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81.死体を弄ぶもの

 暗い洞窟の奥から鮮やかな黄色い塊が迫ってきていた。


 花?


 例えばマリーゴールドのような鮮烈な色彩の集団が遠く洞窟の奥の道から移動してくるようだ。


 こんな地下で綺麗だな。

 

 ……と思ったのも束の間、それは虫の大群だった。


 イルマが叫ぶ。


「軍隊ゲジゲジだ!

 毒を有し集団で襲われれば一環の終わりだ。弱点は……」

「もう近くまで来てるぞ。

 ナノ、魔法!

 ランド、出来たら突っ込め!」


 ガンクが、それどころじゃない、と指示を飛ばす。


 全身黄色や黄金色に発光しながら折り重なって迫り来るゲジゲジの大集団。


 移動速度も早く、一匹が小さめの傘くらいはある。

それが近くまで来るほど何百から何千本の足という足が不吉な音を立ててガサガサガサガサと気色悪く鳴っている。

 これは目にも耳にも大ダメージを受けそうだ。


 ガンクに指示を出されたナノは既に失神寸前で青ざめてしまい、立っているのも困難といった状況だな。


 アーネット隊長はというと、なんとかこらえて、「気を保て、ゲジなどどこにでもいる」とナノを支えている。

 けれど、内股になってしまって細かく震えているからたぶん戦えないだろう。屈強な男に対しては平然としていても、ナノ同様虫は苦手なのかもしれない。



 ガンクが剣を、イルマが弓を構える中、オレは襲来するゲジゲジ軍団に特攻していった。


 駆けながら魔力を身体に行き渡らせ高速で循環させる。


 オレは想像のままに創造する。


 イメージはオレから伸びる楕円形の力場だけど、上手く出来るかな。


 発生した力場にゲジゲジ軍団が浸入してきた。ワユビュリュの森で狼に使った対複数戦の技を頭に思い描く。


 体毛を伸ばして硬質化を施し、今回は数が多いからさらに連射して飛ばすイメージを頭の中に作る。


 いくぞ、キャットニードルラピッドファイア!


 黄色の波のように押し迫るゲジゲジ軍団に黒い毛の連射散弾が襲い掛かった。


 オレが雨のように飛ばした毛の一本一本は、一列目のゲジゲジを貫いて奥のゲジゲジにもさらに三列目へと貫通して飛んでいき、ゲジゲジの大軍団へ大きなダメージを与えられたようだ。


 早い話が見た目が気持ち悪いくらいで、そんなに強くなかったってことだけど。


「おーい。もういいぞ、ランド」


 ガンクの言葉にオレは攻撃の手を止めた。


 ゲジゲジの残骸を踏みしめて歩いていく。所々に転がる蜂の巣状になった胴体部からは粘液が出ていて、それが足に絡み付いておぞましい気分になる。


 そんな中でもアーネット隊長は目の輝きを取り戻しているな。虫は怖くてもやっつけてしまえば平気みたいだ。

 そして熱い瞳をオレへ向けてくるのだ。


「お前、うちの隊の守護獣にならんか?」


 嫌だ。オレはガンク組のメンバーだぞ。


 熱心に勧誘してくるアーネット隊長の足に尻尾をべしべしと打ち付けながら先へと進む。


 その後も幾度か虫系の魔物を問題無く倒しながら、カビ臭くてじめじめした洞窟の一本道を奥へ奥へと進んでいった。







 ーー、ん?


