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80.“忘れられた希望の崖”

 切り出た崖には、並んで人二人が十分に通行出来る階段が設けられていた。

 手摺なんか無いから、足を踏み外せば真下の海へドボンだ。強烈に海面に叩き付けられることになる。


 危険な階段を降りていくと、崖にぽっかりと大きく口を開けた状態で洞窟があった。小型の船が余裕をもって入れそうな広さがある。


 階段を降り滑る岩場を気を付けながら進んでいく。


 海水は下がっていて、海路の脇道は歩行に問題は無さそうだけれど、洞窟の天井部を見やると濡れて光を反射していた。表面はつるつるしているようだ。鍾乳石の類は無く、満潮時にはこの洞窟室内は海水で満たされてしまうのだろう。


 だんだんと道幅は狭くなっていき、突き当たると奧は船着き場だと思われるスペースが造られていた。建設資材を船で運び入れていたのかもしれない。


 その奥には重厚な門扉があり、洞窟の先を阻んでいた。

 表面のメッキが剥がれて中の銅板がだいぶ見えてしまっている。かなり腐食が進行しているようだ。



 アーネット隊長が鍵を取り出して門を開いた。


 イルマが訊く。


「よく錠前の鍵を持参しているな」

「鍵は申請を出せば誰でも手に入れられるからな。中にあるもう一つの扉の先まではこの鍵で通行可能だ。

 しかし、その先へは開発責任者しか通っていないと聞く。

 そいつはリゾート開発責任者である商人は既に死んでいるがな。だからそれ以上の通行は不可能とされている」

「道が分からねーのか」

「その通りだ。

 上手く転べば隠し扉から財宝見付けて一攫千金。そうでなきゃただの深夜の肝試しだ。

 悪くないだろ」

「へーい」


 ガンク達とアーネット隊長とは温度差を感じるな。





 門を抜けると、その中は家屋が何軒も建てられる程の広大な地下施設みたいになっていた。

 というより、家屋の土台となる基礎部分とみられる建築跡がそのまま残っていた。地下別荘を建設する途中で中止となり手付かずの状態で放棄されてしまっているようだ。


 その建築跡を通り過ぎて奥の扉へ進んでいく。


 アーネット隊長が鍵穴に鍵を差し込んだ。


「鍵があるのはここまでだ。

 ……ここは倉庫だな」


 中に入り内部を見渡した。


 壁板だとか梁に使う木材だとか様々な金具が散らばっていた。まるで誰かが引っ掻き回して調べた後のように。


 手に取った蝶番を興味無さそうに投げ捨てたアーネット隊長。


「ここではなさそうだな。

 何処かに、これより先へ繋がる道がある筈だ。それは巧妙に隠されている。

 お前ら冒険者だろう、ほら、何か閃くものは無いのか?」

「【探索魔法】でも何も引っ掛からんな」

「本当にお宝あるのかよ」

「もう帰りたい」


 みんな思い思い言ってるな。


 オレも自慢の鼻を鳴らして調べてみても、うっすらと潮の香りが漂っているだけだ。それに微かだけど前訪問者と思われる臭いが残っている。他には生物の物音すら感じられない。


「泣き言は許さんぞ。見つかるまで探せ」


 半ばムキになってしまっているアーネット隊長に、仕方無く従って付近を隈無く捜索するオレ達。


 うーん。

 オレ達は慰労に来たんじゃなかったっけなぁ……。





 しばらく探しても全く進展は見られなかった。


 アーネット隊長によれば、同じ様に考えた者は他にも大勢いてその全員がこの先に通じる通路を発見出来ずにメールプマインへ引き返しているらしい。


 誰もが見付けられなかったっていうのに、簡単なことじゃないよなぁ。


 でも、不平不満を言えば、「お前ら霊獣討伐パーティだろうが!」と理不尽な叱責を受けるのだ。


 知らないよ。


 オレも、ナノと同じく早く帰ってぐっすり寝たくなってきた。




 あくびしながら後ろ足で首元を掻いていると、ナノの姿が見当たらなくなっていることに気付いた。


 別荘建築跡から外の洞窟に戻ると、ナノが壁にもたれ掛かかり、杖に頭を預けて一人眠ってしまっていた。


 中の建築跡はイルマのランタンの魔道具で明るく照らされているけれど、そこから外のナノがいる辺りは真っ暗だ。


 よく女の子一人でこんな洞窟の暗闇の中で平然と寝ていられるなと感心しながら、足でナノの肩を揺すって起こしてやった。


 あ、しまった。


 ナノの頭がガクン、とズレて、船着き場の海の下にナノの杖が転がり落ちた。


「……ん、ランドちゃん起こさないでよ」


 寝足りず恨めしそうなナノを放って直ぐ様海中に飛び込んだ。


 どうしよう。真っ暗で何も見えないし結構深いや……。


 海底を歩きながら探していると妙な出っぱりにぶつかった。ちょうど一人掛けの椅子くらいの不自然な立方体の上に、鉄製の輪っかが付いていた。


 何だろう、これ。


 船を繋ぎ止める為の固定金具かな?


