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73.倉庫への潜入

 このエキゾチックでオリエンタルな匂いは間違いない。ガンクをたぶらかしていた青髪の女が付けていた香水の臭いだ。


 倉庫の前の路から仄かに香りが残っている臭いの形跡を辿って進んでいく。その残り香は建物の裏口へと続いていき倉庫裏の勝手口から途絶えてしまっていた。


 勝手口の扉は施錠されているようだ。


 さてどうしたもんかな。


 今のオレの力なら叩き壊して入ることも出来るけれど……。


 隣の倉庫の建物との隙間道を進みながら中へ潜入出来そうな場所を探していると、換気戸のような小窓が一つ、上方の位置に発見した。他に建物内へ入れそうな場所は無く、どうやらそこだけのようだ。


 壁をよじ登っていき、その小窓の内側にそっと忍び込む。


「ランド! 無理すんなよ。ちゃんと報せろよ」

「気を付けてね」


 そんな風に口を動かしているガンクとナノに尻尾を振って応えた。多分合っているだろう。


 ガンク達にはこの倉庫がクロだったら思いっきり鳴き叫んで報せる手筈になっているのだ。


 とりあえず、建物の中に入って捜査開始だな。


 それにしても、ガンクが落ち着いてくれているようで安心だ。昼頃のガンクのままだったら可能性の高そうな場所を見付けたら何も考えずに正面突入しそうだしな。





 開いた換気戸から跳んで室内へそっと忍び入ると、中はトイレだった。外側の倉庫の見た目がまるで汚らしくカモフラージュでもしているみたいに輝きを放っている。壁紙も洗面台も証明設備まで、その内装は目が覚めるような清潔感が感じられた。


 凄い綺麗なトイレだな。なんで建物の外は汚いのに内側はこんなに清掃が行き届いてるんだろう。


 磨かれたテカテカした床にオレの足跡が付きやしないかと足を上げて気にして見ていたら、トイレの個室の扉がゆっくり開いた 。


 まるで気配を感じなかったから驚いた。

 けれど、用を足し終わったところなのかな。参ったな、女と鉢合わせてしまった。


「あらあらあらあら。珍しいじゃない、こんな所にねこちゃんなんて。もしかして迷子かな」


 言いながら女は無造作にオレに近寄った。


 「それとも、戻ってきた? だったらちょっと感動しちゃうんだけどな」


 戻った? なに言ってんだ。


 その女は我が子を抱き寄せようとするみたいに優しい微笑を浮かべて、オレへ細い腕を伸ばしてきた。


 迷った末に警戒心を解いて、大人しく抱かれてやることにした。


 ふわりと持ち上げられ、体の力を抜いて垂れ下がる。


「ずいぶん素直……、あなたはどこの子?」


 そう言い、オレの目をじっと覗き込む女。


 い、居心地悪いな。


 オレには首輪が付いているし、野良ねこじゃないことは承知のようだけれど。

 てゆーか……、この女ちょっと普通じゃないな。


 ゆっくりとだけれど、オレの本能が警鐘を鳴らしていく。どくどくと血の流れが早くなっていくのが解る。

 女が身体を抱き止めて掴んでいるその細い指でオレの心臓の動きを確めているような気さえしてくる。


 女は毛髪の中央がピンク色で左右は黒というとさかみたいな頭をしている。そして見た目派手な朱とピンクのガウンのようなセクシーなドレスを纏っている。


 女の腰の辺りに視線を投げると、オレ達が出店通りで捕まえた男のものよりもだいぶ大きな黒い羽根と三日月の彫り模様がチラリと確認することが出来た。


「このもふもふ感堪らないわね」


 オレを抱き締めたり頬擦りしたりして感触を楽しむように女はオレを弄った。それは随分長い時間だ。


 うーん……。

 こんなことなら毛の量をもう少し抑えておくべきだったな。

 ナノもよく身体をくっつけてくるけど、そんなにオレの毛が気持ちいいもんなのかな。もふもふって、よく分からん。


 オレの触り心地を堪能した後、また目を覗き込み始めた女だ。


 はぁ。


 いつまでオレを見てんだよ、早く下ろしてくれないかな。





 ガチャリとドアが開いた。


 すかさずオレは身体をほんの少し縮小させて、ねこじゃらしのように女の指の拘束からしゅるんと抜けて下に着地した。


 やっと解放された。見上げると、同じ髪色をした女が半身を覗かせていた。


「おいサーミラス、みんなお待ちかねだぞ。

 ……? なんだコイツ、どこから入ってきたよ」

「もうっ。ユウリスったら。タイミング悪いんだから」


 オレは開いたドアの隙間に身体を通過させた。女の真紅のドレスの裾に立てたオレの尻尾が当たる。


「あーあ。せっかく素敵な出会いがあったと思ったのに」

「あーもうっ、汚ねーな、今ドレスにかすったじゃねーか。

 ったく、何でここにねこがいんのさ。サーミラスが招いたのか?

