86.投資
イルマが指差した。
「ここではないか?」
「おっ、そうそう。流石だな」
第三番街の換金所が質実剛健な雰囲気ならば、ここは気品と格調の高い佇まいといった換金所だった。
歴史を感じさせる扉を抜けて、受付にいた美人のお姉さんに身分証と来訪目的を確認された後、オレ達は奥の小部屋へ案内された。
簡素ながら質感のいい座布団に腰をつき担当者を待つ。横の庭では小石が川の流れを形成するように敷き詰められ、岩や緑を纏った木々が絶妙な具合で配されている。部屋からの眺めは完璧に計算された上での素晴らしい景色のようだ。
引き戸を開けて入室してきたのは眼鏡をかけた中年の男性だった。
これでもかというくらい背筋がピンとして、歩くその姿からオレ達の前へ来て挨拶するまでの所作を思わず美しいと感じてしまうような洗練された動きだった。
「初めまして。私、ラウルトンと申します。
アーネットガーネット様に、冒険者ガンク組の皆様ですね?」
「ええ」
「ああ」
アーネット隊長が答え、オレ達の方は代表してイルマが話す。いつもの交渉スタイルだ。
二人ともラウルトンと名乗った男につられて物凄く姿勢がよくなってしまっている。
「僭越ながら皆様方の経緯等、先だって調べさせて頂きました。
おおよそではありますが、現在の貨幣への換金額を記載したものを作成致しました。こちらはその内訳書と、調査を致しましたので皆様方のその調査内容を記したものとの二点です」
「随分と用意がいいんだな?」
イルマが訝しむ。
どうやら、それは第三番街の換金所の情報や冒険者ギルドから得たものなのか、はたまた独自の情報網からなのか、オレ達の資産と呼べるものまで網羅した内訳書だった。
渡された書類に目を走らす程にイルマの顔が険しくなっているようだ。
アーネット隊長の方は、歯軋りして書類を持つ手が震えている。
ラウルトンさんはかなり正確な予想取引額を記載した用紙を提示したらしいけれど……。
顔に汗を浮かべながら、イルマが手にしたその紙を机に置いた。
「一ついいか。なぜこれ程に具体的な額を把握している?
それよりも、俺のこの身辺調査書だが。これほどまでの把握……、貴所の実力の程を認めるしかないものだ。しかもこの短時間で。これは貴殿が作られたのか?」
「はい」
イルマはラウルトンさんの様子を窺っているようだ。
誰も何も言わないまましばしの時が流れ、沈黙がシックでモダンな落ち着きのある部屋に定着し始めた頃、イルマが口を開いた。
「貴様、何者だ?
どうやって俺しか知り得ぬ情報を把握した?」
イルマが体をほんの少しずらし体勢を変えた。臨戦態勢をとったのだ、とオレには判った。
個人的な深い内情を相手に全知されてしまっているのだ。怒気を纏うのも仕方無い。
ポーカーフェイスなのかそれが自然なのか、ラウルトンさんはイルマのどけのある物言いにも全く動じない。仮にも伝説的な魔物を討ち果たした冒険者メンバーに対してだ。
ただ少し口元を緩めたその様子は絶対的な上位者を意識させるに十分なものだった。
オレはこの人が怖い、と直感した。腕力勝負の実戦の戦いの場では勝てるかもしれない。
けれど、オレはどんな手段を使ってもまるでこの人に歯が立たないような雰囲気を感じ取った。
ラウルトンさんは極めて自然な様子で話し始めた。
「それら全て当所の機密にあたりますので詳しくはお話すること敵いませんが、ただ一つ言うなれば、私共だからこそ可能とだけ……。
如何致しましょう?」
思考を巡らした後、イルマが息を吐き天井へ顔を向けた。
「ラウルトンといったな、貴殿とは懇意にしたい。どうか一つよろしく頼む」
「……私も、よろしくお願いします」
イルマとアーネット隊長が深々と頭を下げた。
イルマもアーネット隊長もオレが感じ取ったのと同じ雰囲気をラウルトンさんから察知したのかな。
「おい、イルマ。勝手に話を進めるなよ」
噛みついたガンクにイルマがラウルトンさんから渡された用紙を見せた。
「なっ、なんでこんな誰にも言ってねーようなことまで書いてあんだよ」
「はっ? どういうこと?
ちょっとガンク、アタシにも見せて!」
用紙を見て言葉が出ない二人だ。顔は青ざめてしまっている。やっぱり相当な秘密までもが記されているようだな。
オレもその用紙を覗き見たけれど、ガンクやナノの欄には全て空白になっていた。なんだろう?
自分の『ランド様』と書いてある欄には文字が沢山記されているけれど、オレにはやはり文字は読むことは出来なかった。こんなにもいっぱい、何が書いてあるんだろう?
