87.メールプマイン第二番街を歩く
「投資かよ、凄いなお前ら」
アーネット隊長がこんがり焼き上がった鳥の丸焼きにナイフを突き刺しながら驚いて見せた。
オレ達は第一番街の換金所を出た後で、第二番街にあるアーネット隊長お勧めの料理屋に足を運ぶことになった。
そこは安く、早く、美味い、という三拍子揃った料理屋だった。ランチタイムを外れた遅めの時間でも物凄い賑わいを奏でていた。
ナノがフォークに何回転も茹で麺を巻き付けて文句を言う。
「アタシは最後まで反対だったんだよ。だって、投資ってよく分かんなくて、お金の無駄遣いに思えたんだもん。よくガンクは納得したよね。
やっとアタシ達に巡ってきた幸運なんだから、食事にもお洋服にも使いたいじゃない。もちろん装備にも使わなきゃだし。そうでしょ?」
「まあな。だけど、高い金出さなくても美味い料理は食べれるぞ」
ナノに言いながらガンクは、「この肉最高じゃねーか」と牛の肉にかぶり付いている。
どうだ、安くて美味くて金要らずだろ、ともぐもぐしながら言っているようだ。
第一番街にも食事処はあったのだけれど、アーネット隊長が、「ここじゃあ食った気にならんから」という理由で第一番街の区域を出ることにしたのだ。食事内容がワイルドな冒険者向きではないらしい。
オレもそれには納得だ。
オレがナノに注文してもらったのは、魚の開きだ。
ワクワクして料理の到着を待っていると、香ばしく焼かれて甘辛く味付けされた大きな焼き魚が三匹出てきた。
ひと度、口に入れれば美味過ぎてたまらんのだ。
幸せだ。
食べるのを牛から馬へと肉チェンジしながらガンクが尋ねる。
「アーネット隊長はどうしたんだ?
別室でどんな提案されたんだよ」
「私も個人投資みたいなことを提案されたけどお断りした。お前らみたいに金を増やす目的ではないしな」
ナノが首を傾げる。
「え、お金が増えるの?」
「え、投資ってギャンブルじゃないのか?」
皆して解答を求めて、肉と野菜の炒め物を食べているイルマを見やった。
「ギャンブルではないが、似たものではあるな。
ラウルトンが言っていたろう、『信用が全て』だと。まぁ、信託みたいなものだな」
「分からんぞ」
手を止めてため息をつくイルマだ。
「俺達みたいな金を持つ出資者からその金を預かり運用させることで、発生したその利益が俺達に還元されるのだ。何度も説明したろう?
俺はラウルトンの短時間の調査能力とその精度に彼のその卓越した手腕と才覚を感じたのだ。
博打の類と大きく異なる点はここだな。金を提供した者が提供された者の実力を信用して任せるということだ。運や確率などに頼る博打と違い、運任せではない」
「じゃあ、それは金が増える見込みが高いってことなんだろ?」
「どうだかな」
「おい!」
ガンクが、「大金なんだぞ」と掴んだイルマの肩を揺さぶるけど彼はどこ吹く風の知らん顔だ。
棚ぼたで手にしたもの程執着が強いってこともあるけど、元々は海賊が集めた宝をオレ達は入手したんだし、手元から失っていったとしてもオレは全く気にしないけれどな。
ガンクやナノは違うのかな。
そんな様子をニヤつきながら眺めてアーネット隊長が笑った。
「でだけど、私が選択したのは堅実な一手の貯金だ。いざという時に助かるだろ?
隊員の中には貧しい奴も多いからな。金銭面でもしもの場合には私が手を差し伸べてやることも出来るしな」
「あら、素敵な隊長さんじゃないの」
見直したと言わんばかりにナノがアーネット隊長を持ち上げる。ガンクもそれに続く。
「よっ、アーネット隊長!」
「アハハ、照れるじゃねーか。いいぞ、もっと褒めてくれて。
よーし。今回は私の奢りだ。お前らに付いて行って獲得した財産だしな。
ほら全員好きなだけ食え、もっともっと注文して構わんぞ。
イルマ、何チマチマ食ってる、男ならガッツリいけ!
ランドもだ。おい店主、鯨の丸焼きはメニューに無いのか。デカイやつをこの席に持ってこい」
さすがにオレでも鯨を丸ごとなんて食べられないよ!
