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67.ワユビュリュの森②

 ランタンの魔道具が光源の無い真っ暗闇の森を明るく照らし出す。霧が光を反射して酷く霊妙な感じだ。濡れた草木を掻き分けながら奥へ奥へと進んでいく。


 所々の木や地面に矢が刺さっていたり戦闘の形跡が残る道を進み、やがて小川の流れる拓けた広場に差し掛かった。おそらくこの辺りまではイルマが魔物を駆逐して進んだに違いない。敵のての字もない程にここまで何もなかったからな。

 ただし、小川の先の木々の奥からは怪しい気配がする。心理的な要素もあるんだろうけど色々と蠢いているように感じられる。


 ナノがランタンの光を弱めて適当な切り株に腰を下ろした。随分古い大きな切り株だ。半分くらいは朽ちてしまっている。


「アタシはここにいるからね」


 ナノはそう言い、アイテム袋から小さな水晶玉を取り出した。

 眺めていると、三つの水晶玉を正三角形の配置になるようにぬかるんだ地面に据えると手に持つ杖を頭上に掲げた。


「水晶玉よ、我を守り固めよ」


 杖の先から光が三つの水晶玉に向かって伸びていき綺麗な正三角錐が出来上がった。それ自体が淡く発光しているようだ。


「ここで待ってるから、遊んできて大丈夫だよ。アタシの魔力量なら軽く二,三時間は持続していられるから。

 一応危なくなったら大声で叫ぶから、その時は戻って来てよ」


 ランタンの光を消してしまうと、光り輝く三角錐が闇夜の森の中に浮かぶようだ。その三角の内部でナノは膝に手を重ねて置き、こちらを見て、安心して行ってらっしゃい、と言うような微笑を作っていた。


 オレは近付いて、試しにその三角錐の一面を前足で叩いてみた。随分と硬いようだ。

 少し離れて、もう一度ナノを振り向くと目を閉じて何か集中しているような感じだった。防御結界の維持だろうか。


 多分大丈夫だろう、ということでオレは暗闇の森の奥へと駆け込み入った。




 至るところに発生しているスライムを爪で切り裂きながら進んでいくと、目の前の大木がぐねぐねと枝を動かしているのが見えた。その付近の木々も可動している。


 きっとあれは、昼に湿原で見たトレントの大きい版だな。近寄ると枝から大量の葉を飛ばして地面に埋まっていく。それを避けてねこパンチで切り倒した。


 コイツらが弱いのかオレが強くなったのかいまいち把握出来ないまま、手当たり次第に群生トレントを切り倒していった。


 そしてオレは身体中が泥だらけになっていることに気付くと、近くの動かない木を上り枝から枝へ移動していくことにした。

 だって下の地面走るとどこも水っぽくて汚れちゃうからな。




 枝移動していくと夜目にキラキラと光る玉が浮かんでいるのが見えた。虫が羽ばたく音も五月蝿く聞こえる。


 何だろう、と近寄っていくと、馬車の車輪くらいの大きさの蜂の巣に十匹程のムカデが襲いかかっているところだった。そのムカデの先端が光を発していたのだ。


 巣に穴が開けられてしまいその穴を出入りしているムカデ達。おそらく強力な毒を持っていそうな黄色と黒と赤の禍々しい容姿で、危険そうなうえに気持ち悪い。なんとか撃退しようと敵意剥き出しで周囲を飛び回っている蜂達が可哀想になってくる光景だけれど、どうしようもなさそうなので見逃して次に進む。




 しばらく進み、猿や野犬にカバっぽい生物を危なげなく倒していった。全て簡単に普通のねこパンチで倒すことが出来た。まだ十分に余力もある。


 霊獣玄武の魔核分泌液やその魔核のレベルアップ効果は凄いものだと感心しながら、霧の立ち込める闇の中を獲物を探しながら移動していった。




 ん、あれは……


 地上に音を立てずに降りたつもりが六匹の中の一匹に気付かれた。黒と灰色の長い体毛に赤く輝く鋭い目、それに剥き出しの凶悪な牙。狼の群れだ。しかもかなり興奮しているご様子だ。


 ワクワクしながら見ていると、周囲を囲まれてしまったので魔力を練り上げ円状の力場を作っていった。


 【ねこ魔法】だ。やっと使う機会がきたかな。


 神器『ファスガン』の支えが無くなった今も上手く出来るか分からないけれど、果たして実践で複数の狼相手に通用するか。是非とも試してみたい。


 オレは想像のままに創造する。


 体毛を伸ばして硬質化させ飛散させるイメージを頭の中に作った。


 くらえ、キャットニードルミサイル!


