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62.霊獣玄武⑤

「玄武って亀なんだな」


 霊獣玄武を眺めてガンクがぼやく。


 うん、いや、亀だけじゃなくオレが戦った時にはあと蛇も三匹いたぞ。


 イルマが玄武の姿を睨み付け、細部まで視線を這わせる。今にも、何故こんなものと戦わねばならぬのか、と嘆きそうに額に滲んだ汗を拭う。


「うむ。魔物としての情報には心許ないが、やはり水属性の魔物からして火や熱に弱かろう。加えてあの見事な甲羅だ。物理攻撃も有効とは思えぬな」


 そうか、オレとチューリットちゃんの戦闘を見てなかったから知らないんだな。


 オレはガンクの握った『ファスガン』を鼻でつつき自分の背中を尻尾で叩こうとした。霊獣玄武の討伐方法を教えてあげようとしたのだ。


 そして気付いた。

 オレの、オレの尻尾が、ほとんど根元から見る影すらなく消失していることに、今になって!


「おい、ランドどうした? くるくる回って、目ぇ回すぞ」


 そんなこと言ったって、オレの自慢の尻尾が無い。無くなってる!


 オレはさっきとは別の意味で泣きながら、自分の尾を見ようと舐めて慈しんでやろうと短い舌を伸ばした。けれどどれだけ身体を伸ばしても舌を伸ばしても尾まで届かず回転していたのだ。


 くそ、あの亀野郎!

 よくもオレの大切な尻尾を。




 伸ばした腕の先で杖を旋回させているナノだ。


 これまでの魔物との戦いでも十分に全力投球していたと感じたけれど、今回は死ぬ気で魔法を使うつもりということらしい。


「オホン。

 アタシが魔力涸渇してシワだらけの醜い姿になっちゃっても、みんな、これまで通り、しっかり愛してくれるかな?」


 ナノが身体中から魔力を絞り出すようにぐんぐん高めていきながら、冗談染みた軽い調子で尋ねて微笑んだ。でもその目だけは笑っていない。


 疑問に思うんだけど、魔力涸渇しちゃったら気絶するんじゃなくて、しわしわのお婆ちゃんにでもなってしまうのだろうか。

 不思議だな、と首を傾げた。


「何言う、まだお前のアイテム袋の中には魔力回復薬が残っているだろう」と、イルマ。


「前に、回復薬を口にくわえながら魔法放ってた魔法使いもいたぞ。知恵だよな。試してみたら?」と、ガンク。


 ナノは回していた杖を停止させて、耳にうるさいくらいの大きなため息をついた。


「あんた達、本当に女心を理解してないよね。

 こういう時は屁理屈たれずに、『当たり前だ』とか、『いいとも。愛してやる』って言ってほしいのよ。あー、ガッカリだわ」


 オレは、今まで通り愛してあげる、って思ったぞ。


 ガンクが頭を振り面倒臭そうに頬を掻きながら言う。


「分かった分かった。どうなってもちゃんと今まで通りだから。

 よし!

 ナノは思いっきり魔法をぶっ放してくれ。イルマは状況見ながらの補佐役だ、道具の出し惜しみするなよ。

 俺とランドで玄武にとどめをさす。みんなの無事と成功を願ってるぜ。

 全員死ぬなよ。勝って生き残って、みんなで旨い飯たらふく食おうな」


 ガンクが満面の笑顔を見せた。少年染みた爽やかな顔だ。


 そうだ。いっぱい食べていっぱい寝るんだ。


「ちょっと不服だけど、ふふ、そうだね」


 ナノも笑う。


 イルマも、「この死線、越えてみせよう」と、いつも通りの不敵な様子だ。


 オレはイルマから預かっていたガンクのアイテム袋を返した。布の多くはちぎれて貧相な姿になっているけれどちゃんと機能するんだろうか。


 闇夜の中で月明かりを受け、後光が射して見えるような霊獣玄武へと全員が意識を集中させた。


 緊張感と高揚感が高まっていく。


 ガンクが神器『ファスガン』を持ち上げ力を込め始めたようだ。そうするとゆっくりと玄武がこちらへ頭を向けた。黄金色に光る瞳が位置を調整するように動いている。


 ナノが詠唱を開始した。愛らしい声が真夜中に静かに響く。嵐の前の静けさのように、澄んだ空気の中にじんわり浸透していくように。


「我が体内に燻る熱き血潮よ。今こそ火の精霊と契りを交わしその加護を得ん。灼熱のままに朽ちても荒ぶれ、星屑の威を借りて地を朱に染めよ……」


 狙いを定め、玄武が大きく口を開いた。


 戦闘開始だ! てゆーか、危険だぞ。

 オレとガンクはその狙いを散らすようにと飛び出しその場から駆け離れた。


 甲羅の鈍い輝きとともに玄武の開けた大口から水の大砲が放出された。チューリットちゃんが甲羅にヒビを入れた後に放った玄武の大技だ。逃げ場も見つからない程の極大の鉄砲水が迫り来る。


「結界珠よ、俺達を守れ」


 後ろからイルマの声が聞こえた。大丈夫かな、こっちはこっちでヤバイ展開だけれど。

 オレは微かに自分の身体に残存した神器『ファスガン』の力を繋いで防御結界を展開させた。


 激烈な水の衝撃にガンクもろとも弾かれ吹き飛ばされた。


 前を向いて立ち上がる。ガンクも大丈夫だ。

 見ると玄武の攻撃は未だ続き、その大きな口から膨大で凶悪な勢いの水が放たれたままでいた。ナノやイルマはあの場で直撃してしまったけれど……、無事か?


