71.掏り犯の追跡
一応ギルドの外に出て周囲を捜索してみたけど、時間も随分と経ってしまっている。案の定、青髪の女も仮面の二人組もその姿を見付けることは出来なかった。
特に仮面を顔に付けた男達は、その仮面を外してしまえば背の低い男と上背のある痩せ男でしかない。着ている服は、どちらも冒険者の装いではなく労働者が着るような紺色の作業着で、二人とも短い黒髪だった。ちなみに仮面はオーソドックスな白塗りのフルフェイスタイプだ。
掏り犯の特徴が極めて少ないせいで捜索は困難そうだ。
厄介だな。
一瞬の遭遇だったけれど、仮面のチビは油の臭いを放っていた。
青髪の女の方はというと、強いオリエンタル系の香水の匂いを放っていた。香水の臭いが強すぎて女自身の臭いを嗅ぎとるのは無理だった。かといってこの出店通りの中には同じ臭いを漂わせた女は存在しなかった。
ギルドの中で聞き込みをしていたガンクとナノが出てきた。
「どうだ、いたか」
その言葉にオレは項垂れて見せる。発見したら捕まえるか知らせるかするように言われていたから、オレがその場にいたことからもある程度状況は察しているのだろうけど。
ガンクとナノの三人でギルド前に軒を並べる出店を探して回っていく。露店が立ち並ぶギルド前の通りも人通りが多く、強烈に立ち上る食べ物の臭いや通行する人波に掻き消されてしまって、掏り犯の臭いを辿りながら追跡するのは不可能だ。
苛立つガンクが道端の石を蹴飛ばして喚いた。
「クソ、どうすりゃいいんだよ。せっかくガロットさんに鍛えてもらったのに。チキショー」
「暑い。お腹空いた。疲れた。最悪」
「我慢しろ!」
ナノ……。ガンクのために頑張ろうよ。オレだって腹減りながら探してんだから。
口喧嘩を始めてしまった二人を見ながらため息を漏らしていると、ふと気になる視線を感じた。
オレは魔力を両目へと流し込んで視力を一気に引き上げた。
跳躍して、すぐ脇の豚の串焼の出店の屋根に上がった。
距離は離れているけれど、一人の緑色の作業着姿の男がイカの姿焼きの出店と干物の出店の間からガンクをチラチラ窺い見ては手に持ったメモ帳に記している様だ。
「ランド?」
下からガンクの声が聞こえた。多分出店の屋根の上にいるオレを見ようと顔を上に向けたんだろう。緑色の作業着の男もガンクが眺めた方向に視線を移動させてオレと目が合った。
間違いない!
逃げだしたぞ。さっきの奴らとは違う男だけどきっと仲間だ。
そのまま出店の屋根から屋根へと走る。緑色の作業着を着た男はオレの動きを見て人波を縫うようにして姿を眩まそうとしている。
絶対に逃がすもんか。
近くまで進んで、イカの姿焼屋の出店の屋根から跳び、通りの人混みに埋もれたその男の頭に飛び付いた。
突然空から動物に襲われた男を見てそこら中から悲鳴が上がった。
構うもんか。
オレは爪を立たせて、後頭部へ向かって抱き付いた男の頭に鋭く爪を食い込ませた。振りほどこうと慌てる男に、尻尾をその首に巻き付けて強く圧迫してやった。
「ぐうぅえぇぇぇ」
行き交う人々や出店で並ぶ人達が皆立ち止まり、悲鳴を上げオレとこの男の周りに空白が出来た。
でもな、と思う。
いきなり魔物が襲い掛かってきたとか、猫が突然飛んできたとかはまだ分かるよ。でも猿が男の頭にしがみ付いているって言葉には悲しくなった。オレはねこだぞ。
首を締め付けているので大した抵抗も出来ずに、緑色の作業着の男はその場にぐったりと崩れ落ちた。
遅れてやって来たガンクとナノに男を引き渡す。それと一緒に、男のポケットにしまわれていたメモ帳を口でくわえて引き出すと足元に落としてやった。
読んでくれ、と前足で指し示す。オレは文字の読み書きが駄目だからな。
前足に付着した男が頭から流した血がメモ帳に付いてしまった。ねこの赤い足跡マーク付きのメモ帳になってしまっている。
ガンクがメモ帳をパラパラ捲るのと並行して、男を出店通りから人気の少ない路地裏に移動させて、ナノが愉しそうに男の作業着の中身をまさぐり始めた。
気になってナノをじっと見ていると、「イルマの真似。こういうのいつもイルマがやっちゃうから」と愉快そうだ。
気絶している男が可哀想に思えるくらいにどんどん脱がされ装備品を気難しそうな作り顔で調べていくナノ。青いローブを着た女の子が作業着姿の男性を路上の隅に寝かせたまま、衣服を剥ぎ取っていくその様子はなかなか不思議な光景だ。
「探したぞ、そいつが犯人か」
「違う、別の奴だ。ただし関わりがあるだろうな。
見ろよ、これ」
オレ達に合流したイルマが裸にひん剥かれた男を見つめ、苦笑を浮かべながらガンクから渡されたメモ帳に目を走らせていった。