はち切れそうなくらいに膨らんだ腹を抱えながら店を出たオレ達。こんなに苦しくなる程食事したのはいつ以来だろう。
支払いを済ませたアーネット隊長が顔を上げた。空はまだ青く澄み渡りながらもゆっくりと暗くなり始めていた。
「私はこれから第三番街に戻る。今回申請した休暇を超えそうで部下が心配だから早々に戻らんとな。
お前らはこれからどうするんだ?」
「俺達は、そうだな……、ガロットさんの師匠の店に顔出してみるか」
ナノが手を叩く。
「あっ、クーレントさんの店ね」
「クーレント?
ああ、第二番街にある武器工房のことだな。
いいぞ、あそこは名店と聞く。剣や槍とは私は無縁だけど、あの店の武具を愛用している部下からの評判は高いぞ」
「そうか、そりゃあ楽しみだ」
料理屋の前の通りは激しく人が行き交っている。
夕食の買い出しに向かう主婦達や子連れの親子も歩いていれば、ビシッと仕事着を羽織ったビジネスマンに厳つい冒険者やとんがり帽子の魔法使い風の者まで通行人は様々だ。
クーレントさんの工房の場所を素早くメモ書きに記しアーネット隊長はオレ達と対面した。白い歯を見せ爽やかな笑顔が輝いて見えた。
「色々ありがとうな。また第三番街の隊所にも来いよ。歓迎するからな」
「ああ。必ずな。こちらこそ、ありがとう」
アーネット隊長とガンク達はガッチリと握手を交わしていき、オレはアーネット隊長の足元へ名残惜しくすり寄ると抱き上げられた。
オレの身体の感触を頬で堪能した後で言う。
「可愛いな、本当に。
なぁ、やっぱりうちの隊へ来ないか? ランドなら即戦力にもなれるし隊のマスコットキャラになってくれてもいいぞ」
「勘弁してくれよ」
「ランドちゃんは渡せないわ」
「俺達の仲間だ。勧誘するな」
うわぁ、みんなありがとう。
村から仲間に誘われた時には、オレのことを魔物呼ばわりして連行するとか言ってたのに。今ではしっかりと仲間として認められていて、嬉しいぞ。
アーネット隊長は目を細めて微笑む。
「そうか。
まぁ、半分くらい冗談だ。本気にするな」
半分も!?
「フフフ。悪かったな。ではまた会おう」
アーネット隊長につられて敬礼をビシッと決めて、オレ達は彼女と反対方向の道へと歩き出した。
「ありゃー、おかしいな。この辺りのはずなんだけどな」
「一本先の通りではないか?」
「アーネットさんざっくりとしか書かないんだから」
アーネット隊長に貰ったメモ書き通りに進んで来た筈なのに、目的地のクーレントさんの武器工房は皆目見当たらなかった。
見上げれば空には星がちらほら瞬き始めているのが分かる。時間的にも、店を開けているのか怪しくなってくる時間帯だ。
ふと反対側の軒先から大きな声が聞こえてきた。
「タイムセールタイムセール!
店頭に並んでる商品全品半額だよ!
安いよ安いよ!
ほらっ、そこの奥さん今が狙い目、早い者勝ちだよ!
ほらお兄さんも見ていきなって!」
閉店時間間近の食料品店の店頭で、店員の男がしきりに大声を張り上げ呼び込みをしていた。そこは人だかりが出来て大賑わいの様子だ。
近寄って見てみると売っているのは弁当のようだ。仕事帰りの客を捕まえて盛んに売り込みをかけていた。
店の奥では厨房が見えて、閉店間際だというのにフル回転で弁当をこさえていた。
活気があっていいな。オレはまだ腹がいっぱいだから弁当を食べるような食欲は無いけれど。
店頭の男が厨房へ怒鳴るような声を張り上げる。
「オイ、まだまだ客が引かねぇうちはじゃんじゃん作ってろよ。ぶっ倒れても作り続けろ。いいな?
