76.ドーバッドの証書
「シャミラス!」
イルマがシャミラスを捕まえたまま階段から降りてきて、ゆっくりとサーミラスの前へ出て対峙した。
「この女がうちの仲間の剣を持ったまま逃げようとしていたのでな。女に手荒い真似はしたくないのだが」
「シャミラスを放しなさい」
サーミラスがイルマに命じるけれど、イルマはどこ吹く風だ。
「盗人猛々しいとはこの事だな。
ガンク!」
イルマがガンクへ剣を抜き身のまま投げ渡し、放り上げられ回転したままの剣をガンクは空中で掴み降り立った。
嬉しそうに自身の剣を見つめるガンク。
よかったな、ガンク。
イルマが続ける。
「この女を返してやりたい所だが、このまま窃盗罪の実行犯として都市警備隊に引き渡してくれよう」
「証拠も無いでしょう!」
イルマがニヤリと笑う。
「フ、貴様らが盗んだ証拠は無いだろうが、しかしこれはガンクの所有物だ。その証明なら幾らでも出来るぞ。
この剣には、霊獣玄武の魔核が埋め込まれている。そんな剣はこの世に一本だけだ。霊獣玄武を倒した者だけが所持出来る代物だ。
更に貴様らはこれを、拾い得た、と言っていたな」
おや、イルマはいつからこの倉庫にいたんだよ。
口の端を釣り上げながらイルマが続ける。
「拾い得たという貴様らの話が真実だとしても、こちらの返却要求には応じて貰わねば困る。貴様らも潰され解体されたくはなかろう」
「……どういう事でしょう?」
『光夜烏』代表者サーミラスが尋ねた。
「貴様らは帝国側と商取引をしているな。それだけではない。帝国側と比較して取引量は少ないようだが、アーバイン王国や他の多くの街とも」
「それが何か?」
イルマは自らのアイテム袋から一枚の紙切れを取り出して、それを掲げる様に見せた。
「これはドウォルフの長、ドーバッド殿から手渡された証書だ。この様な事で彼の権威を拝借させてもらうのは些か心苦しくもあるのだが……」
その証書へ目を走らせて、顔を引きつらせたサーミラス。
イルマはその表情に得心したようだ。
苦虫を噛む表情で、サーミラスが唇を噛み締めて呟いた。
「……全てお返し致します」
「ククク。あい分かった。理解が早くて助かる」
俯くサーミラスにシャミラスとユウリスが、イルマにはガンクが詰め寄った。
「イルマ、何だってんだよ、その証書ってのは」
「サーミラス、一体どうしたのよ。何故むざむざ返すのよ」
その証書は、ドウォルフの長ドーバッドの名での証書だった。それには冒険者ガンク組へのドワーフ族の全面協力という文面が記されていた。
つまり、ガンク側の背後にはドワーフ族がいるということが示された証書であり、彼らの全面的な庇護を受けられるということだ。
ドワーフの街ドウォルフは古くからアーバイン王国中にも帝国側にも高品質の武器や防具などを大量に卸している。
新参の『光夜烏』など、ドウォルフの長ドーバッドの権限で、 取引先に圧力を掛けられてしまえばその商取引は一貫の終わりか即座に支障をきたしてしまうのだろう。
……うーん。オレ達って、凄いんだな。
こんな実力ある権力者の力を借りる事まで出来たんだな。
ガンクもナノもオレも嬉しそうに見つめ合い頷き合った。
イルマもオレ達に満足した顔で頷き、続けた。
「俺達の要求は全て呑んでもらった。
さて、ここから先は彼女に任せるとしよう」
イルマが合図を送った。すると、建物の外から破壊された扉を踏みつけて大勢の武装兵がなだれ込んできた。
一人の女性が武装兵達を掻き分けて前に出た。精悍な顔付きの美女だ。
「イルマ君、よくやってくれた。この先は私が引き継ぐ。
諸君、私はメールプマイン第三番街区域都市警備隊隊長、アーネットガーネットだ。
犯罪組織『光夜烏』代表サーミラス、最高幹部ユウリス,シャミラス,カルクスの計四名を逮捕する」
不服そうな顔でサーミラスが問う。
「罪状は何なのでしょう?」
「詐欺罪だ。
狂魔化烏の尾羽と光夜花の花粉を用い、特殊な加工を施した粉を使用して動物を魔物化し多方面へ売り捌いているだろう。
知っているか、条件を違えればその粉の精度が落ちることを」
驚愕し、「なにっ?」と声を張り上げたのはユウリスだ。
「我々も幾つか実験をしてみたのだがな。裏付けを取るために生み出した魔物から被った被害は尋常ではなかったぞ。このような方法をよく考え付いたものだと感心している。
狂魔化烏は弱いが、襲ってきた敵に尾羽で気を動転させたり妄りやたらに凶暴化させることで注意を四散させる魔物だ。そちらはいい、特に問題は無かった。
いいか、光る花粉を撒き夜にだけ咲く花である光夜花の方だが、明け方と真夜中では闇の濃度が違う。更には湿度でも花粉の質は変わってくる」
「な……、タイミングには私達も慎重になっていた。試験では全て問題なく魔物へと変異した!」
冷や汗を滲ませながらユウリスが叫んだ。
「ふふ、取引がデカくなって素材の供給量に影響が出ていたのでないか?
各方面から品質が落ちたとか、孵化した犬が番犬にすらならぬ粗悪品だったと苦情が届いているぞ」
「馬鹿な」
なるほど、供給が間に合わなくなって、普段なら採取しない不適格の花粉を使用した結果、粗悪な商品が生産されたということか。
ユウリスがポケットから取り出した黒色のレモンみたいな形の物を取り出し、叫んだ。
「出でよ、コカトリス!」
皆が注目するなか、黒色の奇妙な形から産まれたのは三倍ほど鶏を大きくしたくらいの大型の鶏だった。
コカトリスといえば、かなり上位の危険な鶏の魔物の筈だけど、この鶏からは魔力も恐怖心も全く感じない。むしろ不格好な愛らしさすら感じられた。
「そらみろ。それが証拠だ。
お前達は同じものを凶悪な魔物と銘打ち売り付けた。詐欺と呼ばずこれを何と呼ぶ」
こうして、犯罪組織『光夜烏』は、トップの面々が捕縛され一夜にして解体されてしまったのだった。
その場にいたサーミラス、ユウリス、シャミラスの組織の三姉妹は全員が都市警備隊に捕まったのだけど、その場から姿を眩ましてしまっていたカルクスだけは行方不明となり、お尋ね者になっている。




