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74.犯罪組織『光夜烏』

 ドアの先に見えた手摺に跳び乗る。

 手摺の下は大広間になっているようだ。人、人、人。チラリと視界に入っただけでも二百人くらいはいそうだな。

 男も、女もいるけど全員が作業着を着ているぞ。


 それよりも……。


 ドア横から足払いのような一線を飛び越えてこの手摺まで跳躍したのだけれど、この男強い。


「お嬢様。何でしょう、このねこは」


 男が敵意剥き出しでオレを見据えたまま言う。先程の足払いをかわされたのが男の警戒心を引き上げたようだ。


「カルクス、殺しなさい」

「畏まりました」


 青髪の女シャミラスが命じると、カルクスと呼ばれた男が腰の細剣を抜き放って構えた。


「お止めなさいカルクス。

 シャミラス、説明して」


 カルクスはタキシード姿だ。この大広間の二階部分にいるものだけが装いは正装といった風だ。まるでこの場所がパーティーの壇上、いや、王様が平民に向け演説をするテラスのように感じられた。


 オレとカルクスが対峙している間に、シャミラスがオレのことを知らないサーミラスとユウリスに説明した。


 納得したように頷くサーミラスとユウリスだけど。


「そうなんだね。このねこもガンク組の。ふーん、ペットなんだね」

「霊獣を倒す冒険者のペットなら納得かも。そこらの野良ねこの動きじゃないし」


 サーミラスとユウリスが変な方向に解釈して納得したぞ。オレはガンク達のペットじゃない!


 これまでどこか緩んだ顔だったサーミラスが顔をぐっと引き締めた。カルクスとオレが牽制し合っている傍を、まるで気にも止めていない素振りで硬質の足音を強く響かせて大股で手摺の縁まで躍り出た。


 それまで一言も発すること無く手摺付近の様子を見上げ、物珍しそうな顔で見守りつつ真下で待機していた作業着連中。それがサーミラスの姿が見えたことで

一斉にその身を正した。


 真下で直立不動の作業着連中をひと嘗め視線を注ぐと、彼ら目掛けてサーミラスが大声を上げて言い放った。


「誓ッ!!」

「我は光る、闇夜の月の如く!

 我は躍動する、闇夜の烏の如く!

 我は誓う、『光夜烏』に!

 我は捧ぐ、『光夜烏』に!」


 作業着連中が一斉に足を踏み鳴らして、胸を張り左手で腰の内側を拳で打った。おそらく鼠径部に彫り刻まれた『光夜烏』のマークを叩いているのだ。

 その動作がひと台詞毎に繰り返された。


 うひゃあぁ……、なんか怖い。


 しまった!


 と、一瞬目の前の敵から注意を怠ったと焦ったけれど、カルクスも作業着連中と同様に細剣を構えたまま同じ台詞を発していた。


 攻撃していいのかどうか戸惑っていると、「よく教育してあるでしょう」と、ユウリスが恍惚とした表情で言った。オレに自慢のおもちゃを見せびらかすような満足気な顔だ。

 そしてそのまま続けた。


「『光夜烏』って組織はね、とても統制の取れた優秀な人材の集まり。自分で言うのもなんだけどね」

「私達は三人姉妹。『光夜烏』代表は長女のサーミラス。そしてユウリス姉と私」


 シャミラスもうっとりした顔になっている。その顔でオレへと視線を這わせ言った。


 長女で『光夜烏』代表者のサーミラスに、次女のユウリスに、三女のシャミラスっていうことかな。


 こちらを振り返り、サーミラスがオレに触れた時とは異質な鋭く冷たい目をしてオレを捉える。


「改めて言うよ。ようこそ我が組織『光夜烏』へ。

 シャミラスが貴方の飼い主の剣を盗んだ。それは詫びるわ。けれどあの剣とアイテム袋は返せない」


 何言ってんだ盗人め、ふてぶてしいな。


「『光夜烏』はこの剣を得て、さらに大きくなれるの。だから絶対に渡せない」


 シャミラスは剣を指差して、左手へガンクのアイテム袋を取り出した。


 何から何までお前が盗んだのか。


「いいよ、カルクス。早く殺りなよ」


 待ってました、と言わんばかりにユウリスに命令されたカルクスは無表情のまま細剣を突き、振り、猛烈に繰り出してきた。でも口だけは少し上がって、無表情だけどどこか嬉しそうな表情だ。