 なんだろう、この感じ。


 

 テントの中ではイルマ,ナノ、アーネット隊長が睡眠をとっている。特にナノはぐっすり夢の中のようだ。アーネット隊長は豪快な体勢でいびきをかいている。


 ガンクがまだ見張りの時間だな。次の番はオレだけれど。


 毛布の中で丸まったまま耳だけ注意深く動かして外の気配を探っていると、イルマがのそりと起き上がった。

 イルマも怪しい気配を感じ取ったみたいだ。


「ランド。

 大方魔物だろうが、少しばかり厄介な相手の恐れがある」


 オレもそんな気がするぞ。


「ガンクだけでは心許ないか。見張り交代前にすまないが、様子を窺いに出るぞ」


 目配せした後でテントの外に出たイルマ。オレもその後を追う。


 外の光景を見回してイルマが舌打ちした。テントの周囲を守る結界の先へ出ると、ツンと鼻を刺激する強烈な臭いに思わず顔をしかめた。


「チィッ! ガンクに加勢するぞ」


 テントが張ってある結界の少し離れた場所で、ガンクが一人で魔物に囲まれながら死体の山を築いていた。


 だけど……。


「わりぃ、なんとか俺一人で捌きたかったんだけどさ。どんどん湧いて現れるんだよ、助かったぜ」

「阿呆めが、すぐ知らせろ」


 そうだぞガンク。寝てるナノ達に遠慮したのは分かるけどな。


 ガンクは休息をとっているオレ達を気遣いながら非常に静かに魔物と戦っていた。聞こえてくるのは敵の動きの他にガンクの剣が立てる音くらいなものだ。


 しかし、気になるのはガンクが倒した敵の死体だった。切られて倒れた筈の魔物がしばらくその場で蠢き絶命する。

 たけど、その後でまた切られた部分はそのままに立ち上がって活動を再開しているのだ。


「これは、やはりゾンビだな」


 今ガンクに斬られて死体になった敵や最初から死体だった敵が入り乱れてガンクを取り囲んでいた。その中には、人間もいれば虫や動物に蝙蝠みたいな魔物も含まれているけれど、その全てが死体だ。


 鼻から入り脳を激しく混乱させるような強烈な腐敗臭や腐乱臭といった死の臭いが周囲一帯を満たしていた。


 ゾンビ化しているブラックワームや元建設作業員と思われる人間に大型の蝙蝠を、伸ばした爪で切り裂きガンクに近付いた。

 イルマが後ろから弓を乱射して壁に張り付いたナマコや蜘蛛に見た目の形容が困難になってしまっている敵を退けていく。


 どいつもこいつも全てがゾンビと化していた。


「これではキリがない。

 ガンク,ランド、死霊使いが何処かに潜んでいる筈だ。そやつを討たねば、延々と戦いを余儀なくされるぞ」


 ガンクが突然、嗚咽を漏らして緩慢な動きを始めてしまった。


「……が……、ア……ガ……」


 なんだ?

 どうしたガンク!?


 ガンクの不思議な動作に困惑しながらも、イルマの指示通りにオレはガンクの傍らを離れて、その死霊使いという奴を探し始めたのだけど。


 やっぱり、どうにもガンクの様子がおかしい。


 ガンクを観察していると、近寄る敵は剣で凪ぎ払いながら、頭だけぐるんぐるんと支えを無くしたみたいに揺れ動かし始めている。そのうちに覚束無い足取りでたたらを踏んでしまっているような不安定な状況だ。


 ガンク!

 しっかりしてくれよ、疲れちゃったなら後はオレに任せて休んでいてもいいから。


 胡乱な目をして揺れるガンクに肉薄した首なし建設作業員を突き飛ばしたオレは、真上からガンクの剣で切り裂かれそうになった。

 完全に無防備だったけれど、驚き、なんとか咄嗟に避けたもののその風圧だけで腹が大きく割かれて鮮血が飛び散った。


 どうしちゃったんだよ、ガンク!


 イルマが叫ぶ。


「駄目だランド、退け!」


 むやみやたらに、ガンクは付近の動くものに剣を振るっている。その目に光は無かった。


 血を滴らせて困惑しているオレ目掛けて二匹の蝙蝠が襲いかかって来た。オレはそれを身を翻して跳び避けると、蝙蝠たちはオレの流れ落ちた地面の血を舐め始めた。そこに頭だけの建設作業員の顔が転がって加わり、舌を伸ばして必死に啜っている。

 その横で発狂しながら苦し気に剣を振り回しているガンク。


 オレは言葉を失いつつ、寒気の走る光景を眺めざるを得なかった。


「もはや手遅れだ。仕方無い」


 手遅れって、仕方無いってどういうことだイルマ!

