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68.バーシキノル街道

 うわぁ……。


 思わず感嘆の声が漏れちゃったよ。

 道幅の広い大きな通りを馬車が行き交って歩行者の数も多い。皆一様に大なり小なり荷物を抱え、商隊だったり冒険者風であったり傭兵風であったり家族旅行風だったりとその姿は様々だ。


 特筆すべきなのは、通行人の中に人間以外も紛れていることだった。猫耳や尻尾が生えて毛のふさふさしたおそらく猫人族や、それよりも鼻が長く犬歯の覗いた犬人族や馬人族と思しき者も大きな通りを闊歩している。けれど、彼らは皆不憫に思える程に目に生気が感じられない。


 しばらく呆気に取られて眺めているオレ達を見ながら、さも愉快そうに馬上からレームスさんが説明してくれた。


「皆さんはバーシキノル街道は初めてでしょう。この国の北部に住む人達は、特にこの光景を初めて見た時には開いた口を塞ぐのが難しいそうです。

 このバーシキノル街道は、メールプマインと帝国領を繋ぐ一本道なのですが、帝国とアーバイン王国との国境を跨ぐ公的にも唯一の陸路です。言うならば二国間に繋がる大動脈ですね」


 アーバイン王国というのはこの国の名前だ。アーバイン王国北部は王都はもちろんガンマリヤ以北を指している。


 ガンク達が来た王都アーバインにアーバイン城があり、その城に王様がいる。ガンク達はあまり王都の話をしてくれないからオレは良く知らない。ぜひ一度は行って色々見て回ってみたい場所だ。


 進みだした馬車の荷台にもたれてイルマが周囲を頻りに見渡している。


「バーシキノル街道か、通行量は流石と言うべきか。隊商が運んでいるのは何だ」

「それは様々ですよ。アーバイン王国側メールプマインからは塩や海産物に衣服類等も多いですし、武器,防具関連や工芸品も。帝国側からは、まぁよく知られていませんが、似たような物を取引しているんじゃないでしょうか」


 南部には港町サカネや魚宿場町サーモアン、造船所のある船町ミョウビシといった南部の沿岸町群が点在している。

 南北から仕入れ、輸出入を行っているのが公益都市メールプマインだ。従って、巨額の金が動き、人も物も出入りが激しいという。


 その半面非常に歴史の深い都市でもあり、ミューネさんがガロットさんと駆け落ちしたことで苦しめられた、古い仕来たりみたいなならわしも未だに根強く残っているという。




 ガンクが呟く。


「獣人族も結構いるなぁ。なんか、あんまり見ていていい気分にならねーけど」

「今ここにいる彼らのほとんどは半奴隷か奴隷みたいな者でしょう。

 仕方無い事です。アーバイン王国側では一部の王都に住まう貴族達にしか奴隷制度は許されていませんからね」


 荷台にぎっしりと積み込まれた生きたままの豚や羊や馬といった家畜を載せて、ゆっくりと水牛みたいな大型の動物が苦しそうにそれを引いて進んでいる。


 その横を通り過ぎようとした時に、荷台から溢れた一匹の羊が地面に転がり落ちて悲鳴を上げた。


 すぐに付き添いの二人の犬人族が狼狽しながらも、落下した羊を掴み上げて荷台へと放り込んだ。

 しかし商隊長らしきターバンみたいな帽子を被った髭もじゃ男に、二人とも思いっきり顔面を殴られていた。「売り物を粗末にしやがって」と、あんなに溢れるほど満載に載せているのにも拘わず、理不尽な文句に何も言い返せず髭もじゃにされるがまま打たれ続けていた。


 その場面を通過しながらレームスさんが言う。


「あんまり見ないでやった方がいいです。あんなでもきちんとした金銭的な契約の上ですから、助けようとか仲裁に入ろうとしても、誰も幸せにはなりません」


 多分だけど、何度も見るに見かねた善人が行動を起こしているのだろう。


 「どういうこと?」と訊いたナノに、レームスさんに代わってイルマが説明した。


 相手はおそらく金銭上の正式な主従関係を結んでいるので、横槍を淹れたとしても覆すのは不可能に近く、場合によっては悪質な業務妨害だと訴えられたり目を付けられて心身共に金銭的にもこちらが不利益を被りかねないという。


 苦虫を噛み潰したような顔をしてナノが吐き捨てる様に言う。


「最低ね」

「でもね、こうやって安い労働力があるからこそ、という一面もあります。

 例えば、あの荷台の家畜なんか美味しいお肉になるでしょうし、羊毛は衣類に使えますよね。どれも安価で流通していく筈です。

 もし彼らがいなければ、今より値段はもっともっと跳ね上がってしまうと思いますよ」

「分かってるわよ」


 レームスさんの言葉にナノはそっぽを向いてしまった。安くて新鮮で美味しい肉や魚が食べれるのは彼らが頑張っているからだと思うと、オレも何も言わず感謝せずにはいられない。





 オレ達を乗せた馬車は何事もなくバーシキノル街道を進み、途中小休憩を挟みながらさらに進んでいく。道の脇に、一定間隔で小屋みたいな建物があった。

 レームスさんに質問すると、あれは盗賊対策の街道警備隊の詰所だそうだ。





 日が沈んでしまう前にはメールプマインの街の姿が視界に見えてきた。

 ふと不安を唱えたイルマにレームスさんが答える。


「大丈夫ですよ、夜だからって街の門扉が閉まっちゃう事は無いです。とても大きな街ですから二十四時間体制でフル可動してますから」


 徐々に街に近付いて行くと、巨大な石造りの城壁が街を覆うようにどこまでも左右に延びている。もの凄い広大だ。その規模はこれまでに訪れた街とは雲泥の差があるようだ。


 道幅の広いバーシキノル街道の突き当たりにメールプマインの街があり、街道の先の城壁にはとてつもなく大きい門が街の内側に開かれた状態で大きな口を開けていた。街道が城門を抜けて街の中心まで延びているような具合だな。

 城門は十メートル程の巨人が屈まずに潜り抜けられるほどのサイズはある。緊急時には一体どうやって開け締めするのだろう。


 その門の横に長蛇の列が出来て人が並んでいた。


 背伸びして、やっと肩の荷が降りたような調子でレームスさんが下馬した。


「さて、やっと着きましたね。ここからがまだしんどいんですが。

 全員で並ぶ必要はありません。代表者が交代で並びましょう」


 近くの家族連れがしているように、オレもひんやりと心地いい芝生の上に寝転がって背中を擦り付けた。前後に伸びをして体を震った。


 順番待ちの列にイルマが加わるのを眺めながら、早く美味しいご飯食べてゆっくり休みたいな、と思った。今回は篭に閉じ込められなかったとしても、長時間移動は楽じゃないのだ。

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