78.慰労でバカンス
「ひゃっほぉー」
うおぉ!?
ビックリした、揺れる揺れる。
ガンクが崖の上から真下に飛び落ちて、海面に大きな水飛沫が上がった。
オレはナノの浮き輪に便乗して乗っかり、ゆらゆら揺れながら海水浴バカンスを楽しんでいたのだ。ガンクがすぐそばに落下してきたからナノと共に盛大に水をぶっかけられた形だ。
「ちょっとガンク!
飛び込む時は、『行っきまーす』とか合図してよね。ビックリして海底に沈んじゃうじゃない」
「へへへ。驚かそうと思ったんだよ」
ほほう。
なるぼど、と思ったオレは浮き輪から未だ揺れる海面に飛び込むと、海水に魔力を流し込んでその操作を試みた。
大きな水柱をガンクごと立ち登らせて、空高くまで上げたままゆらゆらと揺れさせてみた。
どうだガンク、お返しだ!
「うおお、なんだなんだ、何が起こってんだよ」
慌てふためくガンクを見て、それが面白おかしくて尻尾をパシャバシャと海面に叩き付けて笑った。
「あははは、ガンク笑えるよそれ、楽しそう!」
「笑い事じゃねーって、うおっ、マジで危ねぇ。
ナノ、やめろ。いや、これやってんのはランドか?」
「にゃははは。ランドちゃんすごーい」
浮上したオレを抱き締めて、身体中をこねくり撫で回すナノ。
「ごめんって、驚かせた俺が悪かったから下ろしてくれ、本気で怖いから」
「アタシも杖取ってきてやってみようかな~。水上爆発とか興奮しそう」
「やめろっての!」
「ほぅ、水の操作か。
ランドはそんな芸当も出来るのか」
横の崖際から降りて静かにイルマが入水した。
うーん……。
さっきからイルマは崖をそのまま飛び降りればいいものを、不確かな足場を伝って何度も下り降りてきているけれど、一体何がしたいのかな?
そんなイルマを見やってナノが言う。
「イルマはイルマよ。少しはガンクを見習ってさ、もっと男らしくスパーンと飛び降りてみなさいよ。みっともないよ」
「フン、侮るな。
飛び込みなど造作もない事だが、俺がしているのは訓練の一環としてだな、瞬時に足場となる出っ張りを見極め落下する修業を……」
「あーはいはい、分かった分かった、訓練よね。イツイカナルトキモダイジよねー。観光気分ぶち壊しよねー」
ムッとした顔のイルマにガンクが水をぶっかけ、バカ騒ぎしながら笑ってるぞ。
こちらへ迫りながら憤慨しているイルマだけど、大丈夫かな。
「おいランド、さっきのイルマにもやってやれよ」
よしきた!
オレはもう一度海中に潜り魔力を流し込んだ。そして今度はイルマと、ついでにガンクも空へと持ち上げてやった。
「ちょ、ランド! なんで俺も上げてんだよ」
「フハハ。ランド、俺をガンクの方へもっと近付けろ」
あーあー。
さすがイルマ、適応しちゃってるな。
水竜のような二本の水柱が絡まり合って、そのてっぺんで笑いながらガンクの左右の頬を思いっきりつねっているイルマだ。
イルマもガンクも楽しそうだな。
海上に出来た水柱の上でじゃれ合うのは海水浴と呼べるのか分からないけれど、これまで仕事で張り詰めていた神経は十分に解れそうだ。
慰労に来て良かった。
浮き輪を漕いで近寄って来たナノが二人を指差して羨ましそうな表情だ。
「ちょっとランドちゃん、面白そうだから、あれアタシもアタシも!」
よし、オレもオレも!