 汚い動物を入れるのはよしてくれよ」

「うふふ、まさか。ユウリスも触ってみなよ。とっても気持ちいいよ」

「遠慮するよ。触るくらいなら食べた方がまだマシだよ」

「そんなこと言わないの。それにあの子、実験にいいかもしれない」


 なんだよ、食べるって、マジかよ。





 後ろで女達のそんなやりとりに耳を傾けながら、オレは逃げ足で急いで潜入捜査を敢行した。


 トイレから出てのその前の廊下を通り抜けて薄暗い通路を警戒しながら進んでいく。


 驚いた事に通路の左右にはキッチンスベースもあれば休憩室みたいな広間が幾つかあった。大きなソファーやテーブルもある。そのどれもが高級そうな、質に拘って揃えられたと思われるものばかりだった。


 どの場所も掃除が行き届き髪の毛一本落ちてさえいない通路を慎重に駆け足で通る。


 過剰な程に衛生的な場所だと落ち着かないな。爪研ぎしたり、暴れて遊び回って散らかしたい衝動に駆られてしょうがないぞ。


 通路の突き当たりには、豪奢な内装と調度品で整えられた部屋があり、さらにその奥にはこの部屋が休憩室なのか会議室なのか分からないけれど、縦長の大きなテーブルの上にガンクの剣が、それだけ無造作に置かれていた。


 テーブルに上がって臭いを嗅いで確認してみたけれど、オレの鼻にかけてこの剣はガンクのもので間違いないみたいだ。


 やった、見付けたぞ。


 やっぱり、ガンクから掏りした奴は『光夜烏』という組織と関わりがあるということだな。


 でも困ったな。見付かったのはいいけれど、こんな所で大音声で鳴き叫ぶ訳にもいかないしな。


 ガンクの剣が置いてあった部屋から奥に通じる扉に近寄った。そっと耳をその扉にくっ付けた。扉の先には誰か、いや、かなり大勢いるようだな。


 扉の向こうで、大勢が声を殺して静かに待機しているような、そんな大量の息遣いの気配が感じられた。





「探し物は見付かったかい」


 突然後ろから声をかけられた。

 振り向くと、先程の女二人がオレを見下ろしながら、個室の入口を封鎖する格好をして佇んでいた。


「ようこそ、『光夜烏』へ」

「キミは迷子のねこか?

 それとも、ただのねこじゃなくて、魔物かな?」


 ヤバイ、見付かっちゃった。


 オレは魔物じゃないぞ、ねこだ!


 ……なんだ、あれ。


 ユウリスと呼ばれた女は左手に黒い物を握っていた。それは黒色をしたレモンのような形の物だ。


「その剣に興味があるの? 何でかな」

「これは新しく『光夜烏』に捧げられた神器なんだよ」


 ガンクの剣を指差してサーミラスがにんまりと微笑んで言う。ユウリスの方は黒色の物体を掌で転がしている。


 はぁ? あんた達がガンクの持ち物を掏ったんだろ!?


 もちろんオレの意思は伝わらない。

 サーミラスとユウリスと呼び合っていた女二人はオレを見下ろしたままだ。


 オレは行き場を封鎖されて、扉の前で不安そうに戸惑っているフリをやめた。毛を逆立たせ歯を剥き出して威嚇してみせる。


「あーあーなんだよ、可愛げ無いな」

「買い主に酷く扱われて帰って来ちゃった子だと思ったのにな。残念ね。

 ほら、黒ねこもいたじゃない」

「お前は幻想を見過ぎなんだって。大半の取引先は帝国領だ。帝国に渡って行ってんだぞ。戻ってこられるもんか」


 何か悪どい商売を帝国とやっているってことか。


 ユウリスは貧弱な獲物を見る目でオレを見下ろしながら続ける。


「コイツやっぱまだ普通のねこだわ。まだ魔物化してない。魔物化しちゃおう」

「そうね」


 魔物化?


 こいつら一体何言ってんのか分かんないけど、悪い話だってのは臭うぞ。

 オレが言葉を理解出来ない普通のねこだと勘違いして。


 話は全く見えないけれど、やっぱりこいつら『光夜烏』は窃盗以外にも悪事を働いている悪い組織だって気がぷんぷんとしてきた。


 オレの後ろでドアが開いたようだ。途端にオリエンタルで艶っぽい匂いがふわっと香ってきた。


 開いたドアの向こうから小声のやり取りが聞こえてくる。


「サーミラスとユウリスは私が呼んでくるから。祝宴は三人全員が揃ってからよ」

「畏まりました。

 ……あれっ、もういらっしゃってますよ」

「あっ、遅いじゃない! サーミラス、ユウリス。いつまで待たせる気よ」


 ガンクをたぶらかした隙に剣を掏ったと思われる青髪の女がドアから顔を出した。


「伝説の剣と討伐者のアイテム袋が手に入ったから今夜は祝宴を上げるって言ってあったじゃない。遅いよ」

「シャミラス、下を見て。

 訪問者のねこが来たんだけど、貴女もしかしてこの子と関係があったりする?」


 言ったのはサーミラスだ。


 青髪の女、シャミラスと呼ばれた女と目が合った。


「こ、この黒ねこ……」


 シャミラスの声が聞こえるや否や開いた後ろのドアからその向こうへ駆けて飛び込んだ。

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