なんだろう。
「あのビルには多数の獣人が働いています。いや、無理矢理に働かされています。
もし何か少しでも気になることがあれば、見に行かれたらどうでしょうか」
嫌でも気になる言い方をするクーレントさんをつぶさに窺い見て観察するイルマだ。
「……考えてみるとしよう」
クーレントさんは含みを持たせながらも柔らかい笑顔を見せた。
「ええ。
さて、もう遅いですから寝ることにしましょう。
ほら、ガンクくんも座りながら寝るよりも横になって寝た方が休まりますから」
いつの間にかガンクは寝落ちしちゃっていたんだな。
消灯された暗い部屋の中で、オレは食料品店で働く獣人のことを考えていた。
多分、一階の食料品店の厨房で酷い扱いをされながら弁当の調理を行っていたのが獣人だろう。そういえば、姿を人目に見させないような過剰な程の調理服を着させられていた。まるで防護服かとでも思うような。
気になるな。
これはぜひ明日行ってみよう。
そう考えながら眠りの中にオレは引き込まれていったのだった。




