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79.観光地デスピアークの温泉に浸かりながら

 とっぷりと日も落ち、満点の星空の下で海を眺めながら温泉に浸かるオレ達。


 こりゃ最高の贅沢だなぁ。




 ガンマリヤでも夜空の星を見ながら岩場の露天温泉に浸かったことを思い出す。


 ガンマリヤの岩石温泉は熱かったけれど、ここデスピアークの天然温泉は、打ち寄せる海水が混ざり込んでくる分だけ温度はやや低めだ。

 だからねこのオレでも気を楽にして入泉出来る。


 とはいえ、正午くらいから海にほとんど浸かりっぱなしで体がふやけそうだけれど。でもたまにはそんな一日もいいかもしれない。




「ふいぃ~。気ん持ちいぃ~」

「ちょっとぬるいけどね」

「わがまま言うなよ。ここは美肌効果が高いと噂される温泉なんだぞ」


 アーネット隊長が観光地デスピアークの温泉の素晴らしさの力説を始めた。

 肌の保湿効果や神経痛や筋肉痛、内蔵の機能にも効果覿面ということらしい。


 オレは湯に浸かり濡れた前足を舐めてみた。湯のその塩気に顔を歪めて舌をぴろぴろさせる。


 しょっぱい。


 ナノが、「飲めないでしょ」と笑い、オレの頭に小さくたたんだハンドタオルを乗せてくれた。


 そしてオレの全体像を色々な角度から眺めては何やら納得いったという顔をして、うんうんと頷き、「似合う、カワイイ」と頬を染めているけれど。


 どういう意味だよ。

 ねこが頭にタオルを乗せて湯船に浸かっていることが、それほど可愛らしいものなのかな。


 見れば、ナノもガンクも皆が頭にタオルを乗せて寛いだ様子だ。


 まあいいか。みんなとお揃いだから嬉しい。





 イルマが尋ねた。


「しかしアーネット隊長、よくこれ程の穴場を俺達だけで独占できたな。誰か別の客がいても不思議に感じぬ程の良質の場所だが」

「ふふん、それはそうだろう。しっかり根回ししておいたからな」


 ニィと、口の端を吊り上げアーネット隊長が笑う。


 彼女によると、元からメールプマイン第三番街のスラム地区が粗方落ち着いた時点でこの観光地デスピアークへ向かう事を検討していたようだ。


 通常ならばこの地の人気は低いながらも観光スポットでもあるので、数人くらい他の観光者や温泉目的の入浴者がいるものらしい。

 けれど、彼女の都市警備隊隊長の権限を使って規制をかけているために他に客はいないのだ。


 ……いいのかな。


「おいおい。そんなことまでして、また俺達に何かさせようっていう魂胆じゃねーだろーな?」


 ガンクが訝しげにアーネット隊長を見た。

 借りを作らされて危ない橋を渡らされた事が前に何度もあったからな。


 演技派のアーネット隊長は、しまった、という顔だ。


「見抜かれたか」

「マジかよ」

「ハハハ、冗談だ。心配するな、私がゆっくり骨休めしたかっただけだ」


 良かった。止まっていた空気が動き始めたぞ。


「じゃあ、アタシ達に同行するんじゃなくてアーネットさん独りで来るか、警備隊の人と来ればいいじゃんか」


 ナノがバスタオルの結び目を整えながら言う。さっきから結構強めの波が打ち寄せてくるのだ。


 ナノだけはアーネット隊長のことをさん付けて呼べるんだよな。


「そう邪険にしてくれるな。泣いちゃうぞ」

「あんたが泣くようなタマかよ、そんな姿がもしあるなら是非見てみたいぜ」


 ガンクがけしかけた途端に、アーネット隊長はぼろぼろと大粒の涙を溢し始めた。淵の岩石に寄りかかり可憐な目付きとしおらしい仕草で、「ひどい……」と呟いた。


 動揺して混乱してしまったガンク。

 しかもここは温泉の中、アーネット隊長は身体に布一枚巻いただけの艶姿をしている。慰めようにも彼女に触れることすら憚られるような状況だ。


 ナノはニヤニヤ笑いながらガンクを指差した。


「あー、いけないんだガンクー」

「ちょ、マジかよ冗談だろ。許してくれよ、言い過ぎたオレが悪かったよ」


 その言葉にニヤリと微笑を貼り付けて、アーネット隊長は勝ち誇った調子になった。


「当たり前だ、冗談に決まっている。まだまだ未熟過ぎだな」


 打ちひしがれても、安堵した様子のガンクをイルマが貶した。


「不熟なのだガンク。

 俺ならば【感知魔法】と【探索魔法】を駆使してな。女の涙の真意を見極められる。容易い」

「下賎な真似をしてくれるなよ。イルマよりまだよっぽどガンクの方がマシだ」


 イルマが衝撃を受けているぞ。

 

 いたずら顔で笑いながら、「女心は魔法の精度でも判断不可能だぞ」と眼光を飛ばしているアーネット隊長。


「ちぇ、敵わねーよアーネット隊長には。どこぞの舞台女優並の名演技だ。そうやって男を手玉に取ってきたのかよ」

「戯け。

 まあいい、誉め言葉と受け取っておこう。

 警備隊を束ねるには時として口八丁手八丁、嘘八百ってな」

「恐い恐い。これだから女は苦手なんだよなー」


 月夜の海辺に笑い声が木霊した。




 おもむろにアーネット隊長がガンクをまじまじと見つめた。


「……まさかな」

「なんだよ?」


 ガンクが滲む汗を拭い、タオルを岩の上に置いた。


「ちと気になったのだが、ガンクよ。お前、もしかして演劇を観たことがあるのか?