気になるなー。気になるけど、読めないからどうしようもないよなー。
「個人に係わる事柄に関しては当人様でしか判読不能となるようにご配慮してあります。
それでは、この度のご契約誠にありがとうございます。
早速ではありますが、まずはアーネット様の換金の手続きへ参らせていただきます。
アーネット様、宜しいでしょうか?」
ラウルトンさんはお辞儀をして、石のように固まり絶句中のガンク達に素敵な微笑を浮かべたのだった。
引き戸が音もなく開き素敵な声と笑顔の美女が二人入室してきた。一人はアーネット隊長の手を取り彼女を別室に連れていった。オレ達はそんな不思議な光景を眺めた後、もう一人の美女が湯飲み茶碗を机に並べ急須から茶を注ぐ仕草に目を惹き付けられた。
どうしよう、熱いお茶だ。おれ猫舌だから飲めないや。
そう思い嘆いていたら、オレには冷茶が同じ湯飲み茶碗に注がれ机の上に出された。
うーん。
この空気の中で舌で舐めて飲んでしまっていいのかな。
お茶を淹れてくれた美女は、「どうぞ」と微笑んでいるけれど……。
「麗しい……」
オレが飲む,飲まないの選択に悩んでいると突然、イルマが呟いた。
言った後で、思わず口から零れた言葉に非常に困惑した様子で顔が真っ赤になってしまっている。
こんなイルマ、なかなか見ないよ。珍しい!
それが面白くて、お茶を飲むのも忘れてイルマを眺める。
「ありがどうございます。失礼致します」
茶を注いだ美女は、淑やかにお辞儀をして退室していった。
ガンクはラウルトンさんが作成した内訳書とにらめっこしている。腑に落ちないという表情だ。
「なあ、オレにはこの投資っていうのがどうにも理解出来ないんだ。ちょっと説明してくれねーか?」
「勿論です」
投資?
そんなことが書いてあるのか?
ラウルトンさんがお茶で喉を潤した。
「解り易くお伝えすると致しましょう」
「頼む」
「ガンク様方がお手持ちの金塊などがありますね。実物を拝見しておりませんので推測ではありますが、およそ二千万デル程の価値を有する品です」
「……本当に二千万デルにもなるのか?」
「ええ。
それをガンク様方がこの先の冒険の軍資金へと回されるのでも構いません。同額を当所にてご用意致します。そちらの内訳書にある通りですね。
別プランの投資の項目では、その二千万を投資した場合の報酬モデルを予想し記載致しました。
この場合、投資とはガンク様方がこのメールプマインの都市へまたは第一番街に住む商人などが経営する組織あるいは活動団体へガンク様方の資金を預け、その運営に役立ててもらうことで預けられた側が得た利益の一部をガンク様方へ報酬として配分致します。
その場合、そちらの記載額は予想の一例ですので実際の額は大小流動します。ですので記載額を確言するものではございません。
今の説明でお分かりになりましたでしょうか?」
ガンクとナノは、ポカーンとしているな。
つまりは、信用してお金を預けて使ってもらって、預け先が儲かったら分け前をくれるってことだよね。 オレはわかったぞ!
頭を捻るガンク達にラウルトンさんとイルマが熱心に仕組みを教えていた。
「でもな、信用しろって言ってもだな。
無理があんだろ。今日初めて会ったばっかのあんたをどう信用出来るってんだ? それもこんな二千万デルなんつー大金をよ。
この細かい調査書だってあんたらを怪しいと感じない方が変だと俺は思うぜ」
ガンクが掴んだ書類を手の甲で打った。
「ごもっともなご意見です」
「アタシは投資なんかより服買ったり美味しいもの食べた方が素敵だと思う」
「それもよく理解致します」
ラウルトンさんはガンクとナノに対してあくまで余裕ある様子を崩さない。共感し、協調し、にっこり微笑む。
「今日の今日初めて顔を合わした私を不審に思われることは、重々承知です。ですのでガンク様方のご判断にお任せ致します。
ただ、私達は信用が全てでございます。信用なくして取引は成立も継続も致しません」
ラウルトンさんがガンクを見据える。毅然さや誠実さの主張というよりは、当然のことを述べているというような様子だ。
イルマはラウルトンさんに念を押した。
「メリットは報酬もそうだが、貴殿を見方に付けることが出来る、ひいてはこの街から協力を仰ぐことが出来る。
そういう解釈でいいんだな?」
「勿論です」
結局、最後まで反対を主張していたナノを説得して、海賊の港で入出した金塊などをこの街へ投資することとなった。
手持ちには少量を残し(少量とはいえ物凄い額だけど)、ラウルトンさんを信用して彼に預けることでお金やお金以外にも様々な利益を期待することになったオレ達ガンク組。
上手くいくかなー。
「私の方でも運用には多数ご配慮致します。残りのお手持ち分も、ガンク様方でこのメールプマインの街を見て回って頂き、ご投資されることをお勧め致します」
「もうそういうのは十分だ。せっかく手に入れた金が無くなっちまう」
手をひらひらさせてラウルトンさんを見るガンクだ。
投資は面白そうだけど、オレもナノが言うように美味しいものいっぱい食べたいから、これ以上他人に渡すのは嫌だよ。
そう言えばお腹減ったなー。




