61.霊獣玄武④
ギュイイイイイィ ィィィィィィ
チューリットちゃんの一撃で玄武の甲羅のおよそ右半分に大きな亀裂が入った。ぼこぼこした巨大な甲羅に幾筋もの線が刻まれその破片が周囲に落ちていく。
あれ?
予定では、チューリットちゃんの放った神器『ファスガン』の必殺技、セイントメテオインパクトの一撃で甲羅が粉々に粉砕したところを、戦斧の刀側の部分で丸裸になった玄武を切り裂くことで見事勝利、……という作戦だった筈だ。
「力が足りなかったみたい」
ジト目してオレを見ないでよ。そりゃ多少は神器の神通力を魔力に変換してオレが浪費したと思う。初めての大規模な大技使えて興奮状態だったから。
オレも悪かったけれど、それは使ってくれってことだったんじゃないの。
ギュオオオオォォォォォ
玄武が嘶き、すぐに身構えた。けれど遅かった。
玄武の口から蛇のものとは比べるのも馬鹿らしい程の水属性のとんでもない大砲が放たれた。
チュ、チューリットちゃん……
地獄のような攻撃の最中、どこまでも弾き飛ばされ空も陸も無い中で懸命に彼女の姿を探したけれど。
大爆発のような轟音の後、オレは身体を動かすことを禁じられたような酷い倦怠感に苛まされながら目を開けた。なんとか首を動かし重い身体へ目を移すと、所々皮が捲れ桃色の肉が覗いていた。体も小さい、見慣れたいつもの大きさだ。夥しい量の血の海の中で痙攣する四肢を奮い立たす。
怖い……
くぅ、立ち上がることすら困難だ。全身が痛い。身体中熱いのに悪寒が止まらない。
起き上がっては倒れるを繰り返ししていると視界の端に玄武の姿を捉えた。頭を上にもたげて口をパクパクと開け締めしている。どこか悲痛そうだ。月明かりに照らされ夜空に何か祈りを捧げるような巨大な亀のその姿は、まるで神話の一部を見ているような印象すら受ける。
その光景を見ただけでも足が自然とガクガクと震えてきた。
怖い……。
玄武はその場に残ったままだ。大砲が放たれた跡には広大に大地が抉り吹き飛ばされていた。鈍く光を反射させていた亀裂の入った甲羅は修復を開始しているようだった。
チューリットちゃんはどこだ? 見当たらない。
まさか、死んでないよな……。
大声で鳴いた。
嫌だ! どこだよ、声をしてよ、無事だって教えてくれよ!
返って来ない彼女の声にオレは絶望した。神器『ファスガン』から常に送られてきていたその神聖な力も既に途絶えてしまっている。
オレはただの一匹の黒毛のねこに戻ってしまっていたのだ。
チューリットちゃんはもう死んでしまったのかもしれない。
そう思うと涙が流れた。
涙を流すのは初めての経験だった。ねこのオレでも流れるんだな。
絶望と恐怖と無力感に打ちひしがれた。
オレはここで死ぬ……。
そう思うと、死んでもいいなんて考えていたことがとても情けなく思えた。申し訳なく感じた。
水でぼやける視界の中でもう一度玄武を眺める。
強かった。オレなんかが調子に乗って手を出して戦っていい相手じゃなかったんだ。さすが霊獣だよ。
オレが馬鹿だった……。
「うわ、こっちもひでー傷だな。
イルマ、ランドにも超回復の調合薬」
「ガンク、人使いが激し過ぎる」
「おまた~ランドちゃん。今イルマがすぐに元気にさせてくれるからね」
みんな!?
これは夢じゃないのか? 死ぬ間際の幻影か?
だってガンク達はまだ牢屋の中に閉じ込められている筈だ。これは幻だ。
「ったく、やっぱ俺達を差し置いて行っちまって心配したぞ。うるうるしたよ目で見るなって。感動の再会じゃねーぞ。怒ってんだからな」
「そうよ。血気盛ん過ぎ。ねこってこんな動物だったかしら。ランドちゃんって異常種なんじゃない?」
「お前達も調合手伝え。
ランド、まずは俺達を牢から出すべきだったのだぞ」
三者三様の笑顔を見せるオレの大好きな仲間達。夢じゃないみたいだ。嬉しい。
後で聞いた話だけど、一人の見張りしか残して来なかったドワーフの戦士達。深夜に娘の姿を窺いに部屋を覗きに行ったミューネさんが、チューリットちゃんがいなくなっていること、窓が開いていたことで大騒ぎになったらしい。ちなみにそんな事は以前にもあったみたいだけど。
ミューネさんがガロットさんを引き連れてガンク達を監禁していた建物を訪れたことでやっと助け出されたそうだ。
オレはイルマがぶっかけてくれた回復薬で立ち上がる事が出来るようになった。けれどチューリットちゃんがもう……。
ガロットさん、ミューネさん、ごめんなさい。オレが連れ出したばかりに……。
「チューリットちゃんなら後ろでドワーフ隊に看てもらってるから。生きてるぞ」
「安心しろ。神器も回収してガンクに持たせてある」
後ろを振り向くと遠い位置の岩の上に数人の男達が集まっていた。チューリットちゃんの姿はここからでは見えないけれど、みんなが言うならきっと無事なんだろう。
「さ、今からが霊獣玄武にとっては第二回戦ね。
うちのねこにオイタした報いを受けてもらわなきゃ。アタシ達はランドちゃんと違って甘くないわよ」
ナノがその手に杖を握り締め不敵に笑う。
「はっきり言おう。俺達では役不足だ。力量差は桁違いだろう。
しかし目にもの見せてくれる。鬱憤晴らしになるか、ここで死ぬか。クク、面白い」
イルマが手に付いた調合に使った草の残りカスを腰で叩いて払う。その鋭い視線は既に玄武を穿っている。
「この神器、『ファスガン』って銘なんだな。斧使うの初めてだけど、うん、使い勝手は悪く無さそうだ。頼むぜ相棒」
ガンクは予備用にも持っていたのか、もう一つのアイテム袋から神器の戦斧を引っ張り出した。手に持った武器と、チューリットちゃんとは少し異なった戦士特有なタイプの会話を始めていた。
ガンクが巨大な戦斧を掲げながらオレを見据えた。
「ランドも動けるなら戦えよ。駄目な時は一緒に死のうぜ。
もちろん簡単に死ぬ気はねーけどな」
うん!