 ……というよりは、この輪っかを引っ張ったら何か起こりそうだな。


 いやたぶん、きっとこれだ!


 その近くにナノの杖が落ちていたから、口にくわえて拾うと急いで浮き上がった。




 それからが大変だった。


 オレは口で伝えて説明出来ない分、怪しい輪っかをどうみんなに教えればいいか悩むことになったけれど、結局ガンクを呼びに行くことにした。

 

 ガンクを海に突き落とすことで先の道が拓けたのだ。


 海中で調査しているガンクを何度か蹴って沈めながら、アーネット隊長がペロリと舌舐めずりした。


「さて、鬼が出るか蛇が出るか」


 瞳を爛々と輝かせるアーネット隊長は、どちらかというと冒険者向きだと思える。




 ガンクが輪っかを引くと、上ではからくりが作動する音が洞窟に響き、建設途中の別荘の基礎の地面がせり上がっていき、ゆっくりとそこに暗い地下通路が現れた。降りるための梯子も用意されている。


「解せん。【探索魔法】では地下を検知出来んかったのだが。

 ……商人か。隠匿する道具か魔法を使っていたのかもな」


 プライドを傷付けられグチグチぼやくイルマを無視して先に進むオレ達。


 長期間人の侵入を許していない地下空洞は空気が重く、潮とカビみたいな嫌な臭いが充満していた。


 それに、空気の震えがヒゲに伝わってくる。奥には間違いなく、何かがいるのが分かった。


 なぁ、イルマ?


「ふむ、何かいるな。

 全員戦闘態勢、注意を怠るなよ」


 オレがイルマを見つめると、彼は察して愚痴るのを中断し【感知魔法】を使ってくれたようだ。


 そしてイルマがいつもの調子に戻ると、今度は隊長気質ナンバーワンのアーネット隊長がイルマの発言に、「指示の先を越された」と憤慨し始めた。


 やがて気を取り直したアーネット隊長が首を傾げた。


「……おかしいな。私の読みでは金持ち商人の隠し財産がてんこ盛りで転がっている筈なのだが」

「裏付け取ってなかったのかよ」

「これって、富裕層のお金の隠し場所ってよりも、ヤバめのダンジョンみたいな感じよね」


 ガンクとナノがアーネット隊長をじっとり睨んだ。


「知るかんなもん。裏付けも何も噂だけで、何の情報も無いんだよ」


 アーネット隊長が警備隊を束ねる隊長とは思えない適当発言をし始めた。まるで下っ端兵隊が仕入れてきた曖昧な情報の言い訳をするみたいに。


 イルマが訊ねた。


「噂とは?」

「観光地デスピアーク、通称“忘れられた希望の崖”だが、そう呼ばれるようになった所以が二つある。

 一つの説は、計画を立ち上げて実行した商人が、ここをリゾート地とする建設途中でその困難さと得られる利益を試算した結果、莫大な資産を投じることを中止して彼の資金の隠し場所に鞍替えしてしまったという説だ。

 この説では、リゾート計画と商人の行方が”忘れられた希望“にあたる。まぁ、金銀財宝の噂だな」

「ふむ」


 イルマも誰も何も言わないので、アーネット隊長が続けた。


「もう一つの説には、先の説を含むものではある。

 この地に予め何か別の施設か遺跡があり、別荘地の併設か軍事用途も包括する拠点の建設だったのではないかとされる説だ。

 最初に発見した商人が先の説とは異質の何かに巻き込まれてしまい、計画もろとも海の藻屑となっってしまった、というこちらは生々しくもある際どい噂だな。

 言っておくが、どちらも尾ひれの付いた噂だからな」


 イルマが今度は全員に訊ねた。


「なるほどな。

 どうする? 引き返すなら今だぞ。我々の準備は入念とは言えぬ。元々戯れ言が始まりだ。そう闇雲に進むべきでもなかろう」


 立ち止まり、全員でしばらく考え込む。





 考えていても何も始まらないと思うんだけどな。


 前から何か黄色いのがいっぱい来ているし。


「む、全員臨戦態勢だ!」


 敵の襲来を察知したイルマが叫んだ。

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