 そんな、まさか死んじゃったりしてないよな!?


 オレはその場にへたり込んで驚愕と悲しみにわなわな震えた。そうしていると、腹を中心にイルマに液体をぶっかけられた。


 イルマを見やる。


「聖水だ。

 完全にゾンビ化する前にガンクにもかけてやれ。これ以上の感染は食い止められる」


 どうやらガンクはゾンビ化した敵の攻撃からか強い死臭に当てられたかで状態異常を起こしてしまっていたようだ。

 完治するまでの間は力が半減してしまうという。


 イルマも聖水を浴び、アイテム袋から一本の矢を取り出した。


「『索敵の矢』だ。巧妙に目を眩ましているようだが、姿を見せろ」


 イルマが矢を射った。

 矢はゾンビ化した敵の群れを通り過ぎた先で曲がり、洞窟の壁の地面近くに刺さった。


キイィィィ!?


 鳴き声を上げ姿を現したのは一匹の鼠の魔物だ。前足が異様に長い汚ならしい灰色の毛に覆われている。目だけは血のように赤々してこちらを睨み付けていた。


「やはりネクロマウスか」


 なんだそのネクロマウスっていうのは。


「死霊術に長けた鼠の魔物だな。ネクロマウス自体は大したことはないが、ゾンビ化させる点とゾンビ化した輩を操作しうる点で非常に脅威だ。狡猾な魔物の一種だな。

 だが、姿を晒した時点で奴は終わりだ」


 イルマが素早い動きで矢を放ち、ネクロマウスの腹を串刺しにした。

 続けて矢は胸,頭と刺さっていきネクロマウスは絶命したようだ。


「さらに厄介なのが、ネクロマウスに操られていた敵はそのままゾンビ化したままということだ。全てに聖水をかけるほど潤沢ではないならな」


 オレは意識不明状態のガンクを壁際まで引き摺って運ぶと、蠢いているゾンビ化した魔物達を駆逐していった。

 幸い元から死んでいて動きが鈍かったものが、指令を与えていた死霊使いが死んだことでさらに動きが鈍重になりその動作には全く意志を感じられなかった。


 命を弄ばれ死してなお、意思の無い活動を強要されたその姿を見ていると、哀しみや慈愛のような感情がふつふつと湧いてきた。


 敵にこんな感情を抱いたのは初めてだった。


 ゾンビ化した魔物全てが倒れたものの、未だ洞窟の地面の上で蠢いている。

 オレは、報われない、と思った。


「大抵の場合ナノがやっていることだが、今はこいつを使うか」


 ナノはぐっすり夢の中だしな。


 イルマがゾンビ化した魔物を中心に三方向に水晶球を配置した。

 そして取り出した大きな赤い尾羽を放った。


「『不死鳥の羽根』よ、浄化の炎で焼き清めよ」


 投げ入れられた赤い尾羽が発火し三つの水晶球の中の範囲で赤く燃え始めた。

 それはやがて青色の炎に変わり、白色の炎に変わる頃にはゾンビ化した魔物達全ての動きが停止していた。


 それは鎮魂の儀式のようで、オレは少し泣きそうになった。

 涙の代わりに張り付いていた目元の目やにを前足で掻き落とす。


 イルマが水晶球を片付けながら言う。『不死鳥の羽根』は使い捨てアイテムの様で燃えて焼失してしまっている。


「さて、次の順番はランドだが、ガンクはああなっているしテントに運び入れるのも手間だ。

 オレも眠気は無いことだし、このまま俺達で見張りを再開するか」


 賛成だぞ。


 どこかさっぱりした表情のイルマの隣で丸まりながらオレは、夜が明けみんなが起きるのを待った。

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