 ……とてもそんな趣向を持つ男には見えんが。まさか、舞台を観覧したことなど無いだろう」

「いや、まぁ小さい時に何度かあるかな」

「おい、それはまことか?

 どこでだ、アーバインの王都ではないだろう。下っ端劇団の興業なんだろ?」


 濁すように、「え、あ、……ああ」と頷くガンクだけど。


 ガンクの返答に、興奮はいくらかおさまったアーネット隊長だ。


「そうか、やはりな。

 私はな、警備隊に入る前は演者に憧れを抱いていてな……」


 アーネット隊長がうぶ若き頃の夢を語り始めた。


 メールプマインへ名も無い小さな劇団が興業に来た時に観覧した、華やかな演劇に感銘を受けた若かりし頃のアーネット隊長。彼女は、自分もその舞台に立ちたいと夢見たことがある、という話だ。


 しかし、練習には膨大な時間を割く必要がある割りに収入は無いどころかマイナスだということに、すぐにその夢を諦めて警備隊へ入隊したのだそうだ。


「もちろんそれは思春期に誰もが願うような叶いようもない夢の話だよ。

 しかし、一度は王都の設備が整ったどデカイ豪華絢爛な劇場で観てみたいものだ。

 ワクワクせんか?

 可憐な姫の一途な想いと誠実な王子の愛。それを阻んで二人を取り巻く貴族達のドロドロとした愛憎劇に切った張ったの刃傷沙汰。

 ああ……。幼心に迫るものがあってな。当時観た短い劇の一場面だけでも、今でもそれを思い出せば胸を熱くさせる」

「面白そう! アタシも観てみたいな」


 ガンク達の方は、共感どころかとてもそんな観たい感じは無さそうだけどな。

 女達だけが胸に両手を当てて、いやんいやんと体を揺すっている。


 オレもそんな劇に興味は無いな。人間のラブロマンスなんてね。ねこが題材の恋愛劇とかあったら少しは興味湧くのかも。


 いや、湧かないな。






 しばらくいやんいやんしていたアーネット隊長が、下ろした両手を湯船に勢いよく叩き付けた。


 その音に驚いたオレは、岩場の上でしていた毛繕いを中断してアーネット隊長を見やった。


「よし、お前ら!

 そろそろ身体も十分に温まっただろ? 上がれ」

「なんだよ、いきなり」

「肝試しやるぞ」


 全員が、突然何言い出すんだよ……、というような顔でアーネット隊長を眺めた。


「昼間は海で遊び呆けてしまったからな。あれはあれで良いストレス発散が出来たからいい。

 観光地デスピアークの温泉は海面が引かないと入れぬ天然温泉だ。そしてこれからさらに潮は引いていく」

「確かに今は引き潮だが、何が言いたいのか分からぬ」


 イルマが訝しむ。ナノとガンクが顔を見合わせた。


 アーネット隊長は今、警備隊の隊長の目からまるで冒険者の目にでも変わっているかのようだ。


「潮が引いた時だけ潜って到達出来る海底洞窟があるのだよ。面白味を感じぬか、行かぬ手は無いだろう?」

「えー。アタシやだー。寝たーい」


 !?


 恐っ! 

 バチン、と音が響き、ナノが頬をアーネット隊長に叩かれたぞ。


「文句垂れるな。楽しい夜はこれからではないか」


 涙目で打たれた頬に手を添え睨むナノ。

 アーネット隊長はどこ吹く風で続ける。彼女は根っからの強引な隊長気質なのだ。


「いいか、前にも説明したが、観光地デスピアークは通称、“忘れられた希望の崖”と呼ばれる場所だ。

 希望とは何だと思う?」


 その問いにイルマが答えた。


「……金か」

「くく、それもあるが。忘れられた希望と考えろ。

 ……、

 ……。余所者のお前らに答えを要求するのは筋違いだったか。

 いいぞ、教えてやろう。

 その昔、この地にメールプマインの商人が一大リゾート地としてその建設を試みたと説明したな」


 確かに聞いたな。

 初期段階でその建設計画が頓挫してしまったとも。


 アーネット隊長の瞳の輝きが増した。


「その建設計画地は、何を隠そうこの真下、海底洞窟だ。元々がメールプマイン第一番街に暮らす裕福な商人共の別荘地の候補地として上がった場所なのだ。

 しかしその建設は困難を極め、大量の資材が運び込まれたまま回収も出来ずに洞窟に放置されたままと聞く」


 アーネット隊長がそこで区切りオレ達の顔色を見回した。ガンクもイルマも、その目に強い光を帯び始めている。


「拾った者の懐に入り放題って訳か……。

 なるほどな、冒険の匂いがぷんぷんしてくる」

「大層昔の話なのだろ。ふむ、さもすると今現在では入手困難な古き良き時代のアイテムが眠っているかもしれぬ」

「ちょっと、ガンクもイルマも正気?

 アタシ達慰労に来たんじゃないの?」


 ナノだけは、行きたくなさそうだな。

 もちろんオレは、楽しそうな場所なら行ってみたい。


「決まりだな。普通の冒険じゃつまらんからな。

 多数の死者を出した海底洞窟だ。ちょうど夜だし、男女四人にねこ一匹で肝試しと洒落込むのも悪くないだろ」


 賛成!


 ということで急遽、嫌がるナノも引き連れて、いざ海底洞窟へ、ということになったのだ。

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