 鋭い剣線を立て続けに避ける。手摺の上じゃ足場が悪いや。


 オレは抑えたままだった魔力を全身に循環させていった。


「カルクス、正々堂々やることないよ。飼い主呼ばれる前に片付けな」

「そうそう。

 それにこの前出来たこの子がどう孵るのか見てみたいし」

「あっ、それ力作のヤツね。いいかも」


 女達が喋ってる間に、オレはカルクスに飛び掛かった。細剣を避けて肩口から脇腹までを深く切り裂いてやった。

 鮮血が飛び散り、苦しそうにカルクスは腰を落とした。


 ん、勝機アリだな。


 人間だから殺しちゃ駄目だよな、と考えたところでサーミラスが真下の作業着連中へ向かって言葉を投げていく。


いいのか、仲間のカルクスが窮地だぞ?

 オレ達の戦いの行方なんてどうでもいいみたいだな。なんかムカッ腹立つな。


「聞け。今宵は特別な夜だ。皆、思い思いに飲み騒ぎすることを許す。

 見世物も用意した。共に最高の夜を楽しもう」


 サーミラスの声に、真下から凄まじい大歓声が涌き上がった。


 それよりも屈んだカルクスの様子が気になる。オレが裂いた傷口を庇っているような素振りはどうやら布石だったようだ。


 真下からの壮絶な大歓声に驚いたのと予想を違えたせいで、オレは中途半端な攻撃をカルクスに仕掛けてしまっていた。


 カルクスが裂かれた服の裏から取り出したのは小さな網だ。それがオレに到達する寸前に巨大化してオレを絡め取った。


 うわっ、しまった、完全に油断した。


「声が出せないようにしろな」


 ユウリスが腕を組みながら、混乱して網の中でジタバタともがくオレを見下ろして言葉を投げ捨てた。汚い路地裏の野良ねこを見る目付きで。


 くそっ!


 ガンク達を呼ぼうと叫び声を上げる寸前に今度はオレに黒い布が被せられた。


「網と布の二重牢です。どちらも魔力を持つ生物に対して極めて有効な魔力阻害魔道具です。

 ご要望通り、布の方は声すら外に届かせられません」

「知ってるわ。いつも使ってるの見てるから。よくやった、流石よカルクス」

「恐縮です」


 シャミラスの褒め言葉にカルクスが返事をしたみたいだ。オレにはもう彼らのいる外の光景は何も見えない。


 薄い闇と網の中で必死にもがき狂うオレの耳に、サーミラスの声が高らかに響く。


「皆、今宵はなんと心弾む夜か。

 さぁ、飲め。もっと、もっとだ。

 騒げ、喉を鳴らせ。烏のように。

 皆の歓喜を、もっと私に聞かせてくれ。

 さぁ、鳴き叫べ!」


 再び怒号の如く大歓声が鳴り響いた。


 畜生っ、どうやっても抜け出せない。込めた魔力が絡まった網に吸われていく。

 どれだけ声を上げても精一杯もがいても何一つ進展しない。


 ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ……!


「聞け皆!

 私が伝説の剣を手に入れた。霊獣玄武の剣だ。我らが組織『光夜烏』はさらに飛躍すると明言しよう」


 何言ってやがるシャミラス! 盗んだ物を返せ!


「聞いたか皆。シャミラスを、『光夜烏』を讃えよ!

 もっと、もっとだ。翼を広げろ。羽を伸ばせ!

 どこまでも、どこまでも、鳴き叫べ!」


 さらに大きな大音声がオレの耳を目障りに刺激した。強烈な痛みが走るくらいに。


「誓ッッ!!!」

「我は光る、闇夜の月の如く!!

 我は躍動する、闇夜の烏の如く!!

 我は誓う、『光夜烏』に!!

 我は捧ぐ、『光夜烏』に!!」


 



 鳴り止まない耳をつんざく大歓声を塞ぎ閉じることも出来ずオレは声を張り上げた。


 ちっくしょおぉぉっ……!

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