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65.ワユビュリュ湿原

 馬車が青々とした雲海のように広がる草原をひた走っていく。一路交易都市メールプマインを目指してオレ達は進む 。

 ……若干遅めの速度で。


「おーい、大丈夫? もう少し速度落とします?」


気を遣ってくれているのは槍使いのレームスさんだ。手綱を握り、オレ達に付き添ってメールプマインまで道案内してくれるという。


「うぅ……。気持ち悪い。なるべく揺れを抑えてくれ」

「昨日のアタシを撲殺してやりたい……。早く次の街に着いて忘れたい……」


 転がっている二人の言うことが違うからレームスさんが困惑しているぞ。とりあえず、無視してこのままのペースで進むようだ。


 ガンクはただの二日酔いの悪酔いだからな。泥酔するまで飲むのが悪いってんだ。最後には同じく泥酔したゴーデスさんと泥仕合になっていたからな。


 厄介なのはナノだな。本人は記憶が曖昧なようで全く覚えていないよりも、なんとなくのうろ覚えという微妙さが、余計に後悔を招いてしまうんだろうな。


「なんでテーブルの上に乗ってローブを捲し上げていたの。イルマ分かる?」

「知らん」

「……見た?」

「知らんと言ってるだろう」


 ついさっきも注意を受けたばっかりなのに、しつこいナノにまたイルマが説教を始めた。

 ガンクは耳と口を塞ぎ苦しい顔をしている。ナノはイルマの声を右から左に聞き流しながら自問自答をぶつぶつと繰り返している。オレは欠伸をした。


「何か、気楽でいいですねぇ。いつもこんな感じなんですか」


 レームスさんが振り返って笑う。いつもこんな感じだな、平常運転しているぞ。


「レームス殿、見苦しい姿を見せてしまい心苦しい限りだが」

「いいんです、いいんです。それに、殿だなんて。レームスでいいですよ」


 空いた手の平をひらひらと振ってレームスさんは飄々とした感じだ。


 レームスさんが言うには、今くらいの速度で進行すれば、後少し進んだ先から草原から湿原に変わり、湿原をさらに抜けると森に入る。その森を抜けてもうしばらく馬車を走らせればメールプマインに続く街道に出られるとのことだ。


 ドウォルフからガンマリヤを経由する道を辿って進むよりも移動日数は少なくなる直線コースだ。けれど、ワユビュリュ湿原にワユビュリュの森という場所が強力な魔物や野性動物が生息する地域で、通常ならばそこの通行は避けるものだという。


「あれ、早く到着したい派じゃないんです? それに霊獣玄武を討伐するくらいの冒険者ならなんら問題無いですよ。

 もちろん遠回りも出来ますけど、最短距離でパパっと行きましょうよ」


 レームスさんは合理的で楽観論者だな。





 空は蒼く澄み渡り穏やかな日差しが身体を包む。黒毛には少し熱いくらいだけど、荷馬車を通り抜ける風も心地よく毛を撫でていく。


 止まらない欠伸と延々と続くように感じる牧歌的な風景に、このまま眠気を誘い続けてくれていれば気持ちよく寝てしまっていたのに。

 残念だ。


 唐突と言ってもいいくらいに、ジメっとした湿気を帯びた風が身体にまとわり付き始めた。馬の蹄の音もばしゃばしゃと鳴っている。

 湿原に入ったようだ。馬車はぬかるみの中を速度を遅めながら先程よりも慎重に進んでいる。


「みなさーん、魔物ですよー」


 レームスさんの暢気な声に立ち上がった。


 見ると、地面の上や草木にこびり付くように粘性生物がいた。それも多数だ。ここは粘性生物の棲息地帯のようだな。


 イルマが警戒を見せながらレームスさんに尋ねた。


「あれは、スライムか。

 レームス、降りて戦うべきか」

「大丈夫ですよ。近寄ったり、こっちから攻撃したりしなきゃ襲ってきたりはしませんよ。ただああやってヌルヌル気持ち悪い生活しているだけですから


 さもおぞましいようにレームスさんぶるぶると身体を振り動かした。


 手綱を操り、そこかしこに怪しい光を放って蠢くスライムを避けて馬車を走らせていく。見渡すだけでもいちいち戦っていたら体が幾つあっても足りない程の数がいるようだ。


「そうそう。スライミーな魔物もいますから、そいつらだけは倒すようにして下さいね。

 なるたけ避けて通りますけど、近寄れば攻撃を仕掛けてきますから」


 馬車の操作に集中して前を向きながらレームスさんが言った。


 イルマの知りうる限りでもスライミーフロッグにスライミースネーク等に、枝をうねうねさせながら馬車と並走するトレントという種の魔物とも遭遇した。

 ハゲ鷹みたいな大型の鳥も天井の無い開け放たれたオレ達の馬車目掛けて空から強襲してきた。


 ガンクとナノは使い物にならないので、オレはねこパンチを、イルマはドウォルフで仕入れたボーガンや弓で進行の邪魔にならないように撃退して進む。


 やはり、体のキレが以前とはまるで違う。その事にまず驚く。自分でも不思議に思う程に強くなったみたいだ。イルマもそれを実感しているようだ。


「いいです、その調子ですよ。

 ワユビュリュ湿原を通れば、魔物に囲まれて降りて飽くなき戦闘を強いられることもざらなんですよ、本来は。流石皆さん、凄いですよ」


 何かレームスさんは感動しているようだ。





 薄暗がりが暗闇へと変わる頃にやっと森に差し掛かった。ここがワユビュリュの森だろう。


 濃い霧を漂わせながら、早くも寝静まったように沈黙している不気味な森だけれど。


「ここで一泊しましょうか。夜営の準備をしましょう」

「……ここでか?」

「え、何か問題でも?」


 イルマは【魔力感知】を働かせているのだろう。信じられん、といった顔をしている。


 オレもとぼけた表情をしているレームスさんを見つめた。


 だってこの森、魔物だらけだぞ?

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