 気配を感じ取り真上の夜空を見上げた。煌めく星たちや流星と一緒になって、圧倒的な量の魔力を維持しながらナノがイルマに抱えられたまま空から落ちてきている。


「ちょっと、あんたどこ触ってんのよ!」

「阿呆! 他に体のどこを持って支えろというのだ」


 良かった、無事そうだぞ。

 しかめっ面をしたナノが杖を天から地へと振った。


「まず一発目、炎星弾!」


 満点の夜空の星粒のうちの一つの如き小さな恒星が霊獣玄武に向かって墜ちた。


 爆音を伴い豪熱の猛威に晒された玄武。その甲羅はみるみる赤くなり業火に焼かれていく。

 しかし燃え盛る炎の中で体中から大量の水蒸気を発しながらも、玄武のその様相も魔力もまるで衰えた気配を見せていないようだ。


 オレとガンクは炎熱地獄の中で微動だにもしない霊獣玄武の行く末を見守りながら、いつでも動けるようにと力を蓄えていく。


 ナノが胸元をまさぐり朱色の魔鉱石を掲げた。


「我が身体を流れる血潮よ今こそ息吹け。疾風集いて

崇高なる意志の元に、嶮しき頂を越えてもまだ登らん……。

 ね、買っといて良かったでしょ。このネックレス」

「分かったから早くやれ」


 何やら落下しながら、イルマとナノが空中で言い合っているな。


 ナノが下へかざした杖をぐるぐると回した後、一気に天空へと振り上げた。


「二発目! もうすっからかんだよ。マウンテンストーム!」


 オレとガンクの真後ろから豪風が通過した。体ごと持っていかれそうな凄まじい風だ。


 その豪風は四方八方から集まっていき炎熱の渦中にある玄武目掛けて吹き荒れ暴風となると、爆炎の巨大な竜巻と化して天高くまで空を貫いて昇った。


 暗がりの闇夜の中で、この場だけ高温を伴った真昼へと様変わりしてしまったようだ。見ればさながら炎の渦で作られた見るも険しき山の様になっている。


 すげぇ、と言葉が自然と漏れ出た。


 横のガンクを見やると炎の光に照らされ、惚けた顔をしていた。

 オレも似たような顔になっているのかもしれないな。


 気を失いぐったりしたナノを抱いたままイルマが地上へ着地すると、すぐ様魔力回復薬をナノの閉じた口へとねじ込んでいるのが窺えた。


 ナノ、シワシワになんかならないでくれよ。


ギュイイイイィィィィィ……ギュオオォォォォォォ


 玄武の方はというと、熾烈な炎熱と暴風の渦の中で苦痛に悲鳴を上げ、その巨大な体躯を宙に浮かせているところだ。


 ガンクが神器『ファスガン』を構えて叫ぶ。


「今だ!

 やるぞ、ランド。突っ込むぞ」


 おう!


 霊獣玄武へ向かって駆け出したガンクを追随してオレも走り出す。


 オレの体に欠片程にまで減ってしまった『ファスガン』の神聖なその力を、自分の体の芯の隅々まで行き渡らせた。そしてオレ自身の魔力と絡ませ再構築して、再び一気に高出力の魔力へと練り上げていく。


 くうぅ、身体中が軋む。頭がはち切れそうに痛い……。

 負けない。負けない。オレもやるんだ!


 オレは想像のままに創造する。


 ガンクも玄武も包み込む程の大きな円状の力場が発生した。なんとか発生させることが出来た。


 狙いは一つ。体が持ち上がった霊獣玄武のその腹の裏側への一点集中だ。


 灼熱の炎の渦の中に一本道を造り、全ての魔力を集約させた最強の爪で穿つ。


 鈍くなった頭と身体をぶるぶると振るわせて、イメージを練り構成させた。死んでも構わないくらいの強力な魔力を、発射台となる身体中に拡散して循環させた。


 貫け、スターロードクロウ!


 跳躍してガンクの背後から全身全霊の力を込めたねこパンチを放った。弾丸のような爪先は螺旋回転して炎を纏い後ろに散らせて飛ぶ。炎の道が出来上がり、無防備な玄武の腹に鋭く確実に突き刺さった。


ギュオオオオォォォォォォォォ


 後は頼んだから、ガンク。


 オレは受け身すら取れずに地面に叩き付きながら転がった。その弾みで、ボキポキン、と体の内側で音がした。体の至るところの骨が折れたようだ。


 でもいいや、構うもんか。


 なんとか意識だけは途切れさせずにこの結末だけは見届けたい。

 地面に寝そべったまま折れ曲がった前足で踏ん張り、血だらけになった顔をガンクと玄武の方へと必死に向けた。


 オレの創成した、切り拓かれ火の粉が舞う道をガンクが駆けていく。


「うおおぉぉ、ありったけの力を持ってけ!  セイントメテオブレイク!」


 神器『ファスガン』の巨鎚が神々しく煌めきながら、霊獣玄武の腹の裏側に生じた小さな爪痕のその真上から、激甚の如くぶっ叩いた。


ギュオアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァ


 この世の終末のような霊獣玄武の壮絶な断末魔が響き渡った。


 どうかな、効いたかな。


 ああ、もう眠い、熱い。疲れた。

 くそ、もう目を開けているのもしんど過ぎるよ。


 掠れる視界の中で、目の前にガンクを担いだイルマが立っていた。


「よくやった。後の処理は俺に任せて休め。

 玄武の恩恵に預かればすぐに力を取り戻せる筈だ」


 そっか。良かった。みんな無事かな。


 オレ達、勝てたのか……な。


 オレ、もうダメ。

 おやすみ……




 最終回に書くような気で書きましたがどうでしたでしょうか……。

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