あっ、お客さんらっしゃい、まだまだあるから買ってってくれ、全部出来立てだから美味いよー!」
手を叩きながら集客する店頭の男だ。弁当は飛ぶように売れていっている。店頭の弁当売場だけじゃなく店内の方も人でごった返しの状況だ。
でも締め切った厨房の中の方は相当な温度だろうな。
焼き物に揚げ物に蒸し物調理の熱地獄で、全身に真っ白な調理服を着込んだコック達の動きは鈍くなっている。
それにしても、なんであんなに過剰なくらいに着込んでいるんだろう。エプロンでも十分に感じるんだけれどな。まるで調理服の中身を隠しでもしているような過度な着用だ。
「遅ぇぞ揚げ物切れてんぞ! ノロノロしてんじゃねぇテメーを油に突っ込むぞ」
聞いていると随分と物騒な物言いだし。
これでは中のコックさん達が可哀想に感じてしまう。
そうして食料品店の方を眺めていると、ナノが声をかけてきた。
「ランドちゃん、場所分かったって。あっちあっち。
お弁当の安売りか。気になるの?
ん? ランドちゃんのお腹はもしかして無尽蔵?」
そんなことないぞ。オレの腹はまだ食い過ぎのパンパンだ。
ナノが食料品店の上を見る。
「へー。だいぶ繁盛してるお店だね。
二階と三階は……、あっ、ここでも武器扱ってるんだ」
この食料品店は四階建てのビルになっていた。
ナノが読み上げると、二階は武器防具店で三階は魔具魔道具よろず取り扱いと書いてあるようだ。
四階についてはナノは何も言わなかったけれど、四階の壁には肌の露出が多いお姉さんが体をくねらせている絵が描かれていた。
ナノが不審なものでも見るように建物を眺めていると、そこに店頭の男が声をかけてきた。
「なぁなぁ、そこの青いローブのおねーちゃんもどうだい、見ていってくれよ!
今しがた焼いたばっかの焼き立て牛肉はどうだい。美人には半額にするよ!」
「美人だって。……嬉しいけどね、間に合ってまーす」
「そうかいそうかい。
じゃあこっちの魚はどうだい揚げたてだ。持ってけ泥棒、半額だよ!」
おいでおいでする店員にナノは口を尖らせる。
「だからいらないって言ってんでしょ」
「おっ、怖いね。怒ったら可愛い顔が台無しだ。
そんなねーちゃんにはサービスだ。取れ立て新鮮じゃがいも付けて、合わせてやっぱり半額だ、焼きそば買ってきな!」
足元に転がり落ちていたじゃがいもを焼きそばに添えてナノに突き出した店頭の男。
ナノは顔をしかめて、「ちょっとヤバイねここ」とオレに囁いた。
顔を歪めて離れて行くナノに付いてオレもそこを離れて行くと、後ろからオレ達にも聞こえる大きさで、「けっ、冷やかしかよしょうもねえブスだ」と声が届いた。
なんて口の悪い店員だ。
業種は全く別だけど、第一番街で会ったラウルトンさんとはかけ離れているぞ。
道の先でオレ達を待っていたガンクが、待ちわびたという格好で待機していた。
「ったく、どこほっつき歩いてんだよ。クーレントさんの店が閉まっちまうだろ」
「うっさいな、美人だって言われてたのよ」
「何怒ってんだよ」
ガンクに八つ当たりするナノだ。
クーレントさんの店はすぐ近くにあったようだ。さっきまでいた食料品店の入ったビルからも見える位置に小さく店を構えていた。
そして、どうやらまだ閉店前のようだった。
店のドアを開き中に入ると、こざっぱりした店内にちらほら剣や弓に槍などの武器が置かれていた。それはどちらかと言えば室内のアクセントに飾ってあると言った方が的を得ているというような具合だ。
飾ってある武器類を見ていると、上背のある中性的な容姿の男性が店の奥から姿を現した。
「いらっしゃいませ。
せっかくですけれど、もう今日は閉店なんです」
オレ達の前にやって来て、細い腕を交差させて手を重ねる。そしてにっこりと微笑む顔は安心感を与えてくれるものだった。
前に進み、目の前の彼を観察しながら挨拶するガンクだ。
「こんばんわ。貴方がクーレントさんですか?」
「ええ。
……ええっと、私に何か用事でも?」
少々の狼狽を見せながらクーレントさんは訊ね、やはり柔らかく微笑んだ。