 涎を垂らし威嚇したまま隙を窺い歩く狼達に、毛の散弾が襲い掛かった。

 すかさず近寄り、血飛沫をあげている狼を順に屠っていく。




 動くもののいなくなった殺戮の場に佇み、静かに血肉がこびり付いた前足を舐めながら思った。


 ……弱いなぁ。


 霊獣玄武と比べたら、どの魔物も弱く感じて当たり前なのかもしれない。

 マズマ師匠が、[狼には手を出すなよ]と注意していたけれど、なんか拍子抜けな気分だな。




 その後もオレにとって無意味な狩りをしながら技を試しつつナノの元へ引き返していった。ちゃんと【ねこ魔法】は機能するようでひとまず安心だ。




 ナノを残した拓けた広場に戻ると、彼女はまだ三角錐の結界の中で切り株に座ったままだった。目を瞑り、寝ているのかと近寄っていくと、彼女は涙を流していた。


 結界をノックするように叩くとビクッと身体を震わせて驚いた様子だ。


「やだな、ビックリさせないでよ。魔物が来たかと思っちゃったじゃない」


 実は少しだけこの結界にオレの攻撃が通じるのか試してみたかったりして。

 ……やらないけど。


「……アタシは普通の人間じゃないんだ」


 顔に付いた涙を拭いながら、しばらく無言でいたナノが語り始めた。


 オレは、イルマと同じようにまたもや自分語りが始まるのかと予想して、防御結界の傍らに座った。お尻がひんやりと冷たい。


「アタシさ、とっても卑怯な人間なんだよね……」


 ローブの上から腹を擦りながらナノが小さい声で呟いた。それは何かを懺悔するように、懺悔の言葉を吐き出そうとするように。でもなかなか言葉は紡がれずにもどかしい素振りを見せ、カールした栗色の髪の毛を掻き上げた。


 すっくと立ち上がり、座ったままナノの方へ上向くオレに見せるように自身のローブをたくし上げた。


 その異様な状態に、オレは目を見張った。


 ナノの腹部には人の顔のような物があった。

 それは黒々としていて目を閉じ、目鼻立ちの整った女のものらしき顔。その顔の周りには文字が刻まれている。びっしりと、胸の辺りまで届くくらいに。


 その文字の羅列と螺旋状に描かれた様子は、どこかで似たものを見たような記憶があった。けれど、それがどこで見たのかを思い出すことが出来なかった。


 立ったまま俯いたナノ。栗色の髪の毛はナノの顔を覆い隠したままだ。


「見える? アタシが普通の冒険者や魔法使いの子と比べて魔力量が多いのはこれが原因なの」


 良く分からないぞ。


 苦しさや恥ずかしさから早く解放されたいのか、掴んだ手を離すとローブがバサッと降りて、その異様な姿は見えなくなってしまった。


「これのせいで細かい制御が出来なくて。もっと戦闘でみんなの役に立ちたいって思うんだけどさ」


 使う魔法の技のことだろうか。確かに他の魔法使いにはナノみたいな大掛かりな魔法じゃなくもっと小技で攻撃している魔法使いもいるようだ。


 ナノが大技しか魔法が使わない、使えないその原因が分かった気がする。でも、一体あの顔は何なんだ……。


「そろそろみんなの所に戻ろっか。

 ランドちゃんは話せないけれど、これは絶対に内緒だからね。ガンクもイルマも知らないし、二人に余計な心配をかけたくないから」


 もちろん言わないし伝える手段も無いけれど、そんなもの見せられたらオレだって心配になっちゃうよ。


  ナノといいイルマといい、みんながオレに秘密をさらけ出すんだから。


 自分語りをして少しでも心を落ち着かせたいのも楽になりたいのも気持ちは分かるし、それでオレが役に立ってるっていうのは嬉しいけれど。心配になるオレの気持ちはどうすればいいんだよ。





 夜営の場所に戻ると、テントの前にレームスさんが槍を持って立っていた。


「ご苦労様です。

 あれ、何かスッキリした様子ですね。夜更けの散歩もオツですか」

「うん、少し気分が良くなって、これならよく眠れそう」


 オレはちょっと寝付けなさそうだぞ。


「ランドちゃん、今夜は一緒に寝よう。おいで、体を拭いてあげるから」

「あっ、いいなぁ」


 羨ましそうに眺めるレームスさんを見張りへ追い出して、オレは返り血の付いた体を拭いてもらった。


 テントの中にガンクの鼾が木霊して響く。

 オレはナノの背中の方へ体をくっつけて目を閉じた。どうしても先程の腹の印象が強すぎて腹側の方では安眠出来そうに無かったからだ。

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