66.ワユビュリュの森①
「そう言えば、聞きましたよ。名誉ですねぇ、銅像の話」
「あぁ、ドーバッドさんが言ってたやつな」
体調を取り戻したガンクは相槌を打ちながらごろりと地面に寝転んだ。冷えた地面は湿気を含み少し体の分だけ沈む程だ。地面に防水マットを敷き、オレはその上に置いてもらった毛布の上に座った格好で干し魚をむしり食べている。
レームスさんは干し肉を指先で摘まんで遊んでいる格好だ。
霊獣玄武を封印しこの地に街を興したドワーフ王ガンドルフ=ドウォルフ。その偉大な彼と並んで、その霊獣玄武を討ち果たした冒険者パーティとして街の歴史に刻み後世まで語り継ごうではないか、というのがドウォルフの長のドーバッドさんの主張だ。
事の発端は、慰霊碑としての意味で鉱石採掘地に何か建てて祀らないか、という提案が出されたことでその協議が開始したという。
「そんなの反対だって言ってるでしょ、恥ずかしい」
「俺は嬉しいけどな」
ナノとイルマはオレ達の銅像建設の反対派でガンクとオレは逆に賛成派だ。
格好いいよなぁ、と思うけど。馬や獅子はあっても、もしかしたらねこのでっかい銅像なんてこの世界のどこにも無いかもしれないし。
造る側のドワーフ達にも同じように賛成派閥と反対派閥が出来上がっているようだけれど、いかんせんドウォルフの長直々の進言なので、いくら阻んだとしてもおそらく銅像は建てられる見込みだ。
妥協案で、それこそ原案の亀を模した慰霊碑に近いけれど、オブジェみたいなものでもいいのじゃないかという意見も出た。しかしドワーフ王が肖像等一切残っていないため偶像崇拝のようになっているから、しっかりと像を建てて祀る方が好ましい、と言うのが今のところの大筋なのらしい。
オレとしては、話が大き過ぎて何だか照れちゃうどころかいまいち理解出来ずに、もう像でも何でも建てちゃってそっとしておいてほしいくらいにも思うんだけどさ。
ガロットさんはガロットさんで、「お前達の銅像を立ててやれなくてすまねぇ」なんて真顔で謝罪してくるし。
昨夜の宴席で彼が言い合いをしていたのはこの話だったのだ。銅像を立てる,立てない、誰が製作するか、どこに立てるかで揉めていたそうだ。
ガロットさんは鍛冶師だから銅像は専門の彫刻家に任せればいいと思うけどなぁ。
腹が膨れたオレは毛布の上で丸くなった。ハストランで買ってもらったオレ愛用の寝場所なのだ。
まだ全然眠気は訪れないけれど、足も腹も背中も舌で舐め付ける。身体のメンテナンスの意味もあるのだ。こうして自分の臭いをくまなく嗅ぐことで、どこにも変調をきたしていないかを調べているのだ。
ガンクがテントの隅で両膝を抱えて座るナノを見た。ナノを気遣って言葉を探してるようだ。
「……そう言えば、坑道でガルビナクさんに手紙渡されたろ。チューリットちゃんに渡したのか」
「うん。手紙を読んで特に何も言ってなかったけどね。薄い反応……、だったかな」
その割には昨夜、見知らぬ大人の集まりである宴会に出席するなんてチューリットちゃんらしからぬ行動だった。多分、何かしら特筆すべき事が記してあったに違いない。
ガンクも同じように感じたのか、その手紙の内用をナノ自身も読んだのか訊ねた。
当然、と言わんばかりにナノが答えた。
「もちろん。『僕は強い男になります。チューリットちゃんも、もっと自分の心に素直になれば道が拓くよ』って書いてあった。
なんのことない応援メッセージよね」
レームスさんが首を突っ込んできた。
「イルマさんから聞きましたよ。お会いしたことは無いですが、そのガルビナクって人が神器を横取りしようとしたから霊獣玄武が目覚めたって。
今となっちゃですが、彼の一抹の勇気が皆さんの伝説的な霊獣玄武の討伐へと繋がったということですよね。なんか感慨深いなぁ」
「ヘッ、俺達を拷問して牢屋にぶち込んだ野郎がよく言うぜ。なぁ、ナノ」
「ホントよ」
「それを言わないで下さいよ~」
ガンクがふざけた調子で、「あの時受けた傷が今になって痛みだしてきた!」とレームスさんを挑発した。ナノもそれに追随する。
慌てて謝罪するレームスさんを中心にテントの中で笑いが巻き起こった。オレも尻尾をくるくる振り回す。
これで、ナノも少しはラクになってくれればいいと思ったのはオレだけじゃない筈だ。
テントの入り口が開き、「えらく騒がしいな」と溢しながらイルマが入ってきた。
所々擦り傷が見える。外は静かだったけれど魔物と戦っていたのかな。
「あれ、もう交代の時間ですか?」
「いや、あらかた付近の魔物を駆除しておいた。当面は安心だろうと思ってな」
確かに、見張りの交代にはまだ早いよね。イルマの後にオレ,レームスさん,ガンクと続くのだ。オレは起こしかけた体を戻した。
しばらく経って交代の時間になり、オレは夜営テントの外に出た。するとナノも後ろから顔を出した。
「ランドちゃん、実は森の奥の方まで行きたいんじゃない?
アタシも一緒に行ったげようか。なんとなく、寝られない気分だから」
尻尾を振って応える。
さすがナノだ、オレの気持ちをよく分かってらっしゃる。力が有り余って身体を動かしたいし少し暴れたいんだよね、実は。
「フ、いいだろう。オレもまだ寝ない。戻ってくるまで起きていてやろう。遊んでこい。ただし、迷子にならぬようにこれを持っていけ」
テントの中からイルマが咀嚼した肉を飲み込みながら道具を渡した。
いつもなら「迷子だなんて!」と反発するだろうナノは、「ありがとう」と、素直だ。受け取った方位磁石みたいな道具を青いローブのポケットに突っ込んだ。
奥ではガンクとレームスさんが鼾をかきながら気持ち良さそうに寝ているのが見えた。
オレはナノを連れて暗い夜の森に入っていく。
ハストランの蚕の森ではヴァンザードとスマルを中心に、ある程度管理されていたからこれほど不気味には感じなかった。けれどこのワユビュリュの森は濃い霧を纏っているせいか幻妖な気配すら感じられる。
付いてきたいなんて、怖がりのナノとしては珍しいな。
しっかりナノを守りながら、はぐれないようにしてこの森を楽しもうっと。