海面から四本の水柱がにょきにょきと立ち上がったまま、組んず解れつといった状況になってしまった。
「……まったく、騒がしいと思ったらお前ら何やってるんだ。
少し目を離した隙に、私抜きで愉快そうなことしやがって。おい私も混ぜろ」
その後、アーネットガーネットさんも交えて海上を走るように泳ぐ、ショーイルカみたいになったりしながら疲れるくらい一頻り笑って遊んだのだ。
照り付ける太陽の光をアーネットガーネットさんが用意した大きなパラソルが濃い影を作る。
その大きな影の中で、岩に腰掛けたり浮き輪で浮かんだり思い思いの格好で、休憩に干し肉のサンドイッチと焼いた魚や野菜を食べる。
オレは飲んでいないけれど、リゾート用に作られたメールプマインの高級酒店のウイスキーを果物の果汁で割った酒もトロピカルです大好評だ。
これら全てアーネットガーネットさんが用意してくれたものだ。
「美味しい!」
「美味いか、感謝しろよ」
「ふぉのふぁんどうぃっしぃふぁいほぉー」
「ガンク、口に突っ込んだままで喋るな。行儀悪いぞ」
そうだぞ。
でもこの魚、滅茶苦茶ウマイや。
よっぽど嬉しいのか、したり顔でアーネットガーネットさんが立ち上がった。
その顔をナノに向ける。
「時にナノ。やはりその腑抜けた水着は無いだろう。
なぁ男共、どう思う?」
「そーだそーだ! アーネット隊長を見倣え。なぁ、イルマ」
「俺にふるな」
……まぁ、オレはナノの気持ちは分かるよ。
すぐにピンときたよ。
だって、ナノのお腹にはおぞましい人の顔があるからな。あれをみんなに晒す訳にはいかないだろうよ。
でも訳を知らないからとはいえ、ちょっとナノが可哀想だな……。
アーネットガーネットさんの方はというとワイルドな豹柄のビキニタイプの水着を着用して、彼女の見事なプロポーションを惜し気もなく披露している。
普段の質素な警備隊服の上からでも分かるこんもり膨らんだ胸が溢れんばかりに張って、水着ではぷるんぷるんと動く度に揺れてその存在を強烈に主張している。
つまりガンク達の目を釘付けにして下半身にも影響を及ぼしてしまっているようだ。
見せ付けるように薄茶色の髪を掻き上げながらアーネットガーネットさんが大人の色気を撒き散らした。
ガンクから歓声が上がりイルマはチラチラとそちらへ視線だけ動かしている。
二人とも顔が赤いのは酒のせいかな?
歯痒そうな表情でそれを見ているナノだけれど……。
慰労で観光地デスピアークに海水浴へ向かうと知ったナノは、メールプマインで新しい水着を新調することにしたそうだ。
それまで年頃の女の子にもかかわらず、冒険で使うような入水時に負荷の掛からない簡素で実践的水着しか持っていなかったようだ。
そんなナノを見兼ねたアーネットガーネットさんが、「警備隊の経費で落とすから派手なエロい水着を買え」と忠告したのが事の発端だ。
アーネットガーネットさんは都市警備隊隊長。目下の者からの反抗や反発を嫌い、元からそういった態度は受け付けない性格だ。
けれどナノはいくら勧められ忠告されても、断固ワンピースタイプしか着ようとしなかった。
それにはどうにも出来ない事情もあったからね。
そして、最後には命令までになったアーネットガーネットさんの主張は却下され、結局可愛らしい水着をナノは手に入れてしまったのだ。
だから、アーネットガーネットさんは自分が強く勧めたド派手でエロくて際どいような水着をナノが頑として着なかったことに対してしぶとく根にもっているのかもしれないな。
残念そうな視線を送ってくる連中に向けてナノが出陣したぞ。
「何よ、アタシの水着が負けてるっていうの?」
ナノが浮き輪の上に器用に立ち上がり、鋭く睨みを利かせた。
ナノの水着はフリルの付いた青い縞模様のキュートなワンピースタイプの水着だ。
霊獣玄武の魔核分泌液を飲んだことで、彼女は以前より物凄くグラマラスになったんだけど、ガンク達は気付いていないよな、もちろん。
でもオレは、ナノの水着はアーネットガーネットさんにも負けてないと思うぞ!
ガンクがじろじろとナノの身体を嘗め回した。そして堂々と胸を張っていたのが、ぞわぞわと悪寒に震えた感じのナノ。
「うんうん、似合ってるよ、ナノ。これはこれで」
「何よこれはこれって」
「いや、ごめん。
なんてゆーか。そそるものがあるってことだよ。
な、イルマ?」
「だからそういう質問を俺にふるな」
アーネットガーネットさんが横槍を入れる。
「フン。ナノにはまだその方が年相応ということか。からんでも無いが、ガキ丸出しは確実だ」
「年増のオバサンが見せ付けるってのも惨めナノにはものよ」
「何っ、貴様!? 私はまだ三十代だ!」
うーん……、アーネットガーネットさんは年齢不祥だな。
因みにガンク達はパンツ一丁だ。アーネットガーネットさんによると、「男は水着など要らんだろう」とのことだ。
オレは素っ裸だけどな。ねこだし。