「それと、これ見てよ」
ナノもイルマに手渡す。それは、緑色の作業着姿だった男が身に付けていたナイフ一式だ。
ナイフはブレードが黒染めされ、ハンドルともに黒一色になっている。ナイフホルダーの裏地には鳥の羽と三日月が並び重なったマークが施されていた。
思案顔のイルマに、ナノが気絶中の男を足で転がして、「ここにも」と言った。
仰向きに倒れた格好の男の下着を、ナノが道端に落ちていた木の枝を使って汚い物を触るように少しだけずり下ろしていく。そこにもナイフホルダーと同じ、鳥の羽と三日月のマークが男の肌に彫り描かれていた。それはちょうど心臓の真下辺りの鼠径部の位置だ。
「も、もういい?」
「十分だ。よく見つけたな」
半ば呆れながらイルマがナノを褒めた。ナノは嬉しそうな照れ臭そうな表情になっている。イルマが言った意味合いとは少し違うようなニュアンスでナノは受け取っていそうだけれど。
「受諾してある依頼書に合致するものがあるな」
「見せてみろよ」
イルマがギルドから受け取った数枚の依頼書の紙束の中から一枚を抜き出して、それをオレ達に示し見せた。
『
依頼名 :〔犯罪組織調査協力者募集〕
対象級 :C以上
依頼元 :メールプマイン都市警備隊
内容 :犯罪組織調査及び潜入捜査。又は壊滅を求める。報酬金額は結果如何による。
注意点 :構成員数不明。過去の検挙者に鳥の尾羽と三日月の模様有り、もしくは所持品に左記紋様有り。連絡随時求む。
』
これは、間違いなく当てはまっているぞ。
「こやつを捕まえたのはランドか」
オレはイルマに注意された。捕まえずに逃げさせてアジトまで逆に案内させれば早かった、と。
そんなこと言われてもな。この男がガンクの剣とアイテム袋を掏った盗人と同じ仲間だっていう確証が無かったしな。
オレは前足に付いた男の血を落とそうと舐めた。
イルマが丸裸に近い状態の男の手足を縛っているところで、やっと男が目覚めると酷く動転し始めた。
「な、何だよあんたら! 俺に何する気だ」
「逃がしはせんぞ。全て話してもらうまでな」
周囲から気付かれにくいようにしながら気の毒な男への訊問が始まった。何より男はオレにだいぶ恐怖心を抱いてしまっているようだ。オレ達にとっては簡単な、この男にとっては痛烈な程度でペラペラと喋ってくれた。
少し面白おかしく肌を切り裂いただけなんだけど、そんなに怖がらないでほしい。
そして判明したのは、男の所属は『光夜烏』。ガンクの動向を探っていたのは組織の上役からの指示で本当かどうかは別にして、その理由は聞かされていないそうだ。あの怖がり様では真実だと感じられたけれどな。
実行犯のチビとヒョロ長の仮面男についても知り得ない様だけど、白のフルフェイスの仮面は組織の構成員が計画実行時に顔を隠す為に装着する事があるそうだ。青髪の女についても同じく知らないという。もしくは情報が少な過ぎるのだろう。
そして組織のアジトはギルドから離れた位置にある、三番街区域の商業地区にある倉庫だと言うことが判った。
イルマが地図を広げた。ギルドで貰ってきた公益都市メールプマインの地図だ。そしてギルド職員から聞いたという簡単なこの都市の区域の説明をしてくれた。
一番街区域はメールプマインの中心部にあたる上流市民が住まう区域。ミューネさんの実家はこの区域にある。メールプマインの都市が出来始めの時期の、町の頃からだから、歴史が最も古い富裕層や資産家が暮らす住宅街が一番街区域だ。
ギルドがある場所の二番街区域は商業地区として機能している。ガロットさんの師匠のクーレントさんの工房があるのもこの区域だそうだ。飲食店から武器防具店に薬品店に魔道具店など、商業に関わる店を中心に街を構成しているという。中流市民の住宅街もある。
三番街区域は主に工業地域と下流市民住宅街と新興住宅地帯がひしめく区域だ。メールプマインを取り囲む城壁に最も近い位置にある。そこにはスラム地区も存在して一番治安が悪い区域でもある。
改めて地図に視線を這わせていくと、問題のアジトのある倉庫の場所は、広い空白地帯となっていて地図では×印で記載されている地点だった。
地図を見て走り出そうとしたガンクを塞き止めイルマが言う。
「ガンク! 慎重に動け。焦りは隙を生む。それは敵にも己にもだ」
「うっせーな、分かってるよ」
「ねぇ、アタシが魔法で倉庫もろとも粉微塵にしちゃう? その方が早くない?」
「ナノはまず口を閉じておけ」
捕らえた男の所持品を全て回収して近くの柱に丸裸のまま縛り付けた後、オレ達は急ぎ足で犯罪組織『光夜烏』が潜む倉庫へと